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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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祈り(静斗&信也)


事件から一ヶ月。

何か変化はあったんでしょうか・・・?

事件から一ヶ月が過ぎた週末。

俺達はあの日から全ての活動を停止していた。

出来る状況でもなかった。

舞華は毎日麗華の許に通い、面会時間ギリギリまで付き添っているらしい。

信也も同様だった。

麗華はまだ目を覚まさない。

心臓は動いてるのに眠ったままだった。

舞華の声も出ないまま時間だけが過ぎていく。

舞華の目は色を失った。

あいつは今、真っ赤な世界に居る。

医者の話では精神的なものらしい。

原因なんか分かり過ぎるくらい分かってる。

でも・・・俺には何もしてやることが出来ない・・・。

情けなかった。

金曜日の約束はあの事件後なくなった。

当然だ。

俺は週末になると一日中部屋の中でコーヒーを飲みながら煙草を吸って無駄な時間を過ごしていた。

GEMメンバーとも連絡を取らなくなった。

誰も連絡してこない。

おそらくあいつらも何も出来ないでいるんだろう。

俺には麗華の顔を見に行く勇気もなかった。

インターホンが鳴った。

玄関を開けると司が立っていた。

「よっ」

司の笑顔に少しだけほっとした気持ちになった。

「どうした?」

「お前も参ってんじゃないかと思ってな」

「舞華なら来てないぞ」

「知ってる」

じゃあ何の用なんだ?

司は我が家のように上がり込んで奥に進む。

俺の部屋だぞ・・・。

「静斗、勉強する気ないか?」

司が振り返って俺に尋ねた。

「勉強?」

「あぁ。舞華の声がいつ戻るのか予測なんか出来ないだろ?」

それと勉強って何の関係があるんだ?

「意味が分かんねぇ」

「手話だ」

あの・・・手を動かすやつか?

「いつまでも筆談してるのも大変だろ?教えてやる」

司も何かしていないと落ち着かないのかもしれない。

「・・・そうだな。頼むわ」

俺も何かしていないと気が狂いそうだった。

司は笑顔で頷いた。

一ヶ月ぶりに俺は笑う事が出来た。

司のお蔭だ。

そして俺は簡単な挨拶から教えてもらう事にした。

司から数時間教わっていると楽しくなってきた。

「静斗、なかなか筋がいいぞ。また明日も来るから逃げるなよ」

司は笑顔で立ち上がった。

「おう、サンキュ」

時計を見ると面会時間が終わる頃だった。

「静斗、舞華を迎えに行ってやってくれないか?」

司が靴を履きながら言った。

「え?」

「あいつも相当参ってる筈なんだ。一日中筆談で信也を励ましながら過ごしてる。自分だってそんな余裕ない筈なのにな」

司は振り返って苦笑した。

「お前にしか頼めんだろ」

司は俺の腕を軽く叩いて部屋を出て行った。

「筆談で信也を励ましてる・・・?あいつが?」

俺は鍵と携帯と財布を持って部屋を飛び出した。


麗華の意識は戻らない。

俺は事件翌日、一人で麗華との婚姻届を役所に持って行った。

「麗華・・・お前、今日から高井戸 麗華になったんだぞ」

俺は眠る麗華にそう告げて、役所で貰った婚姻届受理証明書をそっと枕の下に差し入れた。

病室の扉がノックされて舞華が入って来た。

舞華は事件一週間後から毎日やって来る。

静斗から舞華は声を出せなくなったと聞いた。

あの日の舞華の声は俺の耳にも残っていた。

あの声を最後に舞華は声を失ったのか・・・。

麗華が持って行ったのか?

