対面(司&舞華)
舞華は暫くの間静斗の腕の中で泣いていた。
麗華の事件以来、我慢していた涙を一気に流しているようで、なかなか止まらない。
泣きたいだけ泣けばいい、舞華は本当に頑張ったと思う。
この二年以上、人前で弱音も吐かず泣きもせず、毎日麗華のためだけに祈って頑張ってきた。
舞華は自分の声や視覚異常も治らなくたって構わないとさえ思っていた。
麗華が目を覚ますならそんなもの要らない、と。
舞華はそんな女だ。
「舞華、これで瞼冷やせ。凄い顔になってるぞ」
私が苦笑しながら濡れたハンカチを手渡すと、舞華はそれを受取って瞼に押し当てる。
「静斗、お前は手当て」
羽田さんが静斗と舞華を引き離し、ナースセンターへと強制連行。
「え? 俺何ともねぇしっ!」
「頬の傷! 今日生放送だって分かってるのか? 大体、何が入ってたのか分かんないもので切ってるんだ、たかが切り傷なんて思ってて壊死したら笑えないぞ」
それは大袈裟過ぎるだろ……。
静かな廊下のベンチに取り残された私と舞華。
英二や涼の姿もありはするものの、病室内の麗華と信也を見ている。
「気持ちいい……」
舞華がハンカチで顔を冷やしながら微笑む。
「目薬も使うか?」
「うん」
舞華がハンカチを取って閉じていた目を開く。
「まぶし……」
目を開けた舞華が眩しそうに顔を顰めたと思ったら落ち着きなく周囲を見回し始めた。
その様子に違和感を感じるのは私だけなのか?
「舞華……?」
「緑……黄色のライン……」
舞華は私の貸したハンカチを見つめながら呟く。
確かにその通りだ。
しかし……。
舞華には濃い緑や青は黒にしか見えなかったはずだ。
「そうだ。じゃあ、これは?」
私のバッグを舞華に見せる。
「カーキ色……裏側がオレンジ」
「そうだ、ちゃんと分かるのか?」
「うん、見える……嘘みたい。今日お祈り行けなかったのに……」
舞華らしい言葉だ。
「お前の頑張りを認めてくれたんだろ。よく頑張ったってご褒美くれたんじゃないか? 本当にお前は頑張ったからな、誰よりも」
神なんて存在は信じてもいなかったし、今でも疑っている部分はある。
でも、舞華が祈り続けた神という存在に感謝したいと思った。
麗華も舞華も返してくれた事を。
今後は何かあったら神頼みでもしてみようという気になってしまうのは私が単純だからではないと思う。
麗華の目覚め、舞華の声、そして舞華の目……それら全てが戻ったのは奇跡としか言いようがない。
そんな奇跡、人間の力で起こせるわけがない。
……いや、舞華なら可能かもしれない。
この真っ直ぐな心ならそんな奇跡さえ起こせるのかもしれない。
自分の欲を全て捨ててまで願ったのだ、これが報われなかったら他の何が報われるというのだ?
「これは何色だ、これは?!」
確認するように色々な物を見せ、舞華の声がそれに答える。
こんな当たり前の事がこんなに嬉しいとは思わなかった。
興奮した私の声が大きかったのだろう、ナースセンターに連行されたはずの静斗がすごい勢いで駆け寄って来た。
「舞華、分かるのか?!」
舞華の顔を両手で挟んで静斗が覗き込む。
「静……あの頃と同じ髪の色だったんだね」
舞華の手が静斗の髪を掬う。
その声はやっぱり涙声で……。
舞華の言葉を聞いて静斗が顔を顰めて、鼻の頭と耳が赤くなって目を潤ませた。
「良かった……」
静斗の飾り気の全くない呟きは私だけじゃなく、多分……関係者全員の胸に響いただろう。
病室の入り口にいた英二や涼、羽田さんまでもが目を潤ませながら微笑んでいる。
らしくもなくもらい泣きしそうになって、私は皆に背を向け鼻を啜った。
目が眩むような強烈な光に私は顔を顰めた。
この二年間、私は濁ったような真っ赤な世界にいて、こんな眩しさを感じる事もなかった。
なのに……。
少しずつ目を慣らし、周囲を見渡すと、真っ白な壁が確認できた。
白……?
