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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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代理(静斗&涼)

 撮影や取材のない時、羽田さんは俺達を迎えには来ない。

 マンションから事務所は近いのでそんな必要もないと思う。

 今日はプリプロスタジオに篭る日だから迎えはない。

 同じフロアに住んでいる俺達はエレベーター前に集合し、事務所に向かった。 

 事務所に着くなり俺達は事務所の子に呼び止められ、社長室に連行された。

 そこには社長である美佐子さんと、見知らぬ男がいた。

「呼び出してごめんなさいね。実は急な話なんだけど、マネージャーの羽田(はた)君が入院しちゃって」

 デビューから俺達と行動していた羽田さんは俺達の事情もよく知っていて何かと協力してくれる頼りになるマネージャーだ。

「入院?」

 信也の顔が険しくなる。

「そうなの、一週間くらい入院になるみたいなんだけど……その間代役が必要でしょ? 勝手なんだけどこの子に貴方達のマネージメントを担当してもらおうと思ってるんだけど」

 目の前の男が俺達を見てヘラヘラと笑った。

 多分年齢は俺達とそう違わない。

 身長は一七〇センチ程度とみた。

「初めまして、市原と言います。よろしくお願いします! 俺、GEMのすっごいファンなんっすよ、頑張ります!」

 俺達を見上げて市原は元気に自己紹介をした。

「細かい事情とか説明する必要はないわ。一週間程度の代役だから」

 美佐子さんはそう言って書類に視線を落とした。

「羽田さんを外すという訳じゃないですよね?」

 信也が確認するように美佐子さんに尋ねる。

「えぇ、GEMのマネージメントは彼以外には出来ないと思ってるわ」

 その言葉だけで俺達は安堵した。

 しかし、その言葉を聞いた市原の表情が硬くなったような気がした。

「だったら誰だって構いませんよ。ちゃんとやってくれるなら、ね」

 涼が美佐子さんに微笑んだ。

「そう、じゃあ市原君一週間お願いね。これが今週のGEMの予定表。入り時間は余裕を持って……ミスをした時点で貴方は外れてもらうからそのつもりで」

 美佐子さんは時間に煩い。

 本人は気まぐれに行動しているが商品である俺達の行動にはとてつもなく細かい。

 そして、マネージメントにはハンパなく厳しいのだ。

 羽田さんは常に時間に余裕のあるスケジュールを組んで、俺達を慌てさせない。

 そして、何も言わずに信也が麗華の病院に行けるようにスケジュールを調整してくれていた。

「ま、一週間の我慢だ」

 英二は感心なさげに言って、大きく身体を伸ばした。

「じゃあ、戻りますね。今、プリプロ中なんで」

 涼が俺と信也の袖を軽く引っ張った。

「悪かったわね、戻っても結構よ」

 今週は二回のテレビ出演だけで、それ以外に外に出るような仕事はない。

 プリプロを始めた俺達は一日のほとんどを事務所敷地内のプリプロスタジオで過ごしていた。

「待たせたな」

 スタジオの扉開けると、そこには舞華と司、サポートメンバーにその他レコーディングスタッフの姿があった。

「美佐子さんの呼び出しだったんだろ? 何だったんだ?」

 司が俺達に尋ねた。

「あぁ、羽田さんが入院しちゃったらしいよ。で、代わりを務める人を紹介されたんだ」

 涼の言葉に舞華と司が顔を見合わせる。

 何故か、やっぱり……というような顔をしていた。

「ま、一週間だし大丈夫だろ」

 信也は入口の棚においていたスティックを握ってドラムの前に腰を下ろす。

 俺達は深く考える事無く作業を再開した。

 それから暫くして市原がやって来た。

「失礼します」

 舞華の顔が緊張したように強張った。

 この二年間でだいぶ男とも話せるようになったが、初対面の人間は相変わらず苦手らしい。

「あれ、GEMだけじゃないんですね」

 市原は興味深そうに司と舞華を見て、室内を見渡す。

「おい、邪魔するなら出て行け」

 英二は目を輝かせる市原が気に入らないらしい。

 俺はと言うと、舞華と司を興味深げに見ていたその目が気に入らなかったんだが……。

「あ、すみません。邪魔しないんでどうぞ始めてください」

 てめぇに言われなくたって始めるっての……!

