眠れない夜(舞華&静斗)
皆で笑いながら食べていた夕飯だったが、今日は全員が無口。
変な空気が漂っている。
おそらく司の様子がおかしい事に気付いたせいだと思う。
司はムードメーカーだから。
皆が司に声を掛けるけど、司は心ここに在らずといった感じで曖昧に答えて苦笑するだけ。
私が余計な事を訊いてしまったから……。
気付かないフリをしておけば良かったのかもしれない。
……でも、そんな事出来なかった。
皆が気を遣ってくれているのは分かるけど、でも……皆だけが苦しむのはおかしいから。
辛さも楽しさも悲しさも喜びも、全て皆で分け合いたいから。
私は……大丈夫だから。
夕飯を終えて私達はそれぞれの部屋に帰った。
スタジオは泊り込むことも出来るように二階に複数の部屋がある。
とはいえ、一人一部屋使えるほどの部屋数はないので私と司は相部屋だ。
聖ルチアの寮生活を思い出す。
あの頃は相部屋とは名ばかりの一人部屋だった。
麗ちゃんはほとんど帰って来なかったから。
あの頃、私がちゃんと注意できていたら麗ちゃんは今も隣で笑っていてくれたかもしれない。
でも、私には止められなかった。
信也さんのところに居るのだと思っていた。
複数の男性の部屋に泊まり歩いていたのだと知ったのは静と付き合い始めてからだった。
知った時点で麗ちゃんに注意できていればあんな事件は起こらなかったんじゃないか、と思う。
両親よりも会う機会が多かった私が言うべきだった。
叔母様や両親の話をちゃんと聞かない麗ちゃんに注意できたのはおそらく私だけだったのに……。
この二年間、ずっとその事を後悔し続けていた。
だから今回は……GEMを、麗ちゃんを守ってみせる。
大事なものを守れるなら、私の命を投げ出す事になってしまったとしても後悔はしない。
私は麗ちゃんとお揃いのバングルをギュッと押さえた。
「舞華も入って来い」
司の声に私は振り返った。
シャワーも浴びて寝る準備を整えた司はパジャマ姿だ。
『ちょっといい感じの曲が出来そうなの。先に寝てもいいよ。作業は明日やるし簡単に書き留めとくだけだから』
司はそうか、と言ってベッドに潜り込んだ。
最近の司は疲れている。
私に隠し事をしているせいだと思う。
皆が来ないと話せないと司は言った。
でも、訊かなくても市原さん絡みだという事だけは分かる。
麗ちゃん……絶対に守るから勇気を頂戴。
麗ちゃんが私達を守るためにあの人に会いに行った、自分で決着をつけようとしたあの勇気をちょっとでいいから私に分けて……?
カーテンの隙間から見える明るい月を見上げながら呪文のように私は心の中で何度も願った。
どのくらいの時間願ったのかは分からない。
ただ……心が落ち着いたと感じた時、静か過ぎる部屋の中は司の規則正しい寝息だけが聞こえていた。
私は携帯電話と自分の財布と病院で処方された薬が入っている小さなバッグを握り、クローゼットからコートを取り出した。
そして、司が眠っているのを確認してからそっと部屋を抜け出した。
今夜も事務所に泊まりだろうな……。
俺は社長室のテレビを眺めながら溜め息を漏らした。
夜のニュースでも俺達の話題が持ち上がっている。
司会者の意見も賛否両論だ。
麗華と舞華がこの業界に関係ない人物だというのに細かい情報を流すのはどうか、と言う良識あるように見せかける司会者に俺は苦笑した。
そう思うなら俺達の話を持ち出さないで欲しい。
結局、こいつらは上辺だけマトモな事を言いながら視聴率を優先してしまうのだ。
新聞のテレビ欄に“GEM”の文字さえ入ればテレビを点けるファンもいるからだ。
「静斗、シャワー室空いてるよ」
涼が社長室に顔を出した。
「相変わらず流れてるね」
「あぁ。時間と共に細かい情報を掴まれてる」
麗華は死んだわけじゃない。
生きているというのに、事件の詳細がテレビを通して全国に流れている。
美佐子さんが怒るのも無理はない。
今日も途中から弁護士に会いに行くと出掛けて行った。
その時に報道陣に囲まれた美佐子さんは、信也と麗華が結婚している事や俺と舞華が付き合っていることについては認めた。
そのせいなのかどうかは分からないが、朝より人数が増えて更に激しい情報合戦が繰り広げられている。
「美佐子社長じゃなくてもキレるだろうね」
「導火線に火が点いたら止められん」
信也がタオルで頭を乱暴に拭きながらやって来た。
「導火線?」
「あぁ、司がいつだったか言ってた。あの人がキレると伯父さんでも止められない」
信也はそう言いながら閉じられたブラインドを指で広げて外の様子を窺う。
「あいつらもご苦労だな」
あいつらとは報道陣の事だろう。
「顔覚えておいて三日三晩寝ずに僕達にくっ付いて来る人が居たらその人のインタビューにだけ答えてあげるってのもありかな」
この冬空の下、三日三晩外に立たせておこうという涼の鬼畜ぶりに顔が引き攣る。
「まぁ、そこまで根性のある人は居ないだろうけどね」
邪道な事を考えている涼は本当に生き生きとしていて、コイツが向こう側の人間じゃなくて良かったと心底思う。
「おい、静斗。お前の携帯震えてるぞ」
信也がブルブルと鈍い音をテーブルに響かせている俺の携帯を顎で示す。
舞華からのメールだろう、と俺は携帯を開いた。
しかし、そこには“着信中”という文字。
携帯は舞華の名前を表示している。
話せないあいつが電話なんか掛けてくるはずがないのに……。
携帯を握る手が嫌な汗を掻く。
「静斗?」
携帯を開いたまま動きを止めた俺を信也が顔を顰めて見ている。
「もしもし……?」
俺は通話ボタンを押し、耳に当てた。
『静斗か?!』
「司?」
市原に拉致されたのかもしれないと思った俺は司の声に安堵の息を漏らす。
しかし、舞華の携帯を使って電話をしてくる理由が分からない。
先程とは違う新たな緊張が俺を襲う。
「何で……お前が舞華の携帯で掛けて来るんだ?」
『舞華が居ない!』
司の言葉に俺の頭の中は真っ白になった。
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次回更新12月3日です。