夢(舞華&静斗)
麗華の意識は戻らない。
しかし、GEMと舞華は動き出した。
麗華の夢を叶えるために・・・。
麗ちゃんの意識は戻らない。
私は色と声を失ったまま・・・。
二人の赤ちゃんは麗ちゃんのお腹から消えてしまった。
私はそれを知った日、涙が涸れるまで泣いた。
一週間何も出来なかった。
何も考えられなかった。
ただ毎日何時間も学園内の教会で祈り続けた。
麗ちゃんはちゃんと生きてる。
自分でちゃんと心臓を動かしてる。
望みを捨てる訳にはいかない。
私が麗ちゃんを信じなかったら皆が諦めてしまう。
私が諦めたら皆壊れちゃう・・・。
そんなの駄目・・・。
声なんか要らない、色なんて分からなくていい。
だから・・・神様お願いします、麗ちゃんを私達に返して下さい。
私はその日も学園内の教会で何時間も祈った。
そしてその晩、夢を見た。
私は麗ちゃんと話していた。
去年のクリスマスの私達だ・・・。
「夢なんだよね。GEMがうちからデビューして、ファンクラブの会員ナンバー“1”をGETするの」
麗ちゃんは楽しそうに笑った。
あの日、私が麗ちゃんから聞いた言葉だった。
麗ちゃん・・・それを叶えて欲しいの?
だからこんな夢を見せたの?
目を覚ました私の耳には麗ちゃんの言葉だけが鮮明に残っていた。
うん・・・分かった。
頑張る・・・頑張るから、麗ちゃんも頑張って。
私達の所に戻ってきて・・・。
それまで私・・・人前で泣かないから。
願掛けして、髪も切らないから・・・床に付かないうちに目を覚まして・・・。
麗ちゃんの夢、皆で叶えてあげるから・・・。
私は麗ちゃんの病室に毎日通う事にした。
信也さんが席を外した時、麗ちゃんの枕の下に差し込まれた婚姻届受理証明書という物を見つけて私は驚いた。
信也さんは意識のない麗ちゃんとの婚姻届を提出していたのだ。
事件の翌日の日付だった。
信也さんも諦めてないんだと思った。
麗ちゃんが目を覚ますと信じてる・・・。
だから提出したんだろう。
私はそう信じたかった。
信也さんは二日間私と話をしてくれなかった。
それどころか私の顔さえ見なかった。
同じ顔の私を見るのが辛いのかもしれない。
それでも私は諦める事は出来なかった。
麗ちゃんが望んでるから・・・。
通い始めて三日目。
私はペンとノートを持って行き、信也さんに語りかけた。
私の書いた言葉に信也さんが反応してくれた。
抜け殻のような信也さんを見ているのは私も辛かった。
だから麗ちゃんの夢の話をした。
信也さんは知らなかったようで驚いていた。
私達が麗ちゃんのために出来ること・・・。
麗ちゃんの小さな・・・決して無理ではない夢を叶えてあげる事。
それは一人では叶えてあげられない。
GEMの皆が一緒じゃなきゃ叶わない。
そのためには先ずリーダーである信也さんを動かす必要があった。
幸い、私の耳は聞こえている。
仕事には影響はない。
私が動かなきゃ・・・誰も動かない。
私は涙と弱音を封印してとにかく信也さんを励ました。
こんな状態のまま麗ちゃんが目を覚ましたら悲しむから・・・。
そして、一ヶ月後。
信也さんの口からドラムを叩き始めたと聞いた。
嬉しくて涙が出そうだった。
それでも泣く訳にはいかない。
私が次に泣くのは麗ちゃんが目を覚ました時と決めたのだ。
こんな事で泣いちゃいけない。
私は溢れそうになる涙を必死に堪えた。
事件後、誰も楽器に触れていなかった事を証明するように音はGEMらしさを失っていた。
その音を取り戻すのに三ヶ月という時間を要した。
新学期が始まってからも学園に通いながら私は音作りに没頭していた。
私の手話を司が声に変えてレコーディングは進められた。
私は納得できない音には決してOKを出さなかった。
本気だから妥協なんてしない。
GEMのいい音は私の脳にインプットされている。
まだ、完璧じゃない・・・。
私はブースの中を見ながら何度も首を振った。
事件から七ヶ月後、私と司はどうにか高等部を卒業し、GEMのメンバーも無事に大学を卒業した。
本来ならルチア短大に進む筈だった私は声が出ない事から進学を諦め、本格的にM・Kで音楽に携わる事にした。
司は短大に通いながら私のサポートをしてくれている。
そして・・・事件から一年後、ついにGEMはメジャーデビューを果たした。
「皆!見てっオリコン初登場四位よ!」
お母さんがレコーディングスタジオに飛び込んできた。
私とスタッフはお母さんの持つ資料を見て微笑んだ。
その場にGEMメンバーの姿はなかった。
GEMと私の距離はあの頃と違って随分と遠く感じた。
舞華はあの事件を境に変わった。
確かに目の異常や声を失ってしまったという分かりやすい変化はある。
でも、そうじゃない舞華の心の変化とでも言ったらいいのだろうか?