手の中にあるハンカチに目を向ける。
「緑……黄色のライン……」
色が、分かる……嘘みたい。
自分の肌も服の色もちゃんと。
今日はお祈りをしてないのに……約束、守れなかったのに……。
司に見せられる物の色を答えていると、静が駆け寄って来た。
懐かしい、あの頃と変わらない髪の色。
その眼も、服装もあの頃と変わらない。
愛おしい気持ちが溢れてくる。
私、約束守れなかったのに……。
神様、声も色も気持ちも返して頂いていいのでしょうか?
「舞華の頑張りが認められたんだな、お前の信じる神様に」
静が潤んだ目で私を見下ろす。
「でも、怖い……嬉しい分、余計に怖いの」
「舞華、神様はちゃんとそれなりのものを受け取っている。それは絶対に返してもらえない」
「……何?」
「時間。舞華だけじゃない、俺達全員の時間を平等に神様は持って行った。俺達はそれなりの代償を支払ったんだ、素直に喜んでいいんじゃないのか?」
静の優しい言葉に私は再び涙した。
そして、差し出した時間はそれなりの小さな後遺症を残していた。
麗ちゃんは自力歩行ができなかったのだ。
綾香さんがリハビリのように手足を動かしたりしていたようだけれど、筋力が落ちてしまっているらしい。
当然かもしれない、麗ちゃんは二年以上ずっと眠っていたのだから。
でも、口だけは絶好調。
目が覚めてすぐだとは思えないくらい元気にハキハキと喋って、静と喧嘩までして……。
暫くの間麗ちゃんとの時間を過ごしたGEMメンバーは生放送の行われる会場へと向かった。
お母さんは主治医の先生と話をした後仕事があるからと帰ってしまったらしい。
麗ちゃんがもう大丈夫だと分かって安心したのだろう。
私と司は麗ちゃんや綾香さんと一緒に病室で観る事にした。
「舞華、腹減らないか?」
「あ、少し……」
「買って来る。綾香、一緒に来い」
司が綾香さんを連れて病室を出て行く。
病室には私と麗ちゃんだけが残され、GEMのCDだけが病室に流れていた。
「舞ちゃん」
「ん?」
「ごめん。ずっと、辛かったよね?」
麗ちゃんが落ち込んだような顔で呟く。
「……麗ちゃんにたくさん助けてもらったよ。たくさん背中を押してもらったし、たくさん勇気ももらった。いっつも麗ちゃんは一緒にいてくれたよ」
本当にいつも麗ちゃんが傍にいてくれるような気がしていた。
「今日だってちゃんと聞こえたよ、麗ちゃんの声」
綾香さんが言ってた、麗ちゃんがやめてって叫びながら目を覚ましたって。
「記憶、ないんだけどね」
「でも、ちゃんと聞こえた。 気のせいなんかじゃないよ」
私達が頑張っている間、麗ちゃんも頑張ってたんだよね?
「一緒にGEMのライブ観に行こうね」
「そうだね、もう叔母さんに怒られないんだよね?」
「うん」
麗ちゃんの頭の中は高校生のままで止まっている。
二年間の遅れを取り戻すにも時間が掛かるかもしれない。
目が覚めたからといってすぐに退院できるわけでもないし、筋力回復のリハビリだってある。
「早く出掛けたいな」
麗ちゃんが天井を見上げながら呟いた。
「そうだね。でも、焦らないで。麗ちゃんのペースでいいんだよ」
私は退屈そうな麗ちゃんの顔を見ながら微笑んで、病室のテレビを点けた。
GEMの出演する生放送の番組が大きな音とともに始まった。
ご覧頂きありがとうございます。
次回更新……今週週にもう1回。
2話UPで最終回……に、できればいいなと。