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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
109/130

影(舞華&涼)

 司が出て行って一時間近く経つ。

「遅いわね」

 綾香さんも気になるようで腕時計を見ながら呟いた。

 主治医の先生は既に病室を後にしているので室内には四人だけ。

 麗ちゃんと綾香さん、そして結城さんと私。

「信也が来たって事は羽田も一緒だろうから仕事の引継ぎじゃないか?」

 結城さんはそう言うけれど、そんな風には思えなかった。

 大体、急に羽田さんが復帰になったのだって納得できていない。

 年内は休養させるって聞いてたのに……。

 信也さんの困惑した表情も気になる。

 気にし過ぎなのかもしれないけど、信也さんのあんな顔は頻繁に見るものではないから。

 私はベッドの傍にある椅子に腰を下ろして麗ちゃんの髪を梳くように撫でた。

 心配し過ぎなのかな?

 胸騒ぎがする。

 何だか嫌な事が起こりそうな気がして……。

 麗ちゃんがピクッと動く。

 私は慌てて触れていた手を自分に引き寄せた。

 変な事を考えながら麗ちゃんに触れたら伝わってしまうかもしれないからだ。

 麗ちゃんを不安にさせてしまうかもしれない。

 それが怖かった。

「ただいま」

 ノックもなく扉を開けたのは司。

「遅いじゃない、何してたのよ?」

「悪い悪い、信也と羽田さんだけだと思ったら全員来てて喫煙所まで付き合わされた」

 全員?

 何故全員がここに集まる必要があったの?

 偶然かもしれないけど、何かあったんじゃないかと不安になる。

「麗ちゃんにまた変化があったんだって?」

 若林さんがにこやかに病室に入ってきた。

「そうなのよ、舞華ちゃんと司の手を握り返したの」

「綾香じゃ反応しなかったのか?」

 静がからかうように笑みを浮かべながら私の傍にやって来た。

 そして頭をそっと撫でながら優しく微笑む。

「あ、そうだ。静斗、あれ渡さなきゃ駄目なんじゃないか?」

 信也さんの言葉に顔を顰めて静が見覚えのある箱を結城さんに差し出す。

「気色悪いな、お前からのクリスマスプレゼントかよ?」

 本当に嫌そうな顔で結城さんが箱と静を交互に見る。

「んなわけねぇだろ、舞華から預かったんだよ。ってか、お前にやる筋合いねぇし」

「サポートしてやってるから準備したのかと思った」

 静が返す言葉に詰まる。

「お前が怪我さえしなきゃ俺は自分の仕事が出来たんだよ。舞華を軽井沢に行かせる必要もなかったし」

 相変わらずこの二人は仲がいいとは言えない。

「舞華、サンキュ」

 結城さんの手が私の頭に触れそうになった時、静がその手を払い除けた。

「お前が触るな」

「いいだろ、減るもんじゃないんだし」

「舞華が穢れる」

「お前に触られるよりはマシだ」

 私を挟んで二人が睨み合う。

「舞華、これお前か?」

 信也さんの声で私は二人の間を抜け出して反対側にいる信也さんの傍に向かう。

 信也さんは麗ちゃんの耳に触れながら私を見上げている。

「似合うだろ? 一緒に出掛けて選んだんだ」

 司はジュエリーショップでの一件を思い出したのか渋い顔をした。

「何かあったのか?」

「いつもの事だ、気にするな。苦情はちゃんと本社に入れておいたしな」

「また、差別か?」

 静の言葉に病室の空気が重くなる。

『もう慣れたから気にしないで』

「慣れたとか言ってんじゃねぇ!」

 私が表現するのを見ていた静が声を荒げる。

「慣れたとか仕方ないとか言ってんじゃねぇ、差別なんかしてる奴殴り飛ばしてこいよ!」

「それは無理だよ静斗……」

 若林さんが溜め息混じりに静の肩を叩く。

「おい、司。寄り道して行くんだろ? 時間大丈夫か?」

 結城さんが腕時計を司に見せながら尋ねた。

 担当医の先生には司が電話で連絡を入れ、薬の処方だけをお願いしている。

 受付にも診察券は出したし、戻った頃には会計が待っているだけなんだけど……。

「あ、そろそろヤバイな。舞華行くぞ」

 司が私の腕を掴む。

「舞華、メールする」

 静の笑顔が何だか硬く感じて……私は頷きながらも不安を覚えた。



 舞ちゃんと司ちゃんが病室を出て行くと、結城さんが溜め息を漏らした。

「どうせお前達、話を聞いたんだろ?」

 何の? とは愚問だ。

「舞ちゃんの話を少し聞きました」

 僕は綾香ちゃんが知っているのか分からないためその一言で終わらせた。

「舞華の話か……」

 結城さんは苦笑して病室のカーテンを開けた。

「もう二年だ、舞華も司も限界だろうな」

「年末の仕事を終えたら舞華と合流してこっちで起こっている事を話すつもりだ」

 静斗が結