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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
85/130

安堵(信也&綾香)


舞華と静斗と麗華を二年間見続けた二人の視点から。


長いです……人選間違えたかな……。

 舞華と静斗の間には深い深い溝がある。

 舞華にも静斗にも長い二年間だったと思う。

 舞華が静斗との距離をおき始めた事には気付いていた。

 気付いていても二人に何も言わなかった。

 言えなかったんじゃない、言わなかったんだ……。

 麗華の目が覚めるまで舞華は自分の気持ちを閉じ込めておくつもりだろうと思った。

 そんな気持ちを分かっているのに何も言わなかった。

 どうせそんなに長くは続かないと思っていたからだ。

 しかし、舞華は一年が過ぎ、二年が経っても静斗との距離を縮めようとしない。

 さすがに焦った。

 言葉と色を失い、麗華が眠っている今、舞華を理解できるのは静斗だけなんじゃないかって思っていたからだ。

 舞華は孤独なんじゃないのか?

 伯父さんや伯母さんは手話なんか分からない。

 司だけが舞華の唯一の理解者になっていた。

 だからといって常に一緒に居る訳ではない。

 司はまだ大学に通っている。

 その間、舞華は独りなのだ。

 誰とも会話をしない。

 誰とも会おうとしない。

 なのに、時折夜中に静斗の部屋から司が出てくるのを見掛ける。

 まさか……と思った。

 舞華と距離が出来てしまって司とそういう仲になってしまったのかと思うと怒りさえ覚えた。

 舞華の気持ちは分かっていた。

 それなのに黙っていた。

 もしかすると、俺が二人の仲を引き裂いてしまったんじゃないか?

 そんな罪悪感が俺を襲うようになった。

 そして、ある日静斗と部屋で飲みながら気持ちを訊いた。

「お前、舞華とはどうなってる?」

「どうもこうもねぇだろ」

 感情など読み取れないくらい無表情で、返ってきた言葉も棒読みだった。

 それで司に流れたのか?

 頻繁に部屋を出入りしてるんだから男女の仲なんだろう、と俺は勝手に思い込んでいた。

 勝手に静斗を軽蔑していた。

 静斗は事務所の女性や司とは笑顔で会話をするが、舞華の前でその笑顔を見せる事はなかった。

 舞華は少し離れた場所から、静斗の笑顔を泣きそうな目で見つめていた。

 舞華はまだ静斗が好きなんだ……そう思うと、口説くような口調で話している静斗に腹が立った。

「舞華とはもう終わったのか?」

 確認のつもりだった。

 これで静斗が終わったと言うなら、俺は舞華と話をしようと思った。

 もう静斗は諦めろ、と言うしかないだろう。

 しかし、その問いに静斗が顔を顰め俺を睨んだ。

「アイツがしたいようにさせるしかないだろ! 俺に何が出来んだよ?!」

 握り締めた拳をテーブルに叩き付けてその苛立ちを爆発させた。

「アイツが俺を避けるんだから近付く訳にはいかない、アイツがそうしないと立ってられないなら俺はそれを見てる事しかできねぇんだよ! この距離を俺の勝手で縮めればアイツは動けなくなる、そうしたらGEMも身動きが取れなくなんだろ?!」

