記事(静斗&司)
舞華と司が軽井沢に向かって三日後、週刊誌が発売された。
そこには信也が結婚している事と妻である女性が事件に巻き込まれ二年間意識不明であることが書かれていた。
そして、双子の姉である女性は俺の彼女である事と、妹の事件でショックを受けて声を失った事、二人が美佐子さんの娘である事も。
朝、テレビを点けた瞬間から俺達の話題で持ちきりだ。
「やられたわね」
美佐子さんが週刊誌を握り潰してテレビに投げつける。
俺達は事務所に泊まっていた。
今日発売される事と取材陣が押し掛けて来る事が分かっていたからだ。
事務所前には既に取材陣が集まっている。
「まぁ、結城さんの仕入れた情報があったおかげで俺達が無駄にパニクる事はなかったけどな」
信也がテレビを睨みながら呟く。
「舞華はともかく、麗華はこの世界とは無縁な子なんだから法的な手段に訴えるつもりよ」
舞華はAKIという名でプロデュースをしているため、公人と扱われてしまうのは仕方ないのかもしれない。
でも……。
「舞華のほうはどうなってるの?」
美佐子さんが結城に言葉を求める。
「今のところ問題ない。あっちにはテレビも新聞もないし舞華の耳に入るとは考えにくい」
「でも……いくら麗華の事で声を失ったからって今回のはやり過ぎじゃない? そこまで神経質になる事はないと思うわ」
「舞華に何かあったらM・Kは機能しなくなるだろ。困るのは美佐子じゃないのか? 俺は専属契約をしているわけじゃないから問題ないけどな」
結城の言葉はM・Kのために避難させたように聞こえる。
「結城さん、舞ちゃんが外に出ないようにした方がいいかもしれない」
涼が呟いた。
「確かにテレビも新聞もない状態ではこっちの騒ぎが伝わるとは思えないけど、観光客の口は塞げない。ヘタに散歩でもしてこの事を耳にしたら……」
結城の顔色が変わる。
そこまでは考えていなかったのだろう。
俺は慌てて携帯を開く結城の腕を掴んだ。
「メールは駄目だ」
隣に座っていた俺には結城がメールのボタンを押したのがはっきりと見えていたのだ。
「そうだね、舞ちゃんと司ちゃんが使っている携帯は同じ機種だから間違って見てしまう可能性もゼロじゃない」
涼も同じ事を考えたようだ。
舞華も司も同じ機種で同じ色の携帯を使っていて、二人共ストラップというものを付けていない。
一見、どっちの携帯なのか分からないのだ。
結城も涼の言葉で気が付いたようで、発信履歴の司の名前にカーソルを合わせて発信ボタンを押した。
「もしもし、司か?」
社長室の中に居る全員の視線が結城に向けられる。
「そっちは大丈夫か? こっちはえらい騒ぎだ。で、用件なんだが……舞華を外に出さないように頼む。観光客の口から漏れるってのをすっかり忘れてた」
結城は申し訳なさそうに話している。
俺に対する話し方とは全く違う。
司からいくつかの質問を投げられたのだろう、結城は簡単に答えて電話を切った。
「どう?」
美佐子さんが結城に問い掛ける。
「まぁ、あっちは今のところ問題ない。ただ、司も観光客の事まで意識してなかったみたいで礼を言われた」
「教会への行き帰りにも相当気を遣うだろうね」
涼も少々気に掛かるようだ。
「お前らは明々後日の生放送が問題なく終わるように祈っとけ」
結城はそう言って俺の手を掴んだ。
「何だよ?」
「もう問題なく弾けるなら俺は向こうに行く」
「問題ねぇよ、傷口ももうくっついてる。万が一裂けたら瞬間接着剤でも塗っときゃいい。今日はオフだし明日・明後日は一日リハーサルだ。無理はしねぇよ」
結城は俺の言葉に苦笑して立ち上がった。
「美佐子、軽井沢に行ってくる」
しかし、美佐子さんは小さく首を振った。
「必要ないわ。結城君はGEMのサポートに専念して頂戴」
舞華の状態を知らない美佐子さんは結城が舞華の許に行くのを頑として認めなかった。
結城さんの定期連絡で向こうが騒ぎになっている事だけは分かっている。
しかし……舞華が傍に居る以上、詳しく訊き出す事は不可能。
詳しく訊いたところで私達には何も出来ないのだけれど。
あっちで起こっている事はあっちに居る人間に任すしかないのだ。
それでも知りたいと思ってしまうのはどうしてだろう?
