疑点(涼&英二)
舞華と麗華の誕生日。
麗華の病室に皆がやって来ます。
事件後、静斗が初めて麗ちゃんの見舞いに行くと言った。
舞ちゃんと二人で過ごす事はないと思っていたけど、まさか一緒に見舞いに行くとは思わなかった。
すぐに帰るつもりらしく静斗は自分の車で行くと言った。
だから僕は静斗の車に、英二は信也の車に乗って病院に向かった。
毎日来る信也に看護師が笑顔でお辞儀をしている。
もう二年だもんね……。
僕達の周りは大きく変わってきたけど、僕達はあの日から立ち止まったままだ。
ただ麗ちゃんのために、麗ちゃんの夢を叶えるためだけに必死になって足掻いていた。
その夢を叶えた今は、麗ちゃんの耳に出来るだけたくさんのGEMの音を届けながらいつか来るであろう目覚めを待っている。
舞ちゃんだって声も色も失った世界に居るのに、弱音を吐く事もなく我武者羅に頑張っている。
僕はその姿を見ていて、麗ちゃんじゃないか? って思った事がある。
舞ちゃんがそんなに強い子だなんて思った事はなかったから。
でも、病室で眠ってるのは間違いなく麗ちゃんで……その傍に居るのは当然信也なんだけど、一時期は混乱して軽くパニックを起こした。
まぁ周囲にバレる程のものじゃないけどね。
信也の後ろを歩いていると見慣れた人物が視界の片隅に映って進む足を止めた。
「あれ? 舞ちゃん……?」
自動販売機の前に居るのは間違いなく舞ちゃんだ。
そのすぐ後に現れたのは結城さん。
静斗の眼が厳しいものに変わった。
最近よく一緒に居る所を見掛ける。
そのせいで静斗がかなり不機嫌だって事は多分皆気付いてる。
「そっか、舞ちゃん免許もってないもんね」
静斗に聞こえる声で言ってみた。
静斗は結城さんに怒りを含んだような眼を向けたけど、舞ちゃんを見つめる時は辛そうだった。
「舞華」
結城さんが舞ちゃんを傍にある椅子に座らせ、ジャケットのポケットから掌サイズの箱を取り出して舞ちゃんの目の前に差し出した。
「今日、誕生日だろ」
舞ちゃんの手が動いて差し出された箱を受け取った。
アレは分かる。
“ありがとう”って手話だよね。
隣で静斗が拳を握り締めながら身体を小さく震わせていた。
視線を舞ちゃんに戻すと箱を開けて驚いた後、結城さんに微笑んだ。
「気に入ったか?」
結城さんの言葉に舞ちゃんは大きく頷いた。
静斗は見てられなかったらしく、体の向きを変えて信也達の後を追った。
だけど、僕はそこから動かずに二人を見つめていた。
結城さんは箱の中から何かを取り出して舞ちゃんの手首に着けた。
「舞華が麗華に買ったのとお揃いだ。コレは俺から舞華へのプレゼント」
結城さんの舞ちゃんに向ける眼は優しい。
でも、舞ちゃんの眼はいつだって静斗を追い掛けてる。
二人は今も互いを想い合ってる……。
「いつも麗華と一緒に居るみたいで心強いだろ?」
結城さんは舞ちゃんの頭を撫でて立ち上がった。
「帰るか。司が待ってるだろうし、お前今日も中抜けすんだろ?」
中抜け?
まるで当然のように告げる結城さんに僕はレコーディング中の事を思い出す。
夕方にある長めの休憩中、舞ちゃんの姿を見る事はない。
そういう時は大体司ちゃんか結城さんのどちらかと姿を消している。
朝だって必ず結城さんと一緒にやって来る。
何かあるのかもしれない……。
二人の背中を見送ってから僕は病室に向かった三人の後を追い掛けた。
病室に入る寸前に何とか追いついて、何もなかったように中に足を踏み入れた。
「あら、フルメンバーなんて初めてじゃない?」
麗ちゃんの髪を梳かしながら綾香ちゃんが微笑んだ。
「そうだな」
信也は苦笑しながらベッド脇の椅子に腰を下ろす。
面会時間が終わるまでいつもこうして何を思ってるんだろう?
