合流(舞華&司)
目を覚ますと、陽は高く昇っていた。
枕元にある司の携帯が午前十時半だと表示している。
こんなに熟睡出来たのは静が傍に居てくれたからかもしれない。
私は覚醒しきれない身体と頭を横たえたまま部屋を見渡す。
壁際のテレビが朝のニュースを伝えている。
静の姿はない。
窓際のテーブルにはビールの缶が一つ。
灰皿は置いていないので、この部屋は禁煙部屋なのかもしれない。
だとしたら、静が煙草を吸いに出ている可能性もある。
私はけだるい身体を起こす事なく静の帰りを待ってみる。
しかし、いくら待っても静かが戻ってくる気配はない。
私は身体を起こし、確認するように部屋を再度見渡した。
隣のベッドは使われた形跡がない。
シャワーの音もしない。
そして……このけだるさ。
薬を服用した時と似ている。
まさか……?
突然激しくなる動悸。
私は胸を押さえながらバッグに手を伸ばす。
小さく震える手でバッグの中の薬を確認した。
減ってる……。
ベッド脇のゴミ箱には見覚えのあるPTPシート。
私は静に飲まされたサプリメントの事を思い出した。
あれは、薬だったんだ……。
どうしてこんな事……?
不安がこみ上げる。
私はベッドを降りて浴室の扉を開けた。
やはり静の姿はない。
コートが掛かっていますように……。
私は願いながら入り口の傍にあるクローゼットを開けた。
……ない。
静はどこに行ったの?
私は自分のコートだけが掛かっているクローゼットの前で呆然としていた。
「舞華」
聞き覚えのある声に顔を向けると司がいた。
『静が居ないの。コートもない……』
「あぁ、簡単に話は聞いてる」
『静はどこ?』
司は落ち着いている。
簡単に聞いているって何を?
静はどこ?
「先ずは落ち着け。お前が落ち着かないと話も出来ない」
『静はどこに行ったの?!』
静はどこ?
探さなきゃ……早く見つけなきゃ静が危ない目に遭うかもしれない。
司が私を捕まえる。
どうして?
何でこんな事するの?!
司だって静が危ないかもしれないって感じてるはずなのに、どうして邪魔をするの?!
「すみません、あの鞄に薬が入ってますから出して下さい!」
知らない男の人が私のバッグに手を伸ばす。
『触らないで……! 離して、早く探さなきゃ……!』
感情が抑えられなくなっていく。
一層速くなる鼓動、それと連動するかのように震えも大きくなっていく。
私は司の腕を解こうと必死になって暴れた。
「こ……これですか?!」
「私と代われ!」
苛立ったような司の声。
私の腕を胸の前でクロスさせ、司は手話での訴えさえ遮った。
「この状態で抱きしめるように押さえろ!」
「え……? しかし……」
「この状態なら胸を触ってしまう事もない、早く!」
男の人の手が私に伸びてくる。
不安と恐怖が私の許容量を超えたのかもしれない。
私の意識はぷっつりと途絶えた―――――。
涼に告げられたホテルの前に車が停まり、私は一人で車を降りた。
他のスタッフは事務所に向かわせた。
あっちの人間のほうがきちんと説明できると思ったのもあるが、彼らに舞華がパニックを起こした姿を見せたくないというのもあったからだ。
私はホテルに入り、真っ直ぐにフロントに向かった。
「すみません、昨夜ここに新井静斗という人物がチェックインしてるはずなんですけど?」
「失礼ですが……」
「今部屋に居る女性の通訳です。部屋まで案内して頂きたい」
「通訳……?」
フロントマンが疑うような目を私に向ける。
「彼女は話せないし、病気を患っている。時間がないんです」
病気と聞いてフロントマンの顔に焦りが出た。
「少々お待ち下さい」
フロントマンは内線で誰かと話し始めた。
そして待つ事数分。
「お客様、ご案内させて頂きます」
支配人という役職と名前の書かれたネームプレートを付けた男がカードキーを持ってやって来た。
私は男の後ろを付いて行き、エレベーターホールで足を止めた。
まもなく十一時になろうという時間。
間に合うだろうか?
エレベーターが停止し、男が先にフロアに降り立つ。
私もその後に続く。
私の焦りが伝わっているのか男の足は速い。
目的の部屋が近いのか、男がカードキーに印字された部屋番号を確認する。
そして、足を止めた瞬間……。
室内から大きな音が聞こえた。
それは扉のようなものを開けた音だ。
舞華は既に目を覚ましていたらしい。
「速く開けて下さい!」
カードキーが差し込まれ、ランプが赤から青に変わる。
私は男を押し退けるように部屋の中に入った。
真っ青な顔をした舞華がクローゼットの前に佇んでいる。
「舞華」
私の声に、舞華がゆっくりと顔だけを向ける。
『静が居ないの。コートもない……』
「あぁ、簡単に話は聞いてる」
『静はどこ?』
舞華の手は誰が見ても明らかなくらい震えている。
「先ずは落ち着け。お前が落ち着かないと話も出来ない」
『静はどこに行ったの?!』
聞く耳を持たない舞華に何を言っても無駄だ。
私は強硬手段に出た。
舞華を背後から羽交い絞めにしたのだ。
「すみません、あの鞄に薬が入ってますから出して下さい!」
傍に立っている男は自分に掛けられた言葉だと瞬時に理解してテーブルの上に置かれた鞄に手を掛ける。
舞華は必死に私の腕を解こうと暴れていた。
「こ……これですか?!」
パッと見ただけで分かるはずがない。
「私と代われ!」
私は舞華の腕を胸の前でクロスさせた。
「この状態で抱きしめるように押さえろ!」
「え……? しかし……」
「この状態なら胸を触ってしまう事もない、早く!」
戸惑う男に舞華を押し付けて私は舞華の鞄の中から二つの袋を取り出し、必要なほうの薬を必要量取り出す。
鞄に差し込まれているミネラルウォーターも忘れずに掴み、舞華に振り返ると舞華は男の腕の中で意識を手放していた。
「あ……あの……」
戸惑う男と意識を手放してしまった舞華を見て、ようやく自分にも冷静さが戻ってくる。
舞華を見知らぬ男に任せてしまった事が原因である事はすぐに理解できた。
「すみません、その子をベッドに運んで頂けますか?」
私は髪を掻き乱して後悔の溜め息を漏らした。
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次回更新01月21日です。