何も出来ないのだから情報など仕入れる必要はないというのに。
わざわざ胃が痛くなるような話を訊こうなんて思ってしまう私も病んでいるのだろうか?
三日目ともなれば情報はもっと奴らの手に渡っているだろう。
どこまで調べられてどの程度放送されているのか、それが気にならないわけがない。
しかし……。
「舞華、どうだ?」
私は携帯をポケットに差し込んで作業に没頭する舞華の正面に立ち、一本立てた人差し指を左右に振った。
ヘッドホンをしている舞華に私の声は聞こえていない。
『いい感じに出来上がったかな。後はCMの曲を一曲仕上げれば終わり』
舞華は予想以上に作業が早かった。
結城さんにメールしてもらった仕事は五つあったのに、この六日で四つを仕上げてしまった。
GEMのメンバーがやって来るまでまだ三日もあるというのに、だ。
おかげで私は仕事を長引かせるため、無駄に舞華の邪魔をする破目になった。
変な時間に休憩を取らせたり、楽譜を記入してる傍で急に他の仲間に話し掛けて集中力をぶった切る。
本来ならそんな真似はしない。
しかし、実際には仕事を溜め込んでなどいなかった結城さんが年末まで舞華を縛り付けるだけの仕事を抱えていなかったというのも事実。
気分転換に連れ出そうにも、結城さんの言うように観光客が噂をしていたらと思うと怖くて連れ出せない。
単身でも気を使う外出。
舞華を連れて出掛けるのは近所の教会で精一杯だ。
舞華がヘッドホンを外して真剣な目で私を見上げた。
『司、何か隠してない?』
舞華の手を見て私の心臓が飛び跳ねた。
「隠すって……何をだ?」
予想していなかった言葉に声が上擦る。
『この間から皆おかしいよ。市原さんの事、何か隠してない?』
舞華の手が市原の名前を表す。
もっと取り乱すと思ったが、舞華は落ち着いた表情をしている。
そう見えるだけなのは分かっているが……。
「市原……?」
『GEMのメンバーも結城さんもここに居る皆も不安そうな顔をしてる』
舞華は私達の様子を見て何かに気付いていたらしい。
気付かないわけがないのだ。
今までこんな事はなかったのだから。
結城さんが舞華に仕事を丸投げするなんて事も、私達が麗華やGEMから舞華を引き離す事も。
『司は私の仕事の邪魔してる。いつもならありえない事でしょ? GEMの皆も年末の仕事が終わったらこっちに来るって……どうして私が東京に帰るのを止めるの? 東京で何が起こってるの? 私、大丈夫だよ?』
舞華の“大丈夫”が大丈夫でない事は長い付き合いで分かっている。
舞華は自分が壊れていっている自覚がないのだ。
市原の名を表したその手は微かに震えていた。
「今はまだ話せない。全員がこっちに集まったらきちんと説明する。それまでは何も訊かないで、私の言葉に従って欲しい」
『皆がこっちに来たら話してくれる?』
「あぁ、約束だ」
私の答えを聞いて、舞華は納得のいかないような顔をしながらも小さく頷いた。
『約束だよ?』
私が意図的に邪魔していた事にも舞華は気付いていた。
それなりに気を遣ってさりげなくやったつもりだったんだが……。
あと三日。
長い、長過ぎる……。
あとで胃薬でも買ってくるか。
私は窓の外を眺めながら小さな溜め息を漏らした。
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次回更新11月26日です。