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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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寒心(司&涼)

 夜中に目を覚ました時、舞華の姿がなくて私は施設内を探し回った。

 バスルームにもトイレにもスタジオにも居ない。

 施設内をどんなに探しても舞華の姿を見つける事は出来なかった。

 まさか、舞華が単身でどこかに行くなどとは考えてもいなかった。

 メールを送ろうと携帯を開いた時、待ち受け画面を見て固まった。

 私が自分の携帯だと思って握ったのは舞華のものだったからだ。

 リダイヤルの履歴がない。

 更に、アドレス登録は数件。

 事務所と美佐子さん、敦さん、結城さん、静斗……そして私。

 それだけ。

 パソコンには仕事関係の人間のアドレスがたくさん登録してあるが、個人の携帯にはたった六件。

 私はこの限られた番号から一人だけを選んで通話ボタンを押した。

 コールの回数を無意識に数える。

 一コールがこんなに長いものだとは思わなかった。

『もしもし……?』

 ようやく声が聞こえた。

「静斗か?!」

『司? 何で……お前が舞華の携帯で掛けて来るんだ?』

「舞華が居ない!」

 冷静でなんかいられなかった。

 私が市原の事を隠していると気付いた舞華。

 皆が集まれば話すと言ったのに……!

 こういうところは二人そっくりだ。

 嫌でもあの事件を思い出してしまう。

『静斗、ちょっと代わって』

 涼の声が聞こえる。

『もしもし、司ちゃん?』

「涼?」

『うん。あのさ、さっき僕にメールした?』

 メール?

「メールなんかしてない」

 溜め息が聞こえる。

 メール……私の電話を持っているのは舞華だ。

 私が送っていない以上、舞華しかいない。

『司ちゃん、舞ちゃんは多分一時間以上前に抜け出してる』

 一時間以上前にだと?

 何を根拠に……?

「どういう事だ?」

『一時間くらい前、僕に司ちゃんの携帯からメールが来てた。こちらは相変わらずだ。そちらはどうだ? って』

 随分と曖昧なメールだ。

 そんなもので何が分かるというのだろう?

『司ちゃん、タクシー乗り場を探して舞ちゃんが来たか確認して。今すぐに。で、絶対に司ちゃんの携帯にはメールしないように』

 涼が何を言いたいのかは分からないが、運転免許を持たない舞華の移動手段は電車かタクシーか高速バスしかない。

 こんな夜中に動いている電車などないし、高速バスも乗り場を知っているとは思えない。

 そうなればもうタクシーしか残らない。

 私はパジャマ姿のままコートを羽織って飛び出した。

 車のエンジンを掛け、温まるまで待つ事もなく車を走らせた。

 車ではほんの数分。

 しかし、この暗い道を舞華は一人で歩いて行ったのだ。

 ロータリーにはタクシーが何台も停まっていた。

「すみません、ここに女の子が来ませんでした?! 真っ黒で真っ直ぐな長い髪の……っ」

「あぁ、喋れない子か。来たよ、東京の中野駅まで乗せろって言ってたな」

「中野?!」

「あぁ、あんたあの子の知り合いか?」

「すみません、ありがとうございましたっ」

 私はコートのポケットを弄ったが、携帯を忘れている事に気付いてスタジオに引き返した。

 中野といえば市原の住んでいる地域だ。

 住所を知っているとは思えないが、駅周辺で待ち伏せでもする気なのかもしれない。

 物音に他のスタッフ達が顔を覗かせるが、説明している時間はない。

 私は部屋に転がっている携帯から結城さんに電話を掛けた。

「もしもし」

『舞華は関越に乗ってる』

 電話の向こうから声が聞こえた。

「あぁ、中野に向かったらしい。静斗は?」

『中野に向かった』

「え?」

 どうやって舞華の行き先を知ったんだ?