 今まで舞華ばかり気にしていたせいで、静斗の事など考えた事もなかった。

 舞華だけが辛いんだと思っていた。

 どうやら俺の勘違いだったらしい。

 静斗はこの二年間、仕事がない時や時間が空いている時、司から手話を教わっていると話した。

 司の母親は耳が聞こえないらしく、彼女にとっては日常会話のようなものなのだそうだ。

 司が勧めるサークルに顔を出しているとも言った。

「司とはそれだけの関係か?」

 二人きりの部屋の中では何があっても不思議はない。

「当然だろ」

 静斗は馬鹿馬鹿しいとばかりに笑った。

「アイツとは性別を超えた友達だ。それ以上なんてありえない」

 静斗は嘘を吐く男じゃない。

 俺は麗華と舞華の事ばかりでメンバーを気に掛けてやる事を忘れていたようだ。

 その日以降、俺は注意して静斗を……メンバーを見るようになった。

 そこで初めて静斗が無理して笑ってるのを知った。

 俺は病院で舞華と鉢合わせした時には静斗にメールを送るようにした。

 迎えに来いとか、そんな事は言わない。

 どう動くかは二人任せだ。

 あれからどの位日にちが過ぎたのか分からないが、その日も舞華が病室に居た。

 司と一緒だった。

 女四人で何の会話をしていたのかは分からないが、麗華の顔が心なしか笑っているように見えた。

 俺はその日、静斗に送ってもらった。

 まだきっと病院の敷地内に居るはずだ。

 気付かれないように俺は静斗にメールを送った。

 その晩……いや、深夜だったが静斗が俺の部屋にやって来た。

 酒を飲んでいたようだが、妙に機嫌が良かった。

「どうした? 何かあったのか?」

 静斗は不気味な笑いを漏らして俺に抱きついた。

「サンキュ……舞華と会えた。話せた……も一回付き合ってくれるってさ……」

 静斗はヘヘッと笑って俺の頬にキスをした。

「やめろ、そっちの趣味はない」

「俺もねぇよ」

 そう言って見せた笑顔は疑いようもなく本物の笑顔だった。

 その顔を見て、ようやく俺は許してもらえたような気がした。


 私はM・Kに就職をさせてもらった。

 でも、仕事の内容は全く音とは無関係。

 私の仕事は麗華ちゃんのお世話をする事。

 仕事だと考えた事はないんだけど、信也がやってくるまで私は麗華ちゃんの髪を梳かしたり 身体を拭いたりと身の回りの世話をしている。

 介護みたいなものだと思う。

 そしてそれが終わると、GEMの音楽を流しながら日々の愚痴を言ったり、日々のニュースや身近な話題を聞かせる。

 それに意味があるのかは分からない。

 効果は分からないけど睡眠学習って言葉があるし、無駄だって言われない限り私は続けるつもりだ。

 GEMの話も聞かせている。

 結城さんと静斗の毎度の衝突や、新曲が出来上がったとか、ライブツアーがあるとか信也が来れない時もその理由を話して面会時間が終わるまで一緒に居る。

 本当は小学校の先生になるはずだったんだけどなぁ、なんて思うこともあるけど、今はここに来ないと落ち着かない。

 時々看護師さんと話をするけど、看護師さんも麗華ちゃんに話し掛けてくれる。

 たまに看護師さんの言葉に麗華ちゃんが微笑む。

 すると看護師さんは大喜びで担当医に報告している。

 「今、新曲録ってるらしいからもうすぐ新しい歌が聴けると思うわ」

 その日も私は麗華ちゃんの爪を切りながらそんな話をしていた。

 病室のドアがノックされて司が顔を覗かせた。

「よっ」

 その後ろには舞華ちゃん。

「あら、どうしたの?」

「ちょっと用があって外に出てたんだが、舞華が寄ってくれって言うもんだから寄った」

 英二が舞華ちゃんが中抜けしてるって言ってた。

 どこに行ってるのかは司や結城さんしか知らないだろうって。

 時計を見れば夕方の六時。

 また、どこかに行っていたんだろう。

「麗華に渡したいものがあるらしい」

 司が舞華ちゃんの手を見ながら話す。

「あら、何?」

 私は爪を切るのを中断して二人のほうを見た。

 舞華ちゃんが鞄の中から一枚のCDを取り出した。

「まだ完成ではないけど、ベースが出来たから聴かせたかったらしい」

 私は舞華ちゃんからCDを受け取ってCDプレイヤーの中に入れた。

「二曲目の詞は信也が書いたんだ」

 いつもGEMの曲は涼が詞を書いて静斗が曲を付けている。

「珍しいわね」

「信也が書いた詞を静斗に渡したらしい」

 舞華ちゃんの手を見ながら司が答える。

「そのうち英二にも書かせてみたいよな」

 司が楽しそうに笑った。

「書かないわよ、きっと。でも書いたら見てみたいかも」

「すっごいロマンティックな詞だったらどうする?」

 私と司は噴き出した。

 舞華ちゃんは苦笑していた。

 そして麗華ちゃんに目を向けると薄っすらと微笑んでいた。

「麗華ちゃんも笑ってる」

 小さな小さな表情の変化。

「今、アルバムを製作中なんだ。新曲も何曲か入れるつもりなんだが、相変わらず衝突が多くて進まない」

 司が溜め息を吐く。

「今日はもう録れないだろうから結城さんに任せてきた」

 私はへぇ、とだけ答えてCDをスタートさせた。

 静かな部屋にGEMの曲が流れ始める。

 確かにまだ足りない感の残る音なのは理解できた。

 何が足りないのかはよく分からないけど。

「まだストリングスと効果音が入ってないし、昔のGEMの曲を聴くみたいで麗華にはいいんじゃないかって舞華が言ったんだ」

 麗華ちゃんはアマチュアのGEMしか知らない。

「そうかもね」

 麗華ちゃんを見ると薄っすらと口元が笑ってる。

 舞華ちゃんもそれに気付いたらしくベッド脇の椅子に腰を下ろして麗華ちゃんの手を握った。

 双子ってテレパシーでもあるのかしら?