 俺は苛々したままギターを持った。

 暫く演奏していたが舞華の顔が冴えない。

「舞ちゃん、何か引っ掛かる場所ある?」

 涼が舞華の顔を見て尋ねた。

『皆、気持ちがバラバラで音に纏まりがない。今日はやめたほうがいいかも……』

 舞華は苦笑して立ち上がった。

「気持ちがバラバラで音に纏まりがないから今日はやめよう」

 司の言葉に英二が髪を掻き上げた。

 そして自然と全員の視線が市原に向く。

「え? どうしたんですか? 続けてくれて構いませんよ?」

 空気の読めない市原はヘラヘラと笑いながら椅子に座って頬杖を付いている。

「お前帰れ。邪魔」

 こいつのせいで気が散ってるのは確かだ。

「え? 俺何かしました?」

「邪魔だって言ってんだよ、出て行け!」

 こんなのと一週間行動するのか?

 俺はこの苛々を抑えられるのか?

 このメンバーは耐えられるのか?

 一週間だぞ?!

 市原を部屋の外に締め出して俺は大きな溜め息を吐いた。


 翌日も僕達は事務所内のプリプロスタジオに居た。

 いつものレコーディングメンバーと一緒だ。

 今日は結城さんも一緒だった。

 この二年で少し静斗との関係も幾分良くなってきている気がする。

 あくまで少しだけどね。

 怒鳴り合いはしょっちゅうだけど、お互い多少でも譲る事が出来るようになった。

 それは進歩だと思う。

 まぁ、そんな事が出来るのはホントにたまになんだけど、ないよりはいい。

「おはようございます!」

 元気に扉を開けて入って来たのは市原君。

 元気なんだけど、見てるこっちが何故か疲れちゃうんだよね。

 無駄なとこにばかり気合入ってるし。

 結城さんと舞ちゃんと司ちゃんが信也を呼んで最終調整を始めた。

 僕も静斗も英二もその輪に加わって意見を出し合う。

 何回か演奏して気になる部分を出し合って一曲一曲を仕上げていく。

 インディーズの頃歌っていた曲もアルバムに入れる事になった際に意見を出し合ってアレンジを施した。

 当時、自分達が最高の出来だと思っていた曲も、今聴けばとても陳腐な音のように思えるくらいに変わった。

 大きく変えたわけじゃない。

 舞ちゃんは僕達が作った曲や詞が一番生き生きする音を瞬時に理解してその音まで僕達を上手く誘導してくれるんだ。

 決して厳しい言い方なんかしない。

 僕達を本当に理解してくれてるんだと思う。

 だから舞ちゃんの注文に出来るだけ答えようとする。

 GEM全員が同じ気持ちだと思う。

 完成した音を聞かせてもらう度に僕達は舞ちゃんの偉大さを感じてしまう。

「じゃ、一回これでやってみて」

 結城さんの言葉に僕達はそれぞれ配置に着いて信也のスティックの音を待つ。

 舞ちゃんや司ちゃんの顔から笑みが消える。

 完全に仕事モードだ。

 歌い始めるとスタッフが僕達の音と歌に集中する。

 音に携わる人にとって当然の事なんだけど、僕の視界に鬱陶しい例外の人物が映る。

 スタジオの隅にある楽器に触って勝手に音を出す市原君だ。

 僕は歌うのをやめた。

 それを合図のように演奏がストップする。

 どうした? なんて訊く事もない。

 理由は明らかだったからだ。

「おい、そこの」

 結城さんの不機嫌な声に市原君が振り返った。

「どうしたんですか?」

 不思議そうに僕達を見る市原君は全く悪いとは思ってないようだった。

「お前、何してんの?」

 僕も腹が立つくらいだから皆も相当だと思う。

 マイクから手を放して僕は静斗の肩を掴んだ。

 こうしておかないと、市原君が危ないからね。

「俺達は遊んでんじゃねぇんだよ……!」

 静斗は僕の手を振り切ろうと暴れる。

 僕達は常に全力投球でやっている。

 プロになってからは、練習だから、リハだから、なんて考えた事はない。

 それは大事な人に、麗ちゃんに聴かせるための音だからだ。

「コイツ誰?」

 結城さんは昨日会ってないので彼の存在を知らない。

「羽田さんの代わり」

 レコーディングエンジニアの周防さんがもみ上げを撫でながら答える。

「羽田はどうした?」

「病院に収容されて戦線離脱」

 結城さんは髪を掻き上げながら大きな溜め息を吐いた。

「だからってこんなのを入れるか? 美佐子も耄碌(もうろく)したな」

 僕達は口に出さない(出せない)けど、皆同じ事を考えていたに違いない。

 そして、その日も音合わせが中途半端なまま終わったのは言うまでもないだろう。

 一週間って相当長いよね……。

 僕は機嫌の悪い静斗を眺めながら小さな溜め息を吐いた。



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