再会(信也&舞華)
あっという間に俺達はすごい人数に囲まれてしまった。
何故かテレビ局の人間たちまでいる。
「涼……お前、事務所前の奴ら動かしただろ?」
俺の言葉に涼は小さく笑う。
羽田さんはビデオカメラを後からゾロゾロやって来た警察に渡しながら何かを話している。
静斗は舞華を抱きしめながら二年ぶりに聞く事の出来た声に泣き笑い。
舞華の声……。
あれは本当に舞華の声だったか?
俺の空耳でしかなかったのか?
俺の聞いた声は舞華のものではなかった。
あの声は……。
「信也!」
警察官の制止を無視して司が俺に駆け寄ってくる。
「麗華が……!」
俺の目の前で身体を折って呼吸を整えながら司は再びその名を口にした。
「麗華が、目を覚ました」
「え?!」
俺の掌に携帯電話が乗せられる。
着信履歴には確かに病院という文字がある。
俺はリダイヤルで病院に電話を入れた。
「もしもし、高井戸ですが先ほどお電話を頂いたみたいで……」
『はい、奥様が意識を回復されました』
「本当……なんですね?」
問い返す声が震える。
『はい、今菊池 美佐子さんも病室にいらっしゃいます』
嘘じゃない……。
そう思ったら目頭が熱くなってきた。
俺に聞こえたあの声はやっぱりお前だったんだな、麗華……。
お前もやっぱり俺達の傍に居たんだな……。
「信也、行くぞ」
英二が俺の肩を叩く。
「あぁ、時間がないな」
「馬鹿、仕事じゃねぇよ。病院に決まってんだろ」
たくさんの警察官が野次馬を押し退けて俺達の通る道を作る。
「市原は?」
まだ知らない司が周囲を見回しながら尋ねる。
「終わった……市原の事も舞華の事も全部。やっと俺達は本当の意味で前に進める……」
司は首を傾げ、舞華の方へと向かった。
一瞬だけ遠くを見て顔を顰めたように見えたが気のせいだろう。
「司っ」
「舞華?! おま……っ声?!」
背後から聞こえる舞華の声……。
今聞こえた声は間違いなく舞華のものだ。
その声を聞きながら俺は目から溢れそうな涙をそっと指先で拭った。
麗ちゃんが目を覚ましたと聞いて、羽田さんの運転する車で私達は病院に向かった。
あの時……確かに私は麗ちゃんを感じた。
市原さんがナイフを振り上げたあの時……もう大事なものを失いたくない、大事なものを傷付けたくないと思ったあの時、私の身体は麗ちゃんとシンクロナイズしていたような気がする。
あの声だって自分のものではなかったような気さえしていた。
だから、静が声が出たって言ってくれた時もすぐには理解できなかった。
麗ちゃんの声だと思ったから……。
でも、麗ちゃんが目を覚ましたと連絡をもらったのにお祝いムードなんてなくて……。
車内の空気は凄く緊張でピリピリしている。
皆、きっと信じられないんだ……って思った。
でも、私には分かる。
麗ちゃんは本当に目を覚ましたんだって。
きっと今頃お母さんと笑顔で話をしてる。
「何笑ってんだよ?」
顔を綻ばせる私を見て静が不思議そうに訊いてきた。
「麗ちゃんが……笑ってる」
病院へと続く、裸の長い桜並木を眺めながら答えると信也さんが小さく笑った。
「そうか……」
「うん」
「麗ちゃんはどんな顔で僕達を迎えてくれるかな?」
「あの頃と同じで “やっほぉ” とか言いそうだな」
若林さんの言葉に司が答え、車内の空気が少しずつ和んでいく。
そして、車は病院の裏口に停車した。
病院には凄い数の報道陣が押し寄せていた。
さっきの公園での出来事はおそらくテレビで流されてしまった。
麗ちゃんが目を覚ました事も知れ渡ってしまったかもしれない。
それでもいい。
私達の顔が全国に知られたとしても麗ちゃんが目を覚ました事が事実ならそれでも構わない……そう思えた。
だから、私は顔を隠す事もなく皆と一緒に病院内に入った。
エレベーターに乗り込み麗ちゃんの病室のあるフロアを押す。
皆無言で数字を眺めながら麗ちゃんのいるフロアに着くのを待っている。
フロアへの到着を知らせる音が小さく鳴り、ドアが開く。
信也さんを先頭に麗ちゃんの病室に向かう。
皆の足が心なしか早い。
信也さんがノックもせずに病室のドアを開けた。
「あ、信也だぁ。やっほぉ」
病室から明るい麗ちゃんの声が聞こえた。
その声を聞いた途端、ずっと我慢してきた涙が堰を切ったように溢れ出した。
「よく我慢したな」
司が私の頭をポンポンと叩き、
「もう我慢しなくていい」
静が私を抱きしめた。
もう我慢しなくていいんだ……。
もう泣いてもいいんだ……。
私は麗ちゃんに見られないように、暫くの間廊下で泣いた。
だって……麗ちゃんに見られたらまた泣き虫って言われちゃうから……。
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次回更新02月25日です。