 舞華ちゃんが麗華ちゃんの手を握って声にならない会話を交わすと麗華ちゃんはよく笑う。

 舞華ちゃんだから出来る事なんだろう。

 二曲目に入ると司や舞華ちゃんの顔から笑顔が消えた。

 “長い時間(とき)”と題された曲はとても切ない曲だった。

 信也が、静斗が……麗華ちゃんの事を想いながら書いたのが分かるくらいに。

 麗華ちゃんにも伝わったらしくその頬に涙が伝った。

 曲が終わると室内には何故か重い空気が流れていた。

「珍しく暗いな」

 静かに病室のドアを開けた信也が私達を見て驚いている。

「舞華も居たのか。ジュースでも買ってくるから待ってろ」

 信也は病室に入る前に向きを変えた。

 私はその後を追った。

 信也は自動販売機の前で携帯電話を握ってメールをしているようだった。

「何してるの?」

 大きな身体がビクンと震えた。

「綾香か……静斗にメールしてるだけだ」

 静斗に?

「さっき送ってもらったからまだ居ると思うし……舞華が居る事を知らせた」

「そ。ねぇ、司とあの馬鹿どうなってるの?」

 気になるのは当然だと思う。

「手話を……教えてもらってるらしい。司の母親は耳が不自由で日常会話らしくてな」

 初耳だ。

 まぁ司とはそこまで仲良くないし、家族の話なんかした事もないから当たり前なんだけど。

「それだけ?」

「らしい」

 信也は紙幣を投入してボタンを押した。

 ガコンと音をたてて缶コーヒーが取り出し口に転がった。

 私はしゃがんでそれを取り出し、信也を見上げる。

 何故かその顔が綻んでいるように見えた。

「何笑ってんのよ?」

「皆考える事は一緒なんだな、と思ってさ」

 私の手が取り出し口から出たのを確認して信也は再びボタンを押した。

「俺も同じ事アイツに訊いた」

 訊きたくもなるでしょ。

「あの頃のままあいつらの時間は止まってた……舞華も静斗もあの頃のままだ」

 それって二人はまだ両想いって事?

 結城さんは?

「これ……英二にも黙っとけよ?」

 信也は四回目のボタンを押してレバーを下げ、つり銭を取り出す。

「舞華……あの日から毎日ルチアの教会で祈ってるらしい。毎日欠かさずに来てるって母親から聞いた。あいつは知られたくないみたいだから俺は聞けなかったって嘘を吐いた」

 今日もその帰りって事?

 自分だって辛いのに、何でそんな事出来ちゃうの?

「舞華だってもう限界のはずなんだ」

 信也は麗華ちゃんを見つめる以上に辛そうな顔をしていた。

 私の抱えた缶コーヒーを二本引き抜き、信也は病室に向かった。

 そして病室の前で深呼吸をして、表情を幾分か明るくさせてそのドアを開けた。

 信也が来たらお役ご免の私は、コーヒーをご馳走になってから舞華ちゃんと司と共に病室を出た。

 静かな廊下に三人の足音だけが響く。

 入口の自動ドアを開くと、目の前に金髪の馬鹿男が立っていた。

 司は舞華ちゃんを送ってやって、と言い残して駐車場に歩き出した。

 私もお邪魔しちゃ悪いと思ってさっさとタクシーに乗り込んだ。

 走り出したタクシーから二人の様子を窺うと、静斗が舞華ちゃんを抱きしめていた。

 きっと、もう大丈夫だよね?



ご覧頂きありがとうございます。


信也と綾香の視点から書かせて頂きました。

多分この二人が一番三人に関わってるんじゃないかなって思ったんで。

しかし……長いです。

4800字越えです。

「大好き」や「有名人」以外でココまで長くなったのはないんじゃないかな……。

空行ないなのにこの文字数って読み手にはしんどいですよね、ごめんなさい。


☆次回更新4月16日です☆












軽く予告。

身の回りでちょっとした変化が……。


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