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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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寒空(静斗&舞華)

 軽井沢から中野までは多分二〜三時間。

 涼の話では一時間以上前にスタジオを抜け出してる。

 車を走らせればここから中野までは三十分程度だろう。

 余裕で先回りできる……。

 俺は上着を持って駐車場に向かった。

 この騒ぎで警備員が増員されている。

「すんません、外に出たいんですけど?」

 俺は傍に居た警備員に声を掛けた。

「お出掛けですか?」

「はい」

「報道陣を退けますので少しだけ待って下さい」

 警備員はそう言って無線で連絡を取り始めた。

 その間に俺は自分の車のエンジンを掛け、乗り込む。

 当然の事だが暖房はまだ効かない。

 手を擦り合わせながらホットコーヒーを買って来なかった事を少しだけ後悔した。

 駐車場周辺に警備員が集まっていく様子を俺は車の中から眺めていた。

「準備できました」

「どうも」

 警備員が報道陣を押さえ込んだのだろう。

 俺はギアをドライブに入れてアクセルを踏んだ。

 警備員が報道陣をブロックしているのが見える。

 光の洪水に目がチカチカしたが、そんな事に構っている時間はない。

 俺は目的地に向かってただ車を走らせた。

 夜中という事もあって道は空いている。

 今のところ俺を追ってきた車はないようだ。

 そのおかげで俺は二十分で目的地である中野駅に到着した。

 関越を来るとなると環七走って……北口、だな。

 俺は北口の駅の傍でコインパーキングを探して車を停め、携帯を開いた。

 涼の携帯にコールを入れる。

『もしもし、分かってるよ。着いたんだね』

「あぁ」

『舞ちゃんは今環七だよ。やっぱり中野駅に向かってる』

「環七走ってるからって絶対じゃないだろ」

『事務所に来るならあんなところで降りたりしないと思うよ』

 確かに。

『ちなみに市原君の家は早稲田通りを渡った先だよ』

「どっちにしても北口でよかったんだな」

『舞ちゃんが絡むと勘がいいよね、静斗は』

 電話の向こうで涼がクスクスと笑う。

「俺で遊んでんじゃねぇよ」

『まぁ、この調子だと三十分後には着きそうだよ』

「了解」

 電話を切った俺はニット帽を深く被ってコートの中に後ろ髪を隠した。

 念のためにマフラーを巻き、伊達眼鏡を掛けて車を降りる。

 そして腕時計のアラームを二十分後にセットして煙草に火を点けた。

 車の窓に映った自分の姿が不審者っぽくて俺は一人苦笑した。



「お客さん、五万超えちゃうよ?」

 運転手の女性が信号で停止した際に声を掛けてきた。

 私はメモ帳に“大丈夫、まだお金持ってます。駅まで行って下さい”と書いて女性に見せた。

「女一人で真夜中にこの距離を移動するってのは何かわけあり?」

 女性の言葉に私は苦笑した。

 答える気はない。

 彼女も答えて欲しくて言ったわけではなさそうだ。

 答えない私にしつこく訊いて来る事もなかった。

 タクシーの無線の声と深夜放送のラジオだけが流れる中、私は過ぎていく景色をただ眺めていた。

 市原さんに会って何を話そうとかそういった事は全く考えていない。

 考えても仕方がないと思ったから。

 しばらくしてタクシーが右折すると、高いビルが建ち並んでいて、駅前の通りらしい事が分かった。

 正面に目的地である中野駅を見つけ、私はほっと胸を撫で下ろす。

 駅前のロータリーで精算ボタンが押された。

 代金は六万円を超えていた。

 私は財布から一万五千円を出し、“領収書だけください。おつりは結構です。長い時間運転をお願いしてすみませんでした”と書いたメモ帳と一緒に女性に差し出した。

 しかし、女性は苦笑しながら領収書と一緒に三千円を返してきた。

「小銭だけ頂くよ。ありがとう」

 女性はそう言って後部座席のドアを開けてくれた。

 タクシーから降りると冷たい風がぶつかってくる。

 反射的に腕を擦った。

「舞華」

 突然、背後から聞き覚えのある声が私を呼んだ。

 肩が大きく震えた。

「あ、お迎えがいたんだね」

 女性は安心したように微笑んで車のドアを閉め走り去った。

 タクシーを見送って振り返ると、ニット帽を目深に被った長身の男性が立っている。

 綺麗に髪の毛を隠しているけど……間違いなく静。

『どうして、ここに居るの……?』

「それはこっちの台詞だろ」

 静はそう言って苦笑した。

「ったく……」

 静は溜め息を漏らしながら近付いてきて私を優しく抱きしめた。

「市原に会おうと思ったんだろ?」

 この駅に来ているのだから言い逃れは出来ない。

 静の身体は冷たかった。

 私をここで待っていたのかもしれない。

 でも……。

『どうして私がここに来るって分かったの?』

 私がスタジオを抜け出した事は司が連絡してきたと分かるけれど、行き先は誰も知らない。

 司にも置き手紙一つ残してこなかったのだから。

「取り敢えず待ってる間に空いてるホテル探しといたから、そこに泊まるぞ」

 静は私の腕を掴んで歩き出した。



ご覧頂きありがとうございます。


次回更新12月17日です。

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