確認(信也&静斗)
「上手く舞ちゃんと合流出来たみたいだね」
楽しそうな涼の声に俺は胸を撫で下ろす。
「で? 勢いでホテルに入っちゃった? もしかして僕、凄いタイミングで電話しちゃったかな?」
からかう涼の声に苦笑した。
状況を考えたら出来ないのは明らかだ。
そうでなくとも静斗は、この二年舞華を抱いていない。
こんな時にそんな事を考えているわけがないのだ。
「今日はもう市原君も動かないと思うよ。でも、明日の生放送に間に合わなかったら洒落にならないんだよね」
涼はクスクスと笑いながら机の上のファイルを捲った。
「で、静斗がそっちに向かってる間に集めた情報だと……」
涼は市原の住所と最近の行動を静斗に伝えている。
市原はM・Kをクビになってから毎晩飲み歩き、近隣の人間とトラブルを起こしていた。
それは夜中だったり日中だったりと区々だが、いずれも泥酔していたらしい。
そういえば舞華と遭遇した時も酒を飲んでたって聞いたな……。
俺は涼の話を聞きながら一人そんな事を考えていた。
今現在、社長室に居るのはGEMの面子だけ。
少し前に結城さんは、眠いと言って羽田さんを連れて仮眠室に向かった。
とはいえ、舞華と静斗がちゃんと合流できたと確認してからの話だが。
英二は綾香に電話をして状況を訊いている。
伯母さんはおそらくそのまま帰宅したのだろう。
俺は司に電話を入れて、舞華を静斗が捕まえた事を報告しておいた。
事務所にはGEMの面子と結城さんと羽田さんだけ。
伯母さんが来るまでに来るまでに解決したいがそれは難しい。
「まぁ、今日はゆっくり休んで明日の朝から動けばいいよ。こっちでも二人の行動は観察させてもらうから」
涼はそう言って電話を切った。
「さて、僕達も寝よう。明日隈作ってテレビに映りたくもないしね」
涼と英二は俺達が泊り込んでいるレッスン室に戻って行くが、俺はその場を離れられなかった。
舞華は麗華の姉なのだ。
何をしでかすのか分からない。
俺は携帯を取り出して静斗に電話を掛けた。
『もしもし?』
疲れたような静斗の声。
「俺、信也だけど」
『何?』
「舞華は?」
『今風呂に入れた。これからあいつの下着でも洗って足止めしようか考えてたとこ』
静斗もやはり不安だったらしい。
「多分、舞華の持っているバッグに薬が入ってる。量の少ない方の薬が睡眠薬だと司から聞いた。酒と一緒に飲むと効き過ぎるらしい」
飲ませろ、とは言えなかった。
しかし、静斗は理解したようでクスッと小さく笑った。
『了解。酒と一緒にだな?』
「あぁ。そうすれば昼までぐっすりのはずだ。効くまでに二〜三十分掛かるけどそれくらいは起きてられるだろ?」
舞華さえ止められれば一先ず安心だ。
静斗は小さく返事をして電話を切った。
それでも俺の不安は減らなかった。
舞華を止めても静斗が暴走する恐れがあるからだ。
舞華を守るためにあいつが市原に会いに行く可能性は頗る高い。
明日は生放送だ。
賞を獲れなくても一曲は演奏しなければならない。
運良く受賞しようものならもう一曲。
時間までに帰って来なければ仕事に穴を開ける事になる。
もし、静斗が怪我をしたら?
市原に何かされてしまったら?
静斗にも理由を付けて薬を飲ませるべきだったか?
