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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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奇禍(舞華&美佐子)

 静ともう一度付き合うことになった。

 でも、どう接していいのか分からない。

 私は自動販売機前の椅子に座って予定表と睨み合っていた。

 考えるのは静の事ばかりで仕事モードに切り替えられない。

 困ったなぁ……これじゃ駄目なのに……。

「AKIさん」

 マネージャーの羽田さんが私に声を掛けてきた。

 私はプロデュースをする時、“AKI”と名乗っているから、羽田さんは私をそう呼ぶのだ。

 GEMはばら売りをしないのでマネージャーは一人だけ。

「静斗見ませんでした?」

 私は分からないので首を傾げた。

「参ったな……どこ行ったんだろ」

 羽田さんは三十代半ばの独身男性。

 童顔で静達と同じくらいの年齢に見えるんだけど……本人が気にしてるので口には出せない。

『居ないんですか?』

 彼が私の手話を理解しているとは思ってないけど尋ねてみた。

「さっきフラッと出て行ってもう十分以上経つんですけどね」

 羽田さんは何故か私には敬語。

 私よりもずっと年上なんだけどな……。

『私も探してみましょうか?』

 出掛ける時間までまだ余裕があるし……。

「見つけたらレコーディングスタジオに来るように言って下さいませんか?」

 私は小さく頷いた。

 羽田さんが私に背を向けて歩き出したと思ったら、ピタッと止まった。

 羽田さんに歩み寄ると顔を顰めながら右腹部を押さえている。

 その顔色は悪く、額には薄っすらと汗が滲んでいる。

『大丈夫ですか?』

 羽田さんは袖で額の汗を拭って私に微笑んだ。

 どう見ても作り笑いだ。

 羽田さんを支えるように腕を掴まえて椅子に座らせようとしたが羽田さんの足は動かない。

「大丈夫です。ストレスですかね、ちょっと胃が痛むんです」

 羽田さんが押さえている場所は胃じゃない。

 それくらい私にだって分かる。

 他の誰かに探して貰おうと周囲を見渡しても誰も居ない。

 私は声が出ないから電話も出来ない。

 何の役にも立たない……何もしてあげられない事が悔しい。

 羽田さんは私の手をそっと解いて歩き出した。

 その背中を私は眺める事しか出来なかった。

「舞華」

 背後からやって来たのは司だった。

「どうした?」

『羽田さん具合悪そうなの。静が居ないって探してるんだけどお腹押さえて顔色悪いし変な汗掻いてた』

 司が顔を顰める。

 そして携帯電話を取り出して誰かに電話を掛けた。

「もしもし、杉浦ですけど。羽田さんの身柄を確保して下さい。何か体調悪いみたいなんで……よろしくお願いします」

 司はそう言って電話を切って、再び電話を掛ける。

「お前どこで何してる? さっさと戻って来い」

「何キレてんだよ?」

 静の声が聞こえた。

 電話からじゃない。

 振り返ると事務所の女の事一緒に歩いてきた静が見えた。

「ほぉ、デートだったのか。そりゃ邪魔して悪かったな。舞華行くぞ」

 司は椅子の上にある書類を束ねてファイルに突っ込んで私の腕を掴んだ。

「おい、どこ行くんだよ?」

 静が司の腕に手を掛けた瞬間、司のヒールが静の腹部にめり込んだ。

「貴様は最低だな、昨日チラッと舞華から話を聞いてほっとしたのは間違いだった」

 司は静に詫びる事無く私の腕を掴んで事務所の駐車場に向かった。

 車までやって来てようやく私の腕は開放された。

「あの馬鹿が……」

 司は車に乗り込んで呟いた。

 昨日の晩、私は静と付き合う事になったと司の部屋に報告に行ったのだ。

 偶然会って一緒に事務所に帰って来ただけなんじゃないのかな?