俺に向ける笑顔も哀しいものだった。

俺達は二日間、向き合って座ったままお互いに何も話さなかった。

三日目になると舞華はノートとペンを持って来て俺に話し掛けるようになった。

そして、俺は知らなかった麗華の夢を知った。

“麗ちゃんはGEMのファンクラブの会員ナンバー「1」を欲しがってたよ。麗ちゃんの夢なんだって”

舞華がノートに書いて俺に見せた。

「麗華の・・・夢?」

舞華は小さく頷いた。

・・・知らなかった。

麗華の夢なんて今まで聞いた事がなかった。

知らなくて当然だ。

“夢・・・叶えてあげて欲しい”

舞華が再び俺にノートを見せた。

しかし、今の俺はドラムを叩く気にもなれなかった。

「・・・今はまだ・・・無理だ」

舞華はそれでもノートで俺に話し掛けてきた。

自分だって辛いはずなのに、そんな事は全く書かない。

いつも俺と麗華の事ばかり。

自分は愚痴一つ零さずに俺を励ましてくれていた。

正直、放っといてくれと思う事もあった。

同じ顔で俺を見るなと言いたかった。

でも、舞華だってショックで声を失ってる。

俺以上に辛い筈なのに・・・。

俺は情けなかった。

麗華の前から動けない自分が・・・何も出来ない自分が・・・舞華に励まされている自分が情けなかった。

事件から三週間後、面会を終えた俺は実家の防音室に置いてあるドラムを無心で叩いた。

何時間叩いていたのかも分からない。

身体が動かなくなるまでとにかく叩き続けた。

麗華の夢・・・。

俺が麗華のために今出来ることはその夢を叶えてやる事だけだと思った。

麗華は生きている。

目を覚まさないだけで、心臓はちゃんと動いてる。

そして・・・事件から一ヶ月後。

俺は舞華にドラムを再び叩き始めた事を告げた。

まだ全員で演奏する気にはなれなかったが少しずつ前進したかった。

いつまでも立ち止まったままでは麗華に申し訳なかった。

“麗ちゃんがいつ目を覚ましてもいいように一緒に頑張ろう”

舞華は笑顔で俺にノートを差し出した。

「そうだな」

俺は一ヶ月ぶりに多少引き攣っていただろうが笑顔を作る事が出来た。

「頼りにしてるぞ、プロデューサー」

舞華は笑顔で頷いた。

「ジュースでも飲みに行かないか?」

俺は舞華を初めて病室の外に誘った。

もう面会時間も終わりだった。

舞華は荷物を纏めて立ち上がった。

そして麗華の頭を撫でながら声にならない声で何かを呟く。

舞華が帰る間際に必ず見る光景だった。

今日の言葉は口の動きから「早く帰って来て」だったと思う。

廊下に出た俺達の前に久しぶりに見る顔があった。

「よっ」

静斗は舞華を迎えに来たんだろう。

しかし、この一ヶ月間一度も来た事はなかったと思う。

「静斗も一緒にジュース飲みに行くか?」

「おう」

静斗は何も語らなかった。

そんな必要ないと思ったのかもしれない。

しかし、今の状況を抜け出すには俺から何か言わなければならなかった。

舞華も・・・多分麗華もそれを望んでいる。

「腕・・・なまってないか?」

缶コーヒーを静斗に投げながら尋ねた。

「誰に訊いてんだよ?」

いつもの静斗節だ。

「・・・始めないか?」

麗華の夢を叶えるために、俺は動かなきゃならない。

舞華は言った。

“一人では麗ちゃんの夢は叶えてあげられない”と。

実際、そうなんだ。

GEMと舞華とM・Kで協力して作り上げなければいけない。

だから、俺は動かなきゃいけない。

俺の言葉に静斗は驚いたようだったが、すぐに首を縦に振った。

俺が・・・俺達が、お前の夢を叶えてやる。

だから目を覚ませ。

俺達の所に帰って来い。

俺達は傷を抱えたまま活動を再開した。


ご覧頂きありがとうございます。


取り敢えず79話(あと2話)で前編完となります。


クリスマスイヴなのに暗い話ですみません。

最悪の場面がイヴ更新でなかっただけ良かったかなぁ、とだけは思いましたね。


体調不良というのと他の作品を終わらせたいのがあるので年内に後編開始は難しいです。

来年・・・って言ってももうすぐなんだけど、そう遠くないうちに後編をUPできるように治療と執筆頑張ります。


☆次回更新12月26日です☆


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