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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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大憂(英二&静斗)

 涼に袖を引っ張られてレッスン室に戻って来たが、信也が来る気配はない。

「多分信也は来ないよ。今日は徹夜しちゃうんだろうな」

 涼はそう言いながら、静斗のギターを手に取って意味もなく弾き始めた。

 一緒に組んで随分経つが、涼のギターを聴くのは初めてだ。

 優しいけれど、どこか儚げな音を奏でる。

「お前、ギター弾けたんだな」

「静斗の弾いてるのを見て覚えただけだよ」

 それでもちゃんとした曲を奏でている。

「その曲は?」

 始めて聴く曲だったのでつい尋ねてしまった。

「静斗が最近書いた曲だよ」

 静斗がこんな哀愁漂う曲を書くとは思えなかったが、涼がそう言うのだから間違いない。

「最近落ち込んでたからこんな感じの曲になっちゃったんだろうね。静斗ってその時の気分が曲に現れやすいんだよ」

 何とも分かりやすい男だ。

 顔を見てはバレて、曲を聴いてはバレて、話をすれば間違いなくバレる。

「信也は顔にも出ないし感情もあんまり表に出さないから分かりにくいよね」

「でも、お前は分かってるんだろ?」

 お前はエスパーか?

「よく観察してると分かるよ。信也が何を心配してるのかも分かってるつもり」

 信也が心配してるのって……。

「舞華だろ?」

「違うよ。静斗」

 静斗?

 涼の言葉に俺は顔を顰めた。

 何であいつの心配をするのかが分からない。

「静斗の基準は舞ちゃんなんだ、それは英二も分かるでしょ? こんな行動を取るなんて静斗も予想してなかったみたいだけど、間違いなく市原君に会いに行った。話し合いで何とかしようなんて甘い事を考えてたんだろうけど、市原君に会ったら舞ちゃんは絶対に襲われる」

 涼は演奏を止めて俺を見上げた。

「舞ちゃんは静斗の彼女で声が出ない、GEMを潰すために目を付けていないはずがない。二人で動いて、もし市原君に仲間がいたら静斗は舞ちゃんを守る事なんかできないと思う。薬を持って出てるって分かった今、静斗がどんな行動に出るか僕にだって想像できる。仮に、僕が静斗の立場だったとしても同じ行動を取ると思うしね」

 涼はギターをスタンドに戻し、壁沿いのソファに横になって小さな欠伸をした。

「今は信也が見張ってる。僕達は軽く仮眠を取ったほうがいい。あとで信也と代わって、信也にも寝てもらうつもりだよ」

 涼は最初からそのつもりで俺だけを連れ出したのか……。

 静斗をからかいながらこいつは信也の考えている事まで把握していたのだ。

 とんでもないヤツ……。



 俺は舞華が眠ったのを確認して再びコートに袖を通した。

「悪いな、舞華」

 穏やかな顔をして眠る舞華にそう言って部屋を出る。

 舞華を危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 あいつが目を覚ますまでに何とか解決させてやる。

 涼から貰った情報では市原が住んでいるアパートの傍に公園があって、そこで酔いつぶれて寝ている事もあったらしいし、トラブルの半分はその公園で起こっていた。

 つまりはそこを通る可能性が高いという事だ。

 俺はエレベーターホールのボタンを押し、扉に映る自分を見て苦笑した。

 どう見ても不審者だ。

 アパートの前はさすがに人目に付く。

 やっぱ、公園しかないよな……。

 やってきたエレベーターに乗り込み、ロビーのある階のボタンを押した。

 俺達はあんな野郎には負けない。

 負けられない。

 お前に怯えてる時間もない。

 だからこそ動くんだ。

 俺が、お前を徹底的に潰してやる。

 停まったエレベーターを降り、フロントに立ち寄った。

 舞華が起きる頃にはチェックアウトの時間が過ぎている可能性もあるからだ。

「すみません、一泊って言ってたんですけど二泊に出来ますか?」

 フロントに立つ男が俺を疑わしげに見ている。

「少々お待ち下さい」

 パソコンを操作して宿泊状況でも調べているんだろうか?

「二泊でよろしいんですね?」

「あ、はい。それと、駐車場って空いてますか? 今、駅前に停めてるんで移動させたいんですけど」

「あ、それは問題ありません」

 男は駐車場の場所を説明してくれた。

「あと、朝食も掃除も要らないんで」

 俺はそれだけ言って外に出た。

 冷たい風が露出している顔や手に当たり、身震いした。

「まずは車の移動だな」

 駐車代も馬鹿にならない。

 昔から無駄遣いをしなかったおかげで妙に細かいところが気になる。

 舞華が軽井沢からここまで来たんだから相当な出費だっただろう。

 俺はコインパーキングからホテルの駐車場に車を移してホテルに背を向けた。

 ニット帽とマフラーで髪を完全に隠している俺を見てもGEMの静斗だとは思わないだろう。

 しかし、この(なり)では不審者とも疑われかねない。

 一一〇番、大いに結構。

 呼ぶなら呼べばいい。

 捕まるのは俺じゃない。

 市原だけどな。

 俺の喧嘩暦は伊達じゃない。

 甘く見るなよ、市原。

 俺はホテルの反対側の歩道に渡って振り返った。

 舞華、待ってろ。

「俺が、お前の不安を片付けてやるよ……」

 ホテルを見上げてそう呟き、人のほとんど居ない中野通りを歩き出した。



ご覧頂きありがとうございます。


次回更新12月31日

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