 なんて思ったんだけど……司の顔を見てると何も言えなくなる。

「舞華、あの男やっぱりやめた方が良いんじゃないのか?」

 真剣な顔で司が私を見ていた。

『とにかく行こう』

 私はその事には触れずに答えた。

 納得できない様子で司はエンジンをかけて車を発進させた。


「羽田君ちょっと社長室まで来てくれる?」

 司ちゃんから電話を貰った私はすぐに羽田君を呼んだ。

 羽田君の具合が悪いと聞かされては放っておけない。

 すぐにやって来た羽田君の顔色は悪く、額に汗が滲んでいた。

「羽田君、具合悪いんじゃない?」

「……いえ、大丈夫です」

 具合が悪いのは誰の目にも明らかだった。

 あんなに汗を掻いているのだから相当辛いのだろう。

 私は麗ちゃんがお世話になっている病院に強制連行した。

 診断結果は“盲腸”。

 昨晩から腹痛が始まり、部屋では嘔吐を繰り返したと医者に語っていた。

「何が大丈夫よ? 腹膜炎でも起こしたら大変な事になったわよ?」

 医者はすぐに手術を勧めたが、羽田君は二日待って欲しいと譲らず、その間抗生物質で痛みを抑える事になった。

 しかし、医者は早急に手術をした方がいい言った。

 その顔からはあまりいい状態ではないことが窺える。

 仕事に真面目なのはいいが、真面目すぎるのもどうかと思う。

「羽田君、何で入院を拒否したのか理由を聞かせてもらえない?」

 帰りの車の中で私は助手席の羽田君の顔を窺った。

 多少薬が効いているらしく、さっきほど苦しそうな顔はしていない。

 羽田君はシートに身体を預けながら苦笑した。

「スケジュールの調整をしてからにして欲しかっただけです。今週よりも来週の方がスケジュールも空いてますし、自分が居なくても大丈夫かなと……」

 私は羽田君の言葉に苦笑した。

「調整が済んだら即入院して頂戴。出来なくても二日以上は認めないわよ? 何よりも悪化したら調整云々なんて聞かないから」

「はい……」

 羽田君は優しい顔をしているが実は凄く頑固だ。

「社長……この事は皆に……」

「はいはい、言わないわよ」

 言わなくたって二日後には入院させるんだからバレるけど。

 代わりを探さなきゃ駄目ね。

 盲腸だと入院期間は一週間から十日間。

 羽田君の性格を考えたら二十日間くらいは休ませないと傷が開く恐れもある。

 事務所で真面目な男の子ねぇ……そんなの居たかしら?

 私は羽田君を自宅まで送って会社に戻った。

「社長、羽田さん見ませんでした?」

 若林君が吹き抜けの上の方から声を掛けてきた。

「用事があったんで外に行かせたけど、どうしたの?」

「来週の予定表貰ってないんですけど、どうなってるのかなって……」

「あぁ、今調整してるから明日か明後日には渡せると思うわ」

 私は若林君に微笑んで社長室に戻った。

「真面目な子真面目な子……」

 引き出しから従業員のファイルを取り出して吟味する。

 女性のほうが細やかなサポートが出来るんだけど、綾ちゃんや舞ちゃん麗ちゃんの事を考えると避けた方がいいと思うし……。

 ファイルの顔写真を見ながらその人物を思い出してみる。

「この子は駄目ね。ミスが多いから」

 私が二冊目のファイルを開いた時に扉がノックされた。

「はい」

「事務局の市原です」

「どうぞ」

 ファイルを閉じて私はドアに視線を向けた。

 現れたのは市原(いちはら) (はじめ)

 勤務二年目の青年だ。

 どんな雑用でも嫌な顔をせずにやってくれると事務局の評判はいい。

「社長、コレに判をお願いします」

 私は書類に目を通して判を押した。

「市原君は何でこの会社に入ったの?」

 市原青年を見上げて私は尋ねた。

「レーベルって憧れてたんっすよ。俺、音痴だから歌えないけど、音作りに携わりたいなって。歌手のお手伝いが出来たらなって思ったんっすよね」

 子供のような目で元気でハキハキと話す市原青年に悪い印象はない。

 喋り方が多少気になるくらいだろう。

「好きな歌手は?」

「俺っGEMすっごい好きっす!」

 GEMねぇ……。

「はい、書類」

 私は市原青年に書類を返してその背中を見送った。

 扉が閉まったのを確認してファイルを開く。

 市原 創、二年半の間無遅刻無欠勤、有給消化なし……もう少し周囲の話を訊いてみて大丈夫そうだったら彼に決めようかしら。

 私は椅子の背凭れに身体を預けて微笑んだ。

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