いざ(司&静斗)
舞華が目を覚ますと、私は無理やり薬を飲ませて急かすように着替えさせた。
空腹の状態で薬を飲ませると胃に負担を掛ける事は分かっていたがそれ以上に舞華の精神状態が心配だったのだ。
時間がないと結城さんが言った。
何の時間なのかは分からないが急いだほうがいいのは間違いない。
舞華には何も話さず、その手をしっかりと掴んで指定された駐車場に向かった。
駅とは反対方向に進むため、舞華の顔にも不安が覗く。
『司、どこに行くの?』
舞華の右手が私に尋ねるが、気付かないふりをしてそのまま足を進めた。
駐車場に行けば誰かが居る。
多少は舞華も安心するはずだ。
自分自身、この緊張状態を長時間耐えられるとは思えない。
舞華の事も分かってくれる人物が事務所内に増えた事がどれだけ心強かったか。
隠さずに済むという事がどんなに心を軽くしてくれるのか身をもって知っていた。
だからかもしれない。
進む足は軽く、市原の事さえ忘れかけた。
ようやく駐車場らしきものが見えてくる。
私は舞華の手を更に強く握った。
ここで逃げられたら危険だからだ。
閑散とした駐車場に見慣れた車が一台。
GEMがいつも乗っている車だった。
私の足は迷う事なくその一台に向かった。
車後部のスライドドアが開き、デカイ図体の男がのっそりと降りる。
信也だ。
「信也!」
私は舞華と共に信也に駆け寄った。
ここまで来れば安心だと思った。
「おう」
私達に気付いて出て来たのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
その証拠に信也の手には煙草とライターが握られている。
『どうして信也さんが居るの? 静は?』
舞華の手は静斗の居場所を尋ねてくる。
「静斗はどこだ? ってさ」
言えるはずがない。
「涼と一緒に買い物」
信也は私達に背を向けて煙草に火を点けた。
乾いたライターの着火音が聞こえる。
「寒いだろ? さっさと車に乗れ。エンジン掛かってるから暖かいぞ」
私は信也を見上げた。
小さく頷く信也に私も頷き返し車に乗り込んだ。
しかし、舞華の足は動かない。
不安そうな顔で信也を見上げたまま。
「舞華も乗れ、風邪引くぞ」
信也がそう言って助手席のドアを開け片足を乗せる。
車が小さく揺れ、舞華もスライドドアに手を掛けた。
しかし……。
舞華はスライドドアのノブを引き、来た方向に走り出した。
「舞華!!」
「お前はここに残れ!」
信也は助手席を飛び出して舞華を追って行った。
ここまで来て逃げられるなんて……。
私はドアが閉じた車の中で髪を掻き乱した。
ただボーっとしている時間は退屈だ。
市原がいつこの場所を通るか分からない。
いや、この場所を通らない可能性だってある。
俺はベンチに腰を下ろして大きな溜め息を漏らした。
もう何度この動作を繰り返しただろう?
真夜中から外にいて、もう十時間。
音楽を聴いたりあいつらとメールや電話をして携帯の電池も相当消費している。
電池レベルは既に一つ。
もう携帯で時間を潰すのは避けた方がいいだろう。
煙草を取り出して火を点けるが、持っていた携帯灰皿はパンパンになっている。
落ちていた空き缶を灰皿代わりに使わせてもらっている状況だ。
あと何時間待たなければならないんだろう?
舞華は目を覚ましただろうか?
司はちゃんと合流できただろうか?
吐き出した煙を目で追い掛けていると、ポケットの中が振動した。
携帯を取り出して背面ディスプレイを見ると涼の名前が表示されている。
「もしもし?」
『静斗? 今そっちに向かってるよ』
「安心しろよ、まだ一人だ」
そう答えたものの、俺の視界に二人の人物が入ってきていた。
二人は公園の前で別れ、一人だけが公園に入って来た。
緊張が奔る。
その緊張を更に強めるように携帯が電池切れのアラームを響かせた。
音が聞こえたのか、公園に入ってきた男が顔を上げる。
間違いなく、市原だ。
ウンともスンとも言わなくなった携帯を畳んでポケットに突っ込み、俺はコートから髪を引き出してニット帽を外した。
一瞬、驚いた市原は千鳥足で俺の方に向かってくる。
今日も酔っ払っているようだ。
煙草を空き缶の中に落とすとジュッと音を立てて一筋の煙が昇る。
「有名人がこんなトコで何してんだよ?」
俺との距離二m程度だろうか。
その場所で足を止め、市原は微妙に揺れながら口を開いた。
一目で酔っ払いだとわかる口調。
顔も真っ赤だ。
微かに酒の臭いもしている。
これだけ離れていても臭うのだから相当飲んでいるんだろう。
「お前に会いに来たに決まってんだろ」
今日、ここで決着を付けてやるよ。
舞華を怯えさせる奴は絶対に許さない。
俺達の邪魔はさせない。
誰であろうと邪魔をする奴は潰してやる。
俺はポケットに手を突っ込んで市原と向かい合った。
ご覧頂きありがとうございます。
次回更新2月7日……の予定です。