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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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不安の種(舞華&静斗)

 司が羽田さんが戻るまでGEMのマネージメントを担当する事になった。

「美佐子さん、明日収録があるんで事務所の車取り替えて欲しいんですけど」

 私と司はお母さんが居る社長室にやって来ていた。

「いいわよ」

 お母さんは引き出しからいくつかの車のキーを出して眺め、その中の一つを司に差し出した。

「美佐子さん、何台車持ってるんですか?」

 司はお母さんに自分の持っていたキーを返却しながら尋ねた。

 それは私も知らない。

「レーベルの車は取り敢えず五台あるけど?」

 そんなに持ってたんだ……。

 司がいつも使ってる事務所の車は軽自動車。

 GEMメンバーを乗せるには無理がある。

 そして渡されたのがハイ○ースのキーだった。

『司ってすごいね。どんな車でも運転出来ちゃうんだね』

「そんな事ないぞ、左ハンドルは嫌いだ」

 キーを指先で回しながら司は微笑んだ。

 嫌いなだけで出来ないと言わない司は、やはり何でも運転できるんだと思う。

「そういえば今日、GEMは?」

 お母さんが私達の顔を見て尋ねた。

「結城さんも参加してプリプロ中……って言うよりも喧嘩中?」

 司が表現に困りながら私の顔を見る。

 相変わらず静と結城さんは会えば喧嘩腰になる。

「まったく……結城君も大人気ないわよね」

『これからもあの二人は変わらないと思う』

 私は苦笑した。

「そろそろ戻るか。信也達がキレてるかもしれんしな」

 司の言葉に頷いて私達は社長室を出た。

 階段を上ってスタジオの傍にやって来るとスタッフが私達の所に走ってきた。

 理由は訊くまでもない。

「やっぱり、またやってんだ?」

 司が呆れたような顔で尋ねると、困惑しながらスタッフは頷いた。

 司は髪を掻き乱しながらスタジオの扉を開けた。

「だから! こっちだって言ってんだよ!」

「センスないね、全然駄目」

「お前の作った音なんか出せるか!」

「技術が足りなくて出せないって素直に認めたらどうだ?」

「出せないんじゃねぇ! そんな音出したくねぇって言ってんだよ!」

 静が結城さんと言い争うのは毎度の事。

 それを見慣れてしまった私と司は驚く事もなく大きな溜め息を吐いた。

「いい加減にしろっ!」

 静よりも大きな声で司が怒鳴った。

 司の声が室内に響き渡り全員の視線がこちらに向く。

 結城さんと静も口を噤んだ。

「まったく、ガキじゃあるまいし……毎回毎回飽きもせずによく喧嘩できるな」

 喧嘩って飽きるとかそういう問題じゃないような気がするんだけど……。

「で? 今回は何だ?」

 司は楽譜を二人から取り上げて私に差し出す。

 私はその譜面を見ながら脳内で演奏させてみて一枚の譜面を選んだ。

「ほら見ろ!」

 静が勝ち誇ったような顔をした。

 私が選んだのは静がアレンジした譜面だったらしい。

「舞華、これの何がいいんだ?」

 結城さんは納得できないみたい。

『コレはこれで凄くいいんだけど……多分アルバムに入れた時に異質な曲になっちゃう』

 司が通訳しながら説明すると結城さんは大きな溜め息を吐いた。

「異質、か」

「エレガントになり過ぎるって感じだな」

 司が譜面を見ながら呟く。

『司もそう思った?』

「あぁ、何か二十代の曲らしくないって言うか何て言うか……」

『そう、何だか落ち着いた曲調になってるの……GEMの荒っぽさとか、脆さみたいなのが消えてる気がする……』

「若さがない」

「オヤジクサい」

 司と静の言葉に結城さんが撃沈された。

 そこまではっきり言わなくても……。

 私は二人を見ながら苦笑した。

 信也さんも金森さんも若林さんも苦笑いしていた。


 翌日、司の運転する車でテレビ局までやって来た。

 司はパンツスーツを着込んでしっかりとメイクをしている。

 事務所内に居る時はすっぴん、更にジーンズにトレーナーといった軽装、洒落っ気も何もない恰好なだけに、その変身ぶりには驚かされる。

 まぁ、俺は何度か見た事はあるけど……英二は司の変貌ぶりに素直に驚いていた。

 涼と信也が全く反応を示さなかったのが残念でしかたない……いや、面白くない。

 司も残念そうだ。

 口には出さないが、そんな表情をしていた……ような気がする。

「おはようございます」

 警備員に挨拶をすると、向こうからも笑顔で返された。

「あの、こちらは?」

 司を見た警備員が緊張した面持ちで尋ねてくる。

「GEMのマネージャー、羽田の代わりで参りました杉浦と申します」

 いつの間にか作っていたらしい名刺を司は笑顔で警備員に差し出す。

 コイツの準備周到さには感心してしまう。

「いつの間にそんなもの作ったんだ?」

 英二も同じ事を考えたらしい。

「こんなもんすぐに作れる。事務所のパソコン使えばあっという間だぞ」

 つまりは自作という事だ。

「それっていいのか?」

 問題はないのか?

「問題ないだろ。一週間とはいえお前達のマネージャーである事には違いない」

 そりゃそうだが……。

「何かあれば美佐子さんが上手い事言ってくれるだろ」

 何とも無責任な一言だ。

「大体急遽こうなったんだし、多少無茶しなきゃやってらんない」

 無茶って……何か違う気がするけどな。

「お前達は自分達の仕事をしてればいい。私は私でやれる事はやってやる」

 司の一言に俺と信也は顔を見合わせて微笑んだ。

「そうだな、司はそのために居てくれるんだもんな」

 舞華は今何をしてるんだろう?

 司の通訳なしに仕事が出来るとは思えない。

「舞華なら今、効果音録ってると思う」

 司は俺の顔を見て溜め息を吐いた。

「顔に出過ぎだ、馬鹿」

 信也が苦笑した。

 前を歩く英二と涼がクスクスと笑っている。

 業界の先輩達への挨拶を済ませて控え室に入ると俺達はチューニングを始めた。

 他の奴等に任せる方がラクなのは分かっているが、俺達は麗華に音を届けなければならない。

 人任せにして失敗なんかしたくない。

 いや……出来ない、そんな事は許されない。

 司はスタッフとの打ち合わせに出て行った。

 大体の流れは羽田さんに訊いたらしい。

 美佐子さんと見舞いに出かけた際に手帳にたくさんの事を書き込んで帰って来た。

 慣れないながらも一生懸命やっている姿を見て、俺達は司に頼んで正解だったと改めて思っていた。

 市原に任せていたら大変な事になっただろう。

 あいつは何も羽田さんに訊いてなかったし、司のような気遣いも出来なそうだ。

「じゃ、俺はちょっと機材チェックしてくる」

 信也はサポートメンバーへの挨拶と機材のチェックに出て行った。

 その時、俺達は市原がどうなっているかなんて全く気にもしていなかった。


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