呟き(静斗&拓斗)
司に要らん誤解をされた俺は、その日のうちに何とかその誤解を解く事が出来た。
中抜けした二人が戻って来たからだったが、それは稀な事だった。
舞華は特に夕方に戻ってくる事はない。
早急に仕上げる仕事がない限り、夜遅くまで作業しないからだ。
遅くまで残る時は必ず結城の野郎が一緒だ。
奴が無理やりやらせてるんだという事は説明がなくたって分かる。
今回はプリプロ中という事もあるが、最近多忙の結城がスタジオに居るからだと思う。
舞華は結城の居る時にまとめて仕事を片付けている。
それは置いておいて……。
あの時、当然の事ながら俺はやましい事は何一つしていない。
休憩中にコンビニに出掛け、帰って来たところで事務の女とエレベーター前で一緒になったんで、無視するのも悪いと思って話しながら上がってきただけだった。
まさかそれだけの事で司が怒るとは思ってもいなかった。
しかし、司の話を聞いて多少納得できる事もあった。
手話が読めるのは俺と司くらいしかいない、それは分かっている。
なのに、俺も司も当然ながらそれぞれの仕事で出掛ける事が多い。
喋れない舞華は事務所内でも避けられている、それも見てれば分かる。
舞華を見掛けた奴等は肘で小突き合ってコソコソと話をしている。
事務所内でも舞華がプロデュースをしている事はあまり知られていない。
社長の娘だという事だけは知られてるんだけどな……。
周囲は話せなくなった娘が社内をうろついてるくらいにしか思っていない。
だから事務所内に居ても舞華は肩身の狭い思いをしているらしい。
司の話を聞いて初めて舞華の立場を俺は知った。
有名なプロデューサーだと言うのに自ら名乗る事もせず、言わせたい放題。
今の舞華が自ら名乗る事は出来ないってのは分かってるが、周囲の冷たい視線に晒されている舞華を見るのは結構俺もしんどい。
気にしないのは舞華を昔から知っているレコーディングスタッフや美佐子さんくらいだ。
「舞華はお前と離れていた二年間の方が辛かったって言ってた。これくらいの事は屁でもないってさ」
舞華本人が“屁でもない”なんて言葉を発するとは思えない。
手話というのは本当に通訳次第なんだと感じる。
しかし知ってしまった以上、俺も舞華の力になってやるべきだと思った。
司は俺が納得したと分かるといつもの態度に戻った。
舞華は気にしていないようだったが、取り敢えず一緒に居た女の説明を聞かせた。
『気にしてないよ』
舞華はそう言ったが、心なしかほっとした顔を見せた。
やはり不安だったんだろうか?
そう思うと、自分の何気ない行動でこの二年間数え切れないくらいの不安を舞華に与えていたような気がして申し訳ないと思ってしまった。
舞華を不安にさせないように心掛けよう。
……そう思った矢先に、羽田さんが入院した。
GEMの活動に影響が出るかもしれないという不安を感じないわけがない。
羽田さんは契約書にサインした時から俺達のマネージメントをしてくれている。
まぁ、最初の方は美佐子さんと結城の野郎に教わる感じだったんだけど。
いつも親身になって考えてくれて、俺達にいい方法を選択してくれる。
だから、俺達は彼に絶対の信頼を置いていた。
その羽田さんが戦線離脱。
短期間だろうが羽田さんが居ないというのは俺達を動揺させるには充分な要素だった。
M・Kもレコーディングメンバーもサポートメンバーもマネージャーの羽田さんも含めてGEMというバンドが存在しているんだから……。
他の奴じゃ駄目なんだって改めて思った。
これ以上誰にも抜けて欲しくない。
麗華だけで充分だ……。
麗華があんな状態になって、舞華から色と声を奪って……まだ俺達から奪うつもりなのかよ?
神って奴が居るなら俺達はソイツに相当嫌われてるんだろう。
でも、これ以上は勘弁してくれ。
もう俺達から何も奪わないでくれ……。
羽田が入院したと聞いて、その間代わりを務める事になった男がやって来た。
美佐子の眼も耄碌したとしか言いようがないくらいとんでもない奴だった。
勝手に楽器に触るし、女に声を掛け捲る。
コイツは何しに来てるんだと思うくらいだ。
GEMのファンだと言ったらしいが、奴の興味はGEMの音よりも司と舞華、そしてストリングスメンバーに向けられているように思う。
つまりは女だ。
羽田は真剣に音を聴いて意見を言ってきたりもしたんだが、市原と言うのは退屈そうに座って欠伸を繰り返すだけ。
目障り以外の何ものでもない。
おそらくこの男の頭の中は マネージャー=見張り なんだろう。
GEMの一員になっているという自覚は皆無だ。
そういう輩の存在自体が士気を下げる。
GEMのモチベーションを上げられないマネージャーは要らない。
役に立たない奴は排除するしかない。
麗華のために必死になっている舞華が壊れてしまわないように。
あいつ等が必死だからこそ俺も必死になる。
でなきゃ二年間もディレクターを続投してない。
GEMは俺達を惹き付けるものを持っている。
音だけじゃない。
律儀さとか謙虚さとか、メンバー同士の信頼とか……もしかしたら俺はあいつ等に憧れているのかもしれない。
昔組んでいたバンドはあくまでバンド仲間でしかなかった。
プライベートで関わる事はなかったし、メンバー同士仲もあまり良くなかった。
解散の原因もそういう所が原因だった。
あんなに信頼し合っているバンドを俺は知らない。
だからあいつ等から離れられないのかもしれない。
だが、悔しいのでそんな事は口が裂けたって言ってやる気はない。
俺は苦笑して他のアーティストのアレンジを再開した。
そこにはアーティスト本人の姿はない。
俺は機械的な作業を繰り返すだけ。
GEMは仕事が入っていない限り立ち会う。
自分達の音を確認するためだ。
奴等の音に対する拘りは本物だ。
他の救いようもないアーティストとは雲泥の差だった。
音痴な奴の声を編集で何とか誤魔化し、下手糞な演奏は打ち込みで凌ぐなんてのはよくある話だが、GEMはそんなイカサマは一切していない。
自分達の演奏に拘り過ぎて時間が掛かるもののそういう時間に付き合わされるのは苦ではない。
それどころか楽しい。
自分が請けたい仕事のみを請ける事が出来たらどんなにも楽しいだろう?
舞華はほとんどの依頼を断っている。
麗華が目覚めるまであまり他の仕事はしたくないらしい。
GEMを疎かにしたくないのだろう。
だからと言ってそのまま舞華を放っておくことなんか出来なかった。
俺はアレンジやCMソングなどの依頼を舞華にやらせたりしている。
息抜きがてらにやってくれと言って任せるが、戻って来たものの完成度は高い。
だからこそ勿体ないと思うのだ。
今の舞華にはまだ心に余裕がない。
いい加減な仕事が出来ない奴だからあまり負担は掛けられない。
GEM以外の事も任せてあいつの引き出しを増やしたい。
それだけはどうしても譲れなかった。
俺のエゴかもしれない。
でも、舞華の力をあの狭い空間だけに閉じ込めておく気はなかった。
羽田の戦線離脱はそういう俺の行動にも支障をきたしていた。
一時休戦……か。
「結城さん……ソレ無理っす、使えないっすよ……」
降ってきた声に気が付き顔を上げると、原曲の形もないアレンジが出来上がっていた。
「悪い、やり直す」
「お願いします……」
俺はGEMを頭から追い出して再び作業を始めた。