「ん? 何だコレ?」
信也が麗ちゃんの手を見て顔を顰めた。
「あぁ、さっき舞華ちゃんと結城さんが来て麗華ちゃんの腕に着けてったの」
麗ちゃんの手首にはシンプルなバングルが嵌っていた。
舞ちゃんの手に嵌められた物と同じだ……。
「そうか……」
舞ちゃんの名前を聞いて信也は表情を穏やかにしてバングルに触れた。
「それティ○ァニーのバングルだね」
ベッド脇にはテ○ファニー独特のカラーの紙袋が置かれている。
綾香ちゃんは小さく頷いた。
「……本当麗華ちゃんに似合ってる」
そう言いながらも彼女の顔は冴えない。
麗ちゃんの髪を梳かし終わり、綾香ちゃんがブラシを置いた。
「元気ないじゃない?」
彼女も静斗の様子がおかしいことに気付いたらしく顔を覗き込んだ。
「何でもねぇよ」
顔を上げた静斗は驚いたように目を見開いた。
動揺したように視線が彷徨う。
メイクもしていない麗ちゃんの顔は、舞ちゃんそっくりだから無理もない。
「……悪い、俺帰るわ」
静斗は真っ青な顔でそう言って病室を出て行った。
「どうしたんだあいつ?」
英二が閉じたドアを見つめながら呟いた。
「僕も帰るよ、麗ちゃんお誕生日おめでとう」
僕は麗ちゃんの手を軽く叩きながら声を掛けて病室を出た。
足音が聞こえなかったからまだ傍に居ると思った。
案の定、静斗は病室の傍の壁に寄り掛かって俯いていた。
「静斗」
ゆっくりと頭を持ち上げた静斗は死人のような顔をしていた。
「顔色悪いね。車、僕が運転しようか?」
まさかここまで舞ちゃんにそっくりだなんて思ってなかったのかもしれない。
「あぁ……」
僕は静斗からキーを受け取って車に向かうと、運転席に座りエンジンを掛けた。
静斗は黙ったまま助手席に乗り込んだ。
「麗華って……舞華そっくりなんだな」
力のない小さな声で呟いた。
「そうだね、一卵性なんでしょ? 僕も最初麗ちゃんのすっぴん見た時は驚いたよ」
まぁ、あの頃は髪がまだブリーチにパーマだったけど。
「お前も頻繁に行ってるのか?」
どこに? なんて訊く事もないだろう。
「月に一回くらいだよ。英二は綾香ちゃんの迎えに行くから時々寄ってるみたいだけど」
「そっか……」
静斗はそれ以降黙り込んだ。
「舞ちゃんの手にね、麗ちゃんと同じ物が着いてた。結城さんからのプレゼントみたい」
僕は独り言のように呟いた。
舞ちゃんの名前に反応するように静斗が僕を見る。
「今、スタジオに篭ってるけど中抜けするみたいだよ」
「何で?」
「さぁ? でも、結城さんの口調からいつもの事っぽかったよ」
静斗は少し黙り込んで何かを考えていたけど、やがて口を開いた。
「涼、スタジオで降りてくれないか?」
降ろしてくれじゃないんだね……。
「オフだし付き合うよ」
僕は苦笑して行き先をマンションからスタジオに変えた。
静斗がこの病室に足を踏み入れたのは初めてだったらしい。
「麗華があんまり舞華にそっくりで驚いたんだろ」
信也は苦笑した。
確かにそっくりだが……。
だからって過剰反応だろ。
あそこまで真っ青になるなんておかしいだろ。
俺は気になって一時間後、病院の外から涼に電話を掛けた。
涼は静斗と一緒に帰った筈。
もうマンションに着いていてもおかしくない時間だ。
まだ静斗と一緒に居るかもしれないが、多少は訊けるかもしれない。
『もしもし』
え?
意外にもその電話に出たのは静斗だった。
「涼の番号に掛けた筈だが間違ったか?」
掛ける前に確認した筈だ。
『あぁ、涼の携帯だ。今涼が運転してるから俺が出た』
なるほど……。
「お前今どこに居る?」
『尾行中』
は?
「何だよそれ?」
『悪い、着いたみたいだから切るぞ』
静斗はそう言って一方的に電話を切った。
「尾行って何だよ?」
俺は切られた携帯を眺めながら呟いて喫煙所に向かった。
そこには信也が居た。
少し前に来たようで、煙草が多少短くなっている。
「涼に掛けたのか?」
「あぁ、でも出たのは静斗だ。よく分からんが尾行中らしいぞ」
信也が顔を顰める。
「あいつ、ストーカーにまで成り下がったのか?」
冗談にも聞こえそうだが信也の顔は真剣だ。
「さぁな。また夜にでも訊いてみるさ」
俺は煙草に火を点けて煙を吐き出す。
「最近お前、あんま煙草吸わないんだな」
信也が煙草を吸う姿は最近あまり見ない。
やめたわけじゃないが、本数は以前に比べてかなり減っている。
「あぁ……昔、麗華に吸い過ぎだって言われた事があってな。何となく思い出してから意識的に本数減らしてる」
信也は悲しそうな笑みを浮かべた。
「そうか。お前の身体の心配するなんて、優しいトコあるんだな」
「あいつは優しいんだよ。素直じゃないだけだ」
確かにな……。
「信也! 英二!」
綾香の声が聞こえた。
何だか慌てている。
現在診察時間内の病院では相当迷惑な大声。
しかし、綾香の様子がおかしい方が気になる。
「麗華ちゃんが……!」
途端に信也の顔色が変わった。
急いで来るような変化があったのか?
「麗華がどうした?!」
煙草を灰皿に落として信也が立ち上がり、綾香に駆け寄る。
「麗華ちゃんが……麗華ちゃんが笑ったの! 話し掛けてたら……ほんのちょっとだけど口元が動いたの!」
綾香の言葉に俺と信也は顔を見合わせ、病室に急いだ。
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今後 「水曜日」 に更新をしようと思います。
どうぞお付き合い下さい。
☆次回12日(水)ですね☆