『舞華がどこに行く気なのか考えた結果だったんだが、間違ってなかったみたいだな』

 結城さんの安堵感を含んだ声に私も落ち着きを取り戻す。

『安心しろ、絶対に舞華は捕まえるから』

「あぁ……」

『また連絡入れるから、今のうちにこっちに戻る準備とスタッフ達に今の状況を伝えとけ』

「分かった」

 私は電話を切って扉を開けた。

 そこには不安そうな顔をしたスタッフ達が立っていた。

「舞華が居なくなった。東京に向かっているらしい。連絡があったらいつでも動ける状態にしておいて欲しい。まだ詳細は分からないが、説明は後ほどちゃんとさせてもらう」

 私はスタッフ達と一緒にスタジオに向かい、大急ぎで片づけを始めた。



 目を覚ました僕は社長室に向かった。

 あの日……病院の敷地内に居たのは市原君だった事は確認済み。

 何のためにあそこに来たのかは分からなかったが、情報が漏れていないかどうかを確認しに来ていたのだろう。

 僕達が慌てた様子を見せなかった事が良かったのかもしれない。

 もし、慌てていたら市原君は舞ちゃん達を追って軽井沢に向かったかもしれないからだ。

 出版社のほうは美佐子社長の知り合いが手を回したようで、早ければ来年早々に潰れるだろう。

 今回の責任は申し訳ないけど全員に取って貰う。

 舞ちゃんと麗ちゃんに……GEMに手を出す奴を僕は絶対に許さない。

 出来るだけ親に頼らないようにしていたけれど、今回だけは特別だ。

 両親もGEMというアーティストを気に入ってくれているし協力的なのもありがたい。

 ただ……やっぱり“タダで”というわけにはいかなかったけれど、仕方がないだろう。

 ノックもせずにそっと開けると、一瞬だけ信也と視線がぶつかった。

「やっぱり起きてたんだ?」

 信也は英二が置いていった煙草を銜えている。

 灰皿には結構な本数の吸殻。

 僕がこの部屋を出る頃には五本の吸殻しかなかったはず。

「あぁ。眠くならなくてな」

 苦笑しながらも信也の視線はパソコン画面に向けられたままだ。

「静斗、動いてるの?」

「……あぁ、お前が言ってた公園にいる」

 市原君がよくトラブルを起こしている公園か。

 確かに遭遇する可能性は高いけど、こんな早朝から立ってなくても……まだ動かないってちゃんと言っておいたのに。

「舞ちゃんは?」

「夢の中だ。薬を飲ませただろうから昼頃まで起きない計算だ」

「じゃあ舞ちゃんの方は問題ないんだね?」

「目を覚ますまでは、な」

 確かに。

 目を覚ました時に静斗が居なければ舞ちゃんは取り乱すだろう。

「司ちゃんを舞ちゃんの方に向かわせたら?」

「そうだな。朝、連絡を入れるか……あいつにも寝るように言っといたしな」

 司ちゃんも相当焦っただろうけど、静斗と一緒だと聞いて同じくらい安心したはずだ。

 舞ちゃんに薬を飲ませるように言ったのは彼女かもしれない。

「信也も軽く寝た方がいいよ。僕が見張っとくから」

 とは言ったものの、GPSごときで静斗が何をやっているのかなんて分かりはしない。

「でもな……」

「結城さんが起きたら僕も静斗の方に行くから」

「行くなら俺が行く。お前はボーカルだ、風邪引いて声が出ないなんて事になったら洒落にならん」

 信也の言葉は分からないでもない。

 何だかんだ言いながらも信也は麗ちゃんの事を諦めてはいないんだから。

 勿論誰も諦めてはいない。

 僕達は信じるしかないんだから。

 疑えば演奏できなくなる。

 歌えなくなる。

 だから信じるんだ、全てをいい方向に。

「危険な状況にならない限り静斗の邪魔はしない」

 僕は仕方なく頷いた。

 信也なりに静斗の気持ちを考慮しているし、僕は情報を集めたほうがいいのかもしれないと思った。

 勿論そんな事はここじゃなくてもできるんだけど。

 取り敢えず今は黙っておこう。

「分かった。僕は僕で上手な人間の動かし方を考える事にするよ」

「本当、お前が市原じゃなくて良かった」

「僕が市原君だったらGEMというバンドはもう存在してないよ」

 親族の権力を最大限に使ってさっさとこの業界から抹消するから。

 今回もそうすれば良かったと今更思ったりする。

「さすがあの人の孫だな」

 信也は苦笑して社長室を出て行った。

 ……ちょっと待って。

 今、あの人の孫って言った?

 信也に教えた事はないはずだ。

 静斗だけは付き合いが長いから知ってたけど、信也に話すなんて事はしないはずだし……。

 信也はどこから情報を得たんだろう?

 僕はパソコンの画面を眺めながらそんな事ばかり考えていた。


ご覧頂きありがとうございます。


次回更新1月7日です。


久々の真夜中の更新です。

確認等できていないので誤字脱字があるかもしれませんが後日確認させて頂きます。

すみません。


ではでは、よいお年をお迎えください。


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