想起(舞華&静斗)
入院したマネージャーの代わりをする事になった司。
GEMと共に事務所を離れてテレビ局にやってきました。
その間、舞華は?
ちゃんと仕事してるみたいです。
「舞華」
音楽をイメージしながら色々な音を録音していた私の許に結城さんがやって来た。
「どうだ? いい音録れたか?」
正直、まだ納得いくような音は録れていなかった。
私は楽譜を取り出して効果音を入れたい場所に赤ペンで丸をつけると、結城さんが左手の上に頬杖を付いて黙り込む。
目を泳がせながら右手の人差し指が頬でリズムを刻んでいる。
リズムというよりも指先の貧乏揺すりかもしれない。
「ここか……」
きっと脳内で演奏しているんだろう。
少し物足りないと思った箇所。
「確かに何か入れたいな。でもまぁ、取り敢えずコーヒーでも飲みながら考えるとしよう」
私の腕を掴んで結城さんが歩き出した。
向かったのは事務所近くの喫茶店。
M・Kの溜まり場でもある店だ。
時間に縛りのないスタッフがよくここにやって来ている。
喋れない私が行く事はほとんどないけど。
やや緊張して店の中に足を踏み入れる。
「コーヒー二つ」
空いている席に腰を下ろして結城さんはメニューを見る事もなく注文した。
「お前、頑張り過ぎ。いつか倒れるぞ。麗華が目を覚ますまで頑張る気なら多少息抜きしろ」
結城さんの言葉に私は苦笑するしかなかった。
「たまにはこうして意味もなく外に出てまったりするのも大事だぞ」
結城さんは私と違ってたくさんのアーティストを担当している。
大変なはずなのにいつも余裕な顔をしている。
やっぱり器が違うんだ……と思った。
結城さんは今受け持っているアーティストの話を私に聞かせてくれた。
「本格的に手伝わないか? GEMだけに拘るのはお前にとっていい事だとは思えない」
仕事の幅を広げるためにもその方がいいのは分かっている。
でも、頷く事ができない。
時々結城さんに頼まれて手伝う事はあるけど、深くは関わっていない。
「今のままじゃお前が壊れる。表に出ろなんて言わない、ある程度お前の要望には応える。どうだ、やってみる気はないか?」
でも……私が手伝うと言ってしまったら司の負担が増えてしまう。
「羽田が帰って来てからでもいい。ゆっくり考えてみてくれ。あ、正月はレコーディングでロスに行くからその後返事してくれればいいや」
考える時間は約一ヶ月。
結城さんの優しさが感じられる。
私は戸惑いながらも小さく頷いた。
その後は結城さんとアレンジの話をした。
……と言っても私は話せないので表情を読み取ってもらって、言葉が必要な時はバッグからペンとメモ帳を取り出して意見を書いた。
一時間くらいそこで過ごして私達は店を出た。
「あれ〜? 何ちゃんだっけぇ?」
声と共にお酒の臭いが漂ってきた。
近くの電柱に身体を預けてこちらを見ているのは羽田さんの代わりをするはずだった市原さん……。
「勤務時間内に飲酒か? 喧嘩売ってるな」
結城さんが私を庇うように立って、市原さんを睨んだ。
「俺、辞めさせられちゃったんだよね〜」
フラフラと電柱から離れて私達に近付いてくる。
その眼が恐かった。
私は二年前の事を思い出し、足が竦んだ。
身体が震え、結城さんの服の袖を強く握り締める。
その手を結城さんの左手が優しく包み込んだ。
「で? 辞めさせられた奴がここで何してる?」
「俺、GEMに憧れてたんだ……代理でもマネージャーになれたのに、何でクビなんだよ? 俺が何かしたのかよ?!」
結城さんの身体が大きく揺れた。
「逆だろ。お前が仕事をしないで邪魔をしたから外されたんだ」
冷静な声が聞こえる。
殴られたわけではなさそうだ。
私は結城さんの後ろで身を縮めるようにして目を瞑っていた。
「俺が何したんだよ?!」
「勝手に楽器を鳴らしたしコイツ等を口説いた。それだけで充分だ。俺達は遊んでるんじゃない、どんな時も本気でやってるんだ。それが分からない以上、お前にはGEMだけじゃなく他のマネージメントも無理だ」
「何がGEMだっ! 俺はあいつらを許さない……絶対に許さないからな!」
再度結城さんの身体が揺れた。
地面を蹴る音が遠退いていく。
ほっとした瞬間、私は空気が抜けた風船のようにヘナヘナと座り込んだ。
「舞華!」
身体の震えが止まらない。
許さないって……どういう事?
