裏話(麗華&美佐子)
GEM契約の日のお話です。
「お帰り」
扉が開いたので何となく声を掛けた。
「起きてたのか。気分はどうだ?」
「まぁまぁかな」
私は簡単に答えて読んでいた本を閉じた。
「事務所行ったんでしょ?」
「あぁ、契約書に判押してきた」
本当にM・Kと契約したんだ・・・。
「後悔しない?」
「しない。そういえば・・・お前、舞華がプロデューサーやってるって話聞いた事あるか?」
信也の言葉に私は顔を上げた。
「・・・何で?」
どこから仕入れたんだろ?
「今日、聞かされたから」
へぇ・・・舞ちゃんがやるんだぁ。
まぁ、それだけ本気って事だよね。
私は会社の話は口外できないから黙ってただけだし。
たとえ相手が信也でも話せない。
でも、聞いたなら話してもいいか・・・。
「中等部の頃からかな?AKIとかって名前でやってたみたいよ」
何となく顔を出したのがきっかけだったらしいけど。
信也はセカンドバッグをソファに投げるとキッチンに向かい、換気扇の傍で煙草を吸い始めた。
換気扇の音だけが部屋の中に響く。
「夕飯・・・何食う?」
「あっさりした物がいい」
「だろうな」
私はローテーブルで頬杖をつきながら信也を見つめていた。
機嫌の悪い顔してる・・・。
「・・・何?」
「別に、何でも?」
「ならあんまり見るな」
「私の勝手でしょ?」
納得いかないらしい。
舞ちゃんの話もっと聞かせろって?
あぁ・・・何で分かっちゃうのかなぁ。
それで話そうなんて思っちゃう私も私なんだけど・・・。
「舞ちゃんはね、中等部の時にレコーディング現場に見学に行ったの。お母さんが連れて行ったんだけどさ。そこで結城さんに目を付けられたんだって」
急に喋りだした私を不思議そうに信也が見つめていた。
だって・・・訊きたいんでしょ?
そんな顔してる。
信也の顔は無表情だけど、分かっちゃうんだよね。
やっぱ惚れちゃってんだなぁ。
「舞ちゃんがいいと思ってたバンドのプロデュースを結城さんに“一緒にやってみないか?”って誘われたのが始まり。感性が似てるみたいで、あっという間に打ち解けたらしいよ。スタッフも二人の間には口を挟めなかったくらいにね。舞ちゃんは滅多に依頼受けないし、すごい人見知りだしあがり症だし男免疫ないし・・・正直そういう仕事向いてないと思うんだけど、お母さんはやらせたいみたい。あの耳は聴くだけに留めるのは勿体ないって言ってたし。多分舞ちゃんはお母さんに嵌められたんだよ」
“多分”じゃなくて“絶対”なんだけどさ。
舞ちゃんの事は社内・・・それも幹部クラスだけの秘密だしね。
「でも、舞華普通に喋ってたぞ?」
「だろうね」
あの舞ちゃんが男相手に普通に喋れるって聞いて不思議に思わない訳ないでしょ?
男として見てないってのもあるんだろうけど。
でも、コレだけは教えてあげない。
結城さんの名誉のためにもね。
あれもお母さんの作戦だったんだから。
今更だけどお母さんって相当な策士だと思う。
今頃ご機嫌なんだろうなぁ・・・。
GEMメンバーを帰し、簡単な打ち合わせを終えて舞ちゃんを帰宅させて、社長室には二人だけが残っていた。
「何で俺って女運ないのかなぁ・・・」
社長室のソファに身体を沈めて結城君が情けない声を出した。
「何言ってんのよ?」
結城君は私のほうに力の抜けた顔を向けた。
「美佐子は敦一筋だし、叶愛はTAKE一筋だし、舞華はあの長髪のギターが好きなんでしょ?それも両想い」
「よく分かったわね?」
舞ちゃんの彼まで一目で分かっちゃったのね。
「あのギター、俺の事凄い目で睨んでたからね」
新井君もまだまだ余裕がないって事か。
私はクスクスと笑った。
「何で興味を持つ女性は皆一筋に男を愛してるんだろうね?」
「そういう人にしか惚れないんじゃないの?」
「かもね」
結城君が苦笑した。
「でも、まぁ最近女装しないで舞華に会えるようになっただけでも進歩だよね」
確かに・・・。
結城君は舞ちゃんを警戒させないように去年まで女装をしていた。
いや、私がそうさせていた。
もともと女顔だし、身長も背の高い女性と言われれば納得できる程度だし、声も高いので違和感もなかった。
いや、女装が似合っていた。
だから舞ちゃんは結城君を女性だと簡単に信じたんだもの。
男性だと分かった今でも平気で話しているのは二人の間に信頼があるからなんだろうと思う。
お蔭であっさりと舞ちゃんをこっち側に引き込む事が出来たんだけど。
「舞華、狙ってたんだけどなぁ・・・」
「やめてよ。結城君の義母になる気はないわよ」
結城君は高校の同級生だ。
デビューも同じ時期だったのでそれなりの付き合いはあった。
勿論友人としてのだけど。
「で?聴いた感想は?」
私が珈琲を差し出しながら尋ねると、結城君は大きく伸びをしてからカップを受け取って微笑んだ。
「鳥肌物だね、久しぶりに気合が入るよ。色々な意味で」
私は彼の言葉に苦笑した。
「色々な意味はやめといて頂戴」
音楽だけに気合を入れて欲しい。
「GEMはなかなかな収穫だと思うよ。“金のなる木”だ。海外でも通用する」
舞ちゃんの言った通りね。
「別に“金のなる木”だと思ってた訳じゃないんだけど」
麗ちゃんの事があったから急いだだけだし・・・。
「前座やらせてみたら?」
「舞ちゃんと相談して、最終結論だけ聞かせて頂戴。多分それでOKだとは思うけど」
彼らの個性を引き出せる場を舞ちゃんは既に考えてる筈。
本当に・・・結城君と舞ちゃん考える事が同じなのね・・・。
これじゃ新井君の機嫌も暫くは悪いままかもしれないわね。
私は書類を確認しながら微笑んだ。
やっぱり舞ちゃんをこちらに引き込んだのは間違いじゃなかったと思いながら・・・。
ご覧頂きありがとうございます。
母、美佐子は自分の思う方向に舞華を誘導しているようです。
舞華は全く気付いてないようですが・・・。
結城さんは女装姿だったから舞華が警戒しなかったんですね。
――― 結城 拓斗の紹介 ―――
もともとは「NAP」というバンドのギタリスト。
解散後、プロデュースを始める。
日本でも五本指に入る名プロデューサー。
舞華&麗華の母、美佐子とは高校の同級生で、デビュー時期も同じ。
どうやらこの方は女性、男性、どちらもお好きのようです・・・。
身長:173cm
趣味:ギター・カラオケ
特技:早弾き・ピアノ
苦手なもの:美佐子
☆次回更新11月22日です☆