昔に比べたらかなり落ち着いたが、静斗が喧嘩っ早いのは変わらない。
舞華が絡むとなれば尚更だ。
今夜は眠れそうもないな……。
俺は溜め息を漏らしながらテーブルの上に置き去りにされた煙草に手を伸ばした。
信也の電話を切って、すぐに俺は舞華のバッグを漁った。
すぐに薬の袋を二つ見つけた。
少ない方の薬だから……これか。
俺はそれらしい袋を取り出した。
中を覗くと、薬の効用が書かれた紙切れも入っている。
それを読んで、自分が掴んだ薬で合っている事を確認して一回分の使用用量だけを取り出しバッグに戻した。
備え付けの冷蔵庫からビールを取り出して、プルトップを引く。
特に観たい番組もないのにテレビも点けてみる。
何かしていないとロクでもない事ばかり考えてしまうのだ。
舞華の身柄を確保するまでは必死だったが、舞華と二人きりのこの状況は冷静になって考えるとかなりキツイ。
禁欲生活も二年どころではない。
我ながらよく我慢していると思う。
ニュース番組を避けながらチャンネルを変え、歌番組を見つけて手を止める。
ビールを口に運びながら、上手くないが顔と身体で売っている女の歌を適当に聞いていると、脱衣所で音がした。
出たのか……。
薬を握り締める手に力が入る。
舞華を危険な目に遭わせるわけにはいかない……。
扉が開く音がして、その方向に視線を向けた俺はその場で硬直した。
舞華は備え付けのバスローブ姿で立っていたのだ。
『お酒、飲んでたの?』
舞華の手が控えめに動く。
「まぁな。舞華も飲むか?」
舞華と酒を飲んだ経験はない。
『私は……』
舞華の返事を待つ事なく、俺は行動に出た。
錠剤を口に放り込んで、ビールも口に含む。
そして舞華の腕を掴んで口移しでビールと薬を流し込んだ。
舞華が飲み込んだのを確認してからも俺は舞華の唇を貪り続けた。
『今……お酒以外のものも飲み込んだみたいだけど……』
唇を開放すると舞華が頬を赤らめながら俺を見上げた。
錠剤なのだから飲み込む感覚は分かってしまうだろう。
「クエン酸のサプリメント。疲労回復にいいらしくてよく飲むんだ。お前も疲れただろうと思って」
よくもまぁこんな嘘を言えたものだと自分に感心してしまう。
こんな時に役に立つとは思わなかったが、涼がよく飲んでいるサプリメントの効用を聞いておいて良かった。
『ちょっと疲れたかも』
「ちょっとなわけないだろ。どれだけの距離を単身で移動してんだよ。こっちは寿命が十年は縮んだぞ」
舞華はしゅんとして俯いてしまった。
「運転手が女だった事には感謝だけどな」
深夜に男の運転する車に舞華が乗っていたらと思うと胃が痛くなる。
それがタクシーであったとしてもだ。
『最初に会った運転手さんは男の人だったんだけど、女性のほうが安心だろうからって呼んでくれたの』
誰だか知らねぇけど、いい仕事してくれてんじゃねぇか。
「で? お前は市原に会ってどうするつもりだったんだ?」
舞華が顔を上げたので空かさず質問を投げつけた。
『何も、考えてなかったの。でも、何とかしたいと思って……これ以上GEMを傷付けられたくないから話をしたいなって……』
声の出せない女がアル中の男に会ったらどうなるかなんて本人は何も考えてもいなかったんだろう。
市原は舞華が声を出せない事を知っている上に、俺の彼女だという事も知っている。
GEMを恨んでいるあいつが舞華をどうするかなんて深く考えるまでもなく分かる事だ。
「勘弁してくれ。そんなに俺を早死にさせたいのか?」
俺は再び舞華を抱きしめて溜め息を漏らした。
俺の背中に回された舞華の手が力なく落ちる。
「舞華?」
薬が効いてきたのか?
いや、そんなはずはない。
舞華は本当に疲れているのだろう。
……当然か。
『眠くなっちゃった』
「疲れたんだろ、安心して寝ろ。俺はここにいるから」
舞華をベッドに連れて行き、潜り込ませる。
掛け布団を掛けて舞華の頭を撫で、規則正しい呼吸が聞こえてくるまでは自分の理性と格闘だ。
そして薬を飲ませてから一時間、俺は傍でただ手を握って舞華の寝顔を見つめていた。
「舞華、舞華?」
声を掛けても反応はない。
もういいだろう。
俺は舞華の唇に軽くキスをして立ち上がった。
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