結城さんが私の腰を支えながら立ち上がらせてくれた。
「事務所まで歩けるか?」
その表情は硬かった。
私は小さく頷いて結城さんに支えられながら事務所に帰った。
歌番組の収録を終えた俺達は信也を病院で降ろし、綾香を乗せてマンションに帰った。
エントランスの前に車が停まり、全員降りたのにエンジンはかけられたままだった。
駐車場は地下だから当然といえば当然だ。
「舞華……まだ帰ってないな」
司がマンションを見上げて呟いた。
「そうなのか?」
付き合い始めたといっても部屋の行き来はないしデートもしていない。
当然なのかキスもお預けのままだ。
部屋が何階にあるのかさえ教えてもらっていない。
俺達はまだ、何も話し合えてはいなかった。
「事務所かもしれない」
司は俺達に背を向けて車に向かう。
「戻るなら乗せてけ」
「あ?」
「乗せて行ってくれ」
「乗せてやる」
司は冷たい眼で俺を睨みながら運転席に乗り込んだ。
「僕も行くよ」
涼も俺に続いて後部座席に滑り込む。
「お疲れ」
英二達に軽く手を振って涼はドアを閉めた。
「そんなに忙しいのか?」
俺は運転する司に尋ねた。
「いや、この間一仕事終えたから急ぎの仕事はないはずだ」
司の顔は冴えない。
「この時間に帰っていない事がおかしいんだ」
司の硬い声に俺は顔を顰めた。
「結城さんが一緒だから安全だとは思うんだが……」
マンションから事務所までは車で五分も掛からない。
歩いたって十分程度だと思う。
駐車場に車を停めた司はキーを抜いた瞬間俺に投げてきた。
「鍵掛けて来い」
司は運転席のドアを開け放ったまま階段を駆け上がって行った。
「どうしたんだろうね?」
涼はドアを開けて車を降り、身体を大きく伸ばした。
「行くぞ」
声の出ない舞華が心配なのは分かるが、心配し過ぎだろうと思った。
結城の野郎は気に入らないが、舞華の話では手を出されてはいない。
だからそういう意味での信用はしている。
遅くなれば当然送って行ってるだろう。
開けっ放しだった運転席のドアを閉め、リモコンキーでロックして涼と一緒に階段を上った。
レコーディングスタジオに居るだろうと思ったが、そこは電気も消えていた。
ストレス発散でピアノを弾く事があると聞いた事があったのでレッスン室も覗いた。
しかし、そこにも姿はない。
「社長に訊いてみようよ」
涼が社長室の方向を指差す。
「それが手っ取り早そうだな」
俺はその言葉に頷いて社長室に向かった。
社長室の扉は開いていた。
「あれ?」
社長室を覗き込んだ涼が一瞬驚いたような顔をした。
「どうした?」
俺が社長室を覗き込むと、結城の膝の上に頭を乗せて眠っている舞華を見つけた。
所謂膝枕ってヤツだ。
「あ、お疲れ様」
美佐子さんは何故か困惑気味に微笑んだ。
元々有名な女優だった彼女が、珍しく感情を隠せていない。
司は表情もなく美佐子さんの隣に座って舞華を見つめていた。
「何かあったんですか?」
涼が口を開く。
何もなくてこんなのを見せられたんじゃ堪らない。
「来ちゃったんなら仕方ないわね……」
美佐子さんは立ち上がって俺達に座るよう促し、肘掛けの付いた高級そうな社長席の椅子に座り直して大きな溜め息を吐いた。
その様子からいい話ではない事が分かる。
俺は社長室の扉を閉めて司の隣に腰を下ろした。
「舞ちゃんには薬で眠ってもらったのよ。取り乱しちゃって大変だったから……」
美佐子さんは悲しそうな目で舞華を見ていた。
「何があったんですか?」
涼が再度落ち着いた声で尋ねる。
「市原君……クビにされた事恨んじゃってるみたいでね。今日酔っ払ってこの辺うろついてたみたいなの」
嫌な予感がした。
「たまたま結城君が舞ちゃんを息抜きに誘って、傍の喫茶店に行ったんだけど……出て来たところで鉢合わせして……」
徐々に声が小さくなっていく。
「GEMを許さない、あいつがそう言ってた」
結城が舞華の頭を撫でながら硬い声で続けた。
「舞華はあの時の事がフラッシュバックしたらしくてえらく取り乱してた。ヤバイと思ったから知り合いの医者を呼んで鎮静剤を打ってもらった」
あの時の事……。
あの日、麗華と間違われた日から舞華は自分を責め続けている。
それは今も変わらない。
「お前達に何かあったら……間違いなく舞華は壊れる」
結城の言葉が何を意味しているのかはすぐに分かった。
あの時、舞華を助けたのはこいつだ。
あの時の舞華の様子を知る唯一の男……。
「舞ちゃん達が彼に会う前に電話があったのよ。GEMを許さない、潰してやるって……」
美佐子さんは長い髪に指を沈め、頭を抱えるように俯いた。
「舞華……泣いたか?」
司が確認するように結城に尋ねた。
「……いや。泣かなかった、な」
「そうか」
妙に司の言葉が気になったがその言葉の意味を確認する事は出来なかった。
「取り敢えず貴方達の周辺にボディガードを付けるわ。勿論、嫌とは言わせない。これはM・Kだけじゃない、麗華と舞華にも関わる事だから絶対に譲らないわよ」
その時の美佐子さんは母親の顔をしていた。
ご覧頂きありがとうございます。
ご無沙汰しちゃってすみません(><)
まだまだ身体も指も脳もリハビリ中ですが、何とか復活です。
ご迷惑をお掛けしましたm(_ _)m
次回更新:7月9日 ……の予定です。