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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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変動(綾香&涼)

 その日も私はいつものように麗華ちゃんの眠る病院へ向かった。

 以前、英二と一緒のところを写真誌に撮られた事があるため、私の顔は彼らにバレている。

 勿論、一般人の私はモザイクで誤魔化されていたけれど、親姉弟にはしっかりとバレてしまった。

 今回、舞華ちゃんと静斗、そして信也と麗華ちゃんの事が週刊誌に載ってしまってからは、英二が事務所に泊まり込んでいるため、私も久しぶりに実家に帰っている。

 大学時代も実家から通っていたし、英二と一緒に住み始めるまで一人暮らしの経験がない私にはあの部屋は広過ぎるし寂し過ぎた。

 英二の恋人ではあるけれど一般人の私。

 英二とは違ってしつこく追い回される事はない。

 それでも、麗華ちゃんの居る病院の前には報道陣がたくさんいて、いつか来るかもしれない信也を待っている。

 私も用心するように美佐子社長から言われているため、正面からの出入りは出来ない。

 タクシーを裏口まで付けてもらっての出入りは、正直面倒だ。

 何度も言うが私は一般人。

 でも、舞華ちゃんと麗華ちゃんのためだと思うから我慢している。

 本当ならキレて怒鳴って蹴散らしてやりたい。

 裏口から一番近いエレベーターに乗って最上階にある麗華ちゃんの病室に向かう。

 最上階は限られた人しか入って来れないため、そこに辿り着くと無意識に安堵の息が漏れる。

 この最上階にはテレビでよく見るような人ばかりがいる。

 二年も通っていると芸能人というものに何の関心もなくなってくるから不思議だ。

 最初の頃は目を輝かせていたのに。

 私は幾人もの芸能人とすれ違いながら麗華ちゃんの病室の前に立った。

 麗華ちゃんは意識がないためノックは不要。

 いつものようにノックもなく病室の扉を開けると、いつもは聞こえてこない声が私を迎えた。

「おはようございます」

 麗華ちゃんの担当医と看護師がいたのだ。

「おはようございます。あの……どうかしたんですか?」

 用もなければ来る事もないと思っている私は不安になった。

 麗華ちゃんに何か変化があったのだろうという事だけは分かるけれど、それがいい変化なのかどうかは聞かなければ分からない。

「昨晩から魘されてるんです」

 担当医も困惑気味だ。

「魘されてる?」

「えぇ。聞き取れないんですけど、ずっと何か言ってるんです。呼んでるって感じですかね?」

 担当医の言葉に舞華ちゃんの姿を思い浮かべた。

「麗華ちゃん、おはよう。どうしたの?」

 私はコートを脱ぎながら麗華ちゃんに声を掛けた。

 麗華ちゃんは眉間に皺を寄せて、苦しげに何かを呟いている。

 誰を呼んでるの?

 信也?

 舞華ちゃん?

 カーテンレールにぶら下がったハンガーにコートを掛けて、私は麗華ちゃんの手を握った。

「麗華ちゃん、聞き取れないのよ。聞きたいの。お願い、聞き取れるように話して?」

 きっと麗華ちゃんは何かを感じてる。

 何の確証もないけれど、信也か舞華ちゃんに何かあったんだと感じた。

 嫌な事が起こりそうな予感。

 私は麗華ちゃんの手を握り締めて皆の無事を願った。



「司がホテルに着いたみたいだな」

 結城さんの言葉で僕達は顔を見合わせた。

「動くか……」

 信也が立ち上がると、僕と英二も釣られるように立ち上がる。

 テーブルの上に置いていた車のキーに手を伸ばすと、横から伸びてきた手に掠め取られた。

「羽田さん……」

 キーを握ったのは羽田さんだった。

 まさか今になって駄目だ、なんて言わないよね?

 言ったところで僕達に従う気はないけど。

「運転するよ」

 羽田さんはキーを握り締め、溜め息混じりに苦笑した。

「人数は多いほうがいいんだろ?」

「クビになるかもよ?」

 社長の指示もなく動けば解雇の恐れがある。

 羽田さんが僕達と一緒に居るとその可能性は限りなく高くなってしまう。

 僕は止めたかった。

 羽田さんまで巻き込む気はないから。

 でも……。

「その時はGEMに責任を取って貰うよ。海外でも通用するアーティストなんだろ?」

 心を見透かしたように羽田さんは僕の肩を叩いて扉を開けた。

「商売道具だけは傷付けるなよ」

 商売道具……それは僕の声と信也と英二の腕と足。

 振り返ると、結城さんは暢気な声とは対照的に厳しい表情をしていた。

「どうかしたんですか?」

 気になって僕は尋ねた。

「司から連絡が来ないな、と思ってな」

 携帯を眺めながら結城さんが呟く。

 合流できたら連絡をするように伝えたのは僕だ。

 なのに、掛かって来ないという事は……。

「舞ちゃんが目を覚ましていたか、部屋に案内してもらえないか……」

「だな」

 僕の呟きに結城さんが頷く。

「もし、舞ちゃんが目を覚ましてるなら向こうで合流したほうがいいかもしれないですね」

 舞ちゃんがパニックを起こすかもしれないからタクシーに乗せて事務所に帰すのは危険だ。

 それだったらいっその事、僕達で身柄を確保したほうが安全だと思ったのだ。

「そうだな。司と連絡が取れ次第そっちに電話する」

「分かりました」

 僕と信也が上着に手を伸ばすと、英二と羽田さんはさっさと社長室を出て行った。

「幸運を祈ってる」

「行ってきます」

 僕は結城さんに小さく微笑んで羽田さん達の後を追った。


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