勝敗(静斗&麗華)
暫くの間睨み合いが続いた。
「貴女は舞華をどうなさりたいんですか?」
俺は苛々しておばさんに尋ねた。
「私の顔に泥を塗るような真似はやめて欲しいだけよ」
「舞華の気持ちなんか考える気もないと言う事ですか?」
「舞華はいい子ですもの、話せば分かってくれる筈よ」
俺は顔を顰めた。
「さぁ、連れて来て頂戴。貴方が動かないならこちらが動くだけよ」
おばさんの声に二人の黒服が動く。
英二と涼が男を睨み付けながら廊下を塞いだ。
「貴方達みたいな子と一緒に居たらあの子は大人の引いたレールを踏み外すわ。そうさせないのも私の役目なのよ」
「俺達をどんなに見下しても構わない。けど、その言葉は貴方の息子にも向けられているという事は分かってらっしゃいますよね?」
あんたは信也までそんな扱いをするのか・・・?
俺は目の前のばばぁを殴り飛ばしたかった。
振り上げそうになる手をぎゅっと握り締めて耐える。
涼と英二が黒服の男の胸倉を掴んで玄関の外に殴り飛ばした。
こいつ等も俺と同じ思いだったのかもしれない。
正直、俺達は喧嘩慣れしている。
中学時代荒れていた俺と涼は今でも同級生に恐れられている。
だから簡単には負けない自信もある。
信也と英二は何も言わないが、・・・目つきが悪いのでその種の奴等に絡まれやすい。
それは知り合ってから何度も絡まれてるから事実だ。
実践で鍛えられたタイプかもしれない。
ま、そういう意味でも気の合う仲間だ。
「やっぱり野蛮ね」
おばさんは汚い物を見るような目で俺達を見ていた。
「どっちがだよ」
あんたのやり方だって充分に野蛮じゃねぇか。
女に手を上げる気はないが、このばばぁだけは許せない。
麗華や信也・・・英二や涼まで馬鹿にしやがって・・・。
俺の事はどうだっていい。
でも仲間を馬鹿にしたり非難するのは許せない。
そろそろ俺も限界かもしれない。
そう思い始めた俺を止めるように信也の声が聞こえた。
「静斗・・・!」
おばさんは声の方向に目を向け固まった。
そこには麗華と信也、そして美佐子さんの姿があった。
「百合さん、こんな所でどうなさったの?」
美佐子さんの声も眼も冷たかった。
「義姉さんこそ・・・どうなさったんです?」
明らかに動揺していた。
「舞ちゃんの様子を見るために来たのよ。私が彼に舞ちゃんをお願いしたんだもの」
「そんな・・・」
「貴女に舞華を殺されないように私が逃がしたの」
穏やかではない表現には嫌味たっぷりだ。
「義姉さん・・・?」
「貴女は私達に何の恨みがあるの?麗華だけじゃなく、舞華までも傷付けようとして・・・私達が黙ってるとでも思ってた?」
美佐子さんの口調は穏やかだが表情は怒りを含んでいる。
「貴女の返事次第で私はどんな行動でも起こせる状態よ」
どんな行動でも起こせる・・・?
「これ以上うちの娘達を苦しめないで。監視も束縛もやめて」
舞華達が言いたくても言えなかった一言。
彼女はあっさりと言い放った。
「これからは舞華も麗華も私が面倒を見るわ。仕事にも連れて行くからそのつもりでいて頂戴」
仕事・・・?
「新井君、預けていた書類は?」
「あ・・・先ほどお渡ししました」
「これも渡しておくわ。麗華と舞華の分よ。貴女の面目を保つにも必要でしょう?」
信也の母親は真っ青な顔をしている。
「これ以上舞ちゃんを苦しめるなら今度は全校生徒の前で手首切るよ?」
麗華はそう言って左腕を見せながら微笑んだ。
以前実行しただけに、ただの脅しや冗談には聞こえない。
「俺も母さんのやり方には賛成できない」
信也は真っ直ぐに母親の顔を見ながら告げた。
「・・・学校だけは来るように言って頂戴」
おばさんは悔しそうにそう言って俺に背を向けた。
「貴女がこれ以上舞華に手も口も出さないとお約束して下さるなら」
この女はまだ何も約束していない。
「・・・分かったわ・・・約束します」
「その約束、私も聞かせて頂いたわ。貴女が守らなかった場合、私達も法的手段を検討させてもらいます。舞華は継続して新井君にお任せするわ。麗華は信也君に・・・いいかしら?」
俺と信也は顔を見合わせてから大きく頷いた。
私と信也は暗くなるまで駅前の喫茶店で寛いでいた。
叔母さんが動くのは夜だから。
一時間ほど時間を潰して歩き出した。
涼や英二が舞ちゃん達の傍に居てくれてる筈だし大丈夫だろう。
私達の傍を一台の外車が通り過ぎて停まった。
下りてきたのはお母さんだった。
お母さんも舞ちゃんが静斗のところに居るの知ってたんだ・・・。
だから大丈夫だって言ったんだね。
お母さんの車に乗った私は緊張していた。
鞄の中に忍ばせた物が見つかるんじゃないかって心配だった。
やっぱりお母さんは気付いた。
私の鞄からソレを取り出して運転手に預けた。
お母さんも信也も辛そうな顔をしていた。
そんな顔させたい訳じゃないのに・・・。
静斗のアパートに到着すると叔母さんと黒服の男が見えた。
信也の姿を見て叔母さんが固まった。
まさか信也がやって来るなんて考えてなかったんだろう。
甘いよ叔母さん。
私は叔母さんに嫌がらせする天才なんだよ?
叔母さんが嫌がることは大体分かってるんだよ。
私はお母さんと叔母さんのやり取りを黙って傍らで見ていた。
お母さんは色々な条件を出し、それを叔母さんが認めるなら法的手段には訴えないと約束をした。
これで舞ちゃんが責められる事も監視される事もなくなるなら私は何も言う事はない。
叔母さんは悔しそうにお母さんの提示した条件を呑んだ。
呑まざるを得なかった。
叔母さんにとって裁判は最大の汚点になる。
聖ルチアの名にも傷が付く。
何よりも私達のやった事が外に明るみになるのは叔母さんは避けたかったんだと思う。
ま、知ってる人も多いとは思うんだけど。
「今の会話は録音させて頂いたわ。後日念書を持って行くからサインして頂戴」
叔母さんは拳を握り締めながら黒服達を連れて階段を下りて行った。
「お母さん・・・録音って本当?」
「勿論よ、言い逃れなんてされて堪りますか」
お母さんって意外と恐い人なんだなぁ・・・。
家の中で見るほんわかしたお母さんじゃない。
仕事の顔をしてるお母さんってこんな感じなのかな・・・?
「麗ちゃん、一つ訊いてもいいかしら?」
お母さんが優しく微笑んだ。
「信也君ごめんなさい、外して頂けない?」
「あ、はい」
信也は静斗達と一緒に部屋の奥に入っていく。
それを確認してお母さんが口を開いた。
「新井君の事・・・吹っ切れてる?」
私はお母さんを見上げた。
「お母さん・・・?」
「女の勘よ」
何で分かっちゃったんだろう?
「大丈夫、信也がいるから」
私は少し考えてから答えた。
「気付かない間に卒業してたみたい。舞ちゃんと一緒にいるって聞いてもショックじゃなかったの。自分でも驚いちゃった・・・」
お母さんは私の頭を優しく撫でた。
「今は信也が大事なの」
私は素直に告げた。
「そ」
「最近は信也以外とは寝てない」
舞ちゃんと喧嘩した日から男遊びはやめてた。
「それがいいわ。そろそろ信也君を安心させてあげなきゃね」
お母さんはそう言って微笑んだ。
そうだね・・・。
「何かお母さんに話したらすっきりした」
「それはよかったわ」
お母さんは不思議だ。
お母さんは嫌な顔一つしないで私の話を聞いてくれるし、私が求めてる言葉をくれる。
迷っていれば導いてくれる。
「お母さん」
「ん?」
「大好き」
「お母さんも麗ちゃんが大好きよ」