GEM(信也&静斗)
当然の事だが、大晦日のスポーツ新聞の一面はGEMが飾っていた。
静斗の行動を軽率だと書く新聞もあれば、舞華と会社を守ったと英雄のように書く新聞もあり反応も様々だ。
賞を獲った時も静斗の顔の傷について訊かれたりもしたが、静斗は珍しく微笑み、たった一言で片付けた。
「知ってるのに訊く必要もないでしょう?」
司会者もさすがにそれ以上の質問はできなかった。
静斗の微笑みにはそれだけの効果があるのだ。
そして、病室で計画したシークレットライブ。
静斗が電話でABELのオーナーに直談判し、思った以上にスムーズに手配ができた。
勿論、伯母さんの許可があっての事だ。
麗華に生のGEMを観てもらいたい、と素直に言ってみたところ意外にも伯母さんはあっさりとそれを認めてくれた。
俺達は生放送があり、大晦日はハンパなく忙しい。
俺達に代わって動いてくれたのが伯母さんだった。
涼の祖父については知っていたようだが、国籍の違う家族の事は伯母さんでも分からなかったらしい。
伯母さんは年齢を感じさせない軽いフットワークで俺達のシークレットライブの舞台を整えていく。
羽田さんに定期的に連絡が入り、俺達は徐々に整っていく明日の舞台に興奮しつつあった。
こんなに興奮するのは久しぶりだ。
「美佐子さんってパワフルだよな」
感心したように静斗が呟く。
「麗華の母親だからな」
「舞華は父親似って事か」
まさにその通り。
俺達はリハーサルの間に曲順などを相談していた。
「何かワクワクするね」
「あの頃みたいだな」
「そうだな」
俺は無意識に自分の左後ろを見た。
麗華がいつもいた場所だ。
「すぐだよ、麗ちゃんはもうすぐその場所に戻ってくる」
涼は俺が何を見ていたのか気付いたようだ。
「そうだな」
俺達は麗華が目覚めた事で大きな荷物を下ろす事が出来た。
そのお蔭で演奏する事が素直に楽しいと思えた。
麗華の眠っている二年間は必死で楽しむ事なんかできなかったからだ。
一番いい音を聴かせる事だけに夢中だった。
曲順は麗華の知っている曲がいいだろうと静斗が言ったため、インディーズ時代から歌っているものを中心に選んだ。
俺達の気持ちは大晦日の生放送ではなく、元旦のシークレットライブに向いていた。
大晦日。
年内最後の仕事を終えた俺達は会場を出て懐かしいあの場所に向かった。
俺と舞華が出会った場所。
GEMが生まれ育った場所。
深夜にも関わらず、オーナーは笑顔で俺達を迎え入れてくれた。
「久し振り」
「年末はGEMウィークだったな、派手な事しやがって」
オーナーは俺の顔の傷を指で弾いて笑った。
懐かしい笑い声。
俺達は帰って来た。
この場所に。
「変わらないな、何も」
英二も呟く。
本当にあの頃のまま何も変わってなかった。
俺達はオーナーと朝方まで昔話を交えながら人員配置など細かい相談をしていた。
舞華と麗華を喜ばせる最高の舞台を作るために……。
マンションに帰り、倒れるように眠った俺は昼前に目を覚ました。
今日は全員バラバラに動き、現地ABELで合流する事になっている。
特に俺は派手な行動のせいで狙われているらしい。
勿論美佐子さん情報だ。
舞華と司は病院に寄り、綾香と麗華と共にABELに向かうらしい。
俺は部屋の隅に立て掛けてあるギターに手を伸ばした。
インディーズ時代に使っていたギターだ。
弦の張り替えとチューニングでもするか……。
騒がれないために俺は最後にABELに入る事になっている。
俺は久しぶりに余裕のある空白の時間を懐かしいギターと共に過ごした。
そして、夜九時。
俺は昔のように裏口からABELに足を踏み入れ、いつも使っていた控室のドアの前に立った。
ドアには“立入禁止”という張り紙がされている。
立入禁止って何だよ、と苦笑しながらドアを開けると懐かしい光景が飛び込んでくる。
「お疲れぇ」
車椅子だが麗華のはしゃいだような声が懐かしくて頬が緩む。
麗華に信也、涼、英二、綾香、司、何故居るのか分からないが結城、羽田さん、美佐子さん、菊池社長……そして舞華。
この二年一緒に苦労してきた仲間。
「人口密度高ぇな、ここ」
嬉しくてもそんな言葉しか出てこないのが俺だ。
「何、そのギター?」
涼が俺の肩に掛ったギターケースを指差す。
「時間があったから弦張り替えてチューニングしてきた」
ケースからギターを取り出すとメンバーの顔が懐かしむように綻んだ。
暫くの間俺達は控室の中で談笑していた。
今日のライブはシークレット。
出演しているバンド連中でさえ俺達が居る事を知らない。
出演予定のバンドが全部終わった直後俺達が乱入する。
「そろそろスタンバイいいか?」
オーナーの声が聞こえた。
「「「「OK」」」」
俺達は拳をぶつけ合ってステージの袖に向かった。
麗華が車いすのため、関係者はステージ袖で観てもらうしかない。
涼の両親に関してはライブの雰囲気を楽しむために客席から観ると言ったらしい。
まぁ、ここに来る奴等が世界的有名なピアニストとかオペラ歌手なんか知っているわけがない。
客席から見たところで騒がれる事もないだろう。
ステージでは最後のバンドの演奏が……終わる。
ステージが暗転した瞬間、俺達はステージに飛び出した。
ローディがセッティングを済ませていたギターを持って来たものと素早く取り替える。
信也のスティックがカウントを始め、演奏が始まった途端にステージのライトが俺達を照らした。
会場から悲鳴やどよめきが起こり、すぐに歓声へと変わる。
この瞬間が堪らない。
興奮する観客とともに俺達は七曲を演奏した。
この二年間味わえなかった興奮と気持ち良さと満足感。
予定していた曲数を終え、ギターを下ろしかけた時ピアノの音が鳴り響いた。
優しく切ない音色が響き渡り、ライブハウス内が静まり返る。
弾いているのは……舞華だった。
その曲には聴き覚えがある。
これは……信也の曲だ。
まだ完全には出来上がっていないため公の場で発表していない曲。
俺達は舞華のピアノを聴きながら頷き合い、その曲を演奏した。
俺達が新生GEMとして生まれ変わった瞬間だったんだろう。
演奏が終わった瞬間、客席の後方を見ると笑顔の涼の両親と……泣いている信也の母親の姿が見えた。
GEMとは宝石。
俺達のGEMは、メンバーであり、観客であり、スタッフであり、助けてくれる全ての人であり、家族であり、愛する女。
それらが全て揃ったこの場所で……最高の輝きを放つGEMに照らされて俺達は完全燃焼した。
それはきっと……今までも、これからだって経験する事の出来ない最高の瞬間だったに違いない。
俺達は大事な人間に見守られながら、堂々と新しい一歩を踏み出した。
― Fin ―
長い間お付き合い頂きありがとうございました。
全130話と長い作品になってしまいましたが、読んで下さる皆様の励ましのお蔭で何とか完結する事ができました。
また番外編でお会いしましょう♪
― 武村 華音 ―