舞華は・・・泣かなくなった。
あの事件後、俺は舞華の泣き顔を見ていない。
泣きそうな顔をしても必死に耐えている。
その姿が見ていて辛かった。
信也と病室で何を語り合ったのか俺には分からない。
ただ、一生懸命な二人に背中を押されるように俺達は音楽活動を再開した。
・・・酷いものだった。
たった一ヶ月だ。
たった一ヶ月で俺達の音は変わってしまっていた。
結城も舞華も渋い顔をして決してOKを出さなかった。
俺達も納得できなかったから当然といえば当然だ。
夏休みが終わり、舞華は寮からこのスタジオに通ってくる。
俺達は麗華の話をする事はなくなったが、レコーディングスタジオの片隅に舞華が写真立てを置いた。
いつも一緒に作業してるんだと俺達に語りかけるように写真の麗華は笑顔で俺達のブースを見つめている。
声を失った舞華の代わりに司が通訳をしながらレコーディングを進めた。
俺達の音がやっと出せたのは事件から四ヶ月が過ぎてからだった。
舞華は厳しかった。
絶対に妥協しなかった。
信也は舞華の様子を見ながら常に心配そうな顔をしていた。
しかし、舞華も信也も決して俺に語ってはくれなかった。
あの病室で何を話していたのか俺には分からない。
そして何故二人が急に活動を再開させたのかも疑問だった。
ある日、司が休憩時間に俺の傍にやって来た。
「舞華は・・・麗華の夢を叶えてやる気なんだ」
麗華の夢・・・?
俺が首を傾げると司は苦笑した。
「麗華はGEMのファンクラブの会員ナンバー“1”が欲しいんだとさ」
ファンクラブ・・・。
そんなもんいくらだって作ってくれるだろ。
美佐子さんに頼めばすぐにだって叶うはずだ。
「舞華は、麗華が目を覚ました時に恥ずかしくないようにGEMを育てるつもりなんだ。知名度を上げて実力でファンを増やして、事務所側からではなくファン側からクラブの設立を望まれなきゃ意味がないんだとさ」
司は俺の腕を軽く叩いた。
「麗華の夢が舞華の夢なら舞華の夢は静斗の夢なんじゃないのか?」
「そうだな」
俺は司に微笑んだ。
舞華が麗華の夢を叶えるために頑張ってるなら当然俺は協力する。
絶対に叶えてやる。
俺は舞華の望む音を出せるようにとにかく練習を重ねた。
そして時間が空いた時には司から紹介された手話サークルに顔を出すようにした。
舞華の話を司の通訳なしで聞きたかったからだ。
司は頭で学ぶよりも身体で覚えろと言った。
接して初めて癖というものがあるんだと知った。
なかなか奥が深い。
そうやって俺は舞華のためだけに動いていた。
俺達に立ち止まる事は許されなかった。
立ち止まったら麗華を失うかもしれないというネガティブな考えに飲み込まれてしまう。
そうなったら俺達は出口を見失ってしまうだろう。
そこから再び動く事は出来なくなるだろう。
そう思うと前に進むしかなかった。
ご覧頂きありがとうございます。
麗華の夢を叶えるために信也と舞華は活動を再開させました。
麗華の夢を知った静斗も黙って協力。
このバンドの団結力は半端ないです。
☆次回更新12月28日です☆
前編終了になります。
後編に繋ぐものなので変なトコで終わってるかも・・・。
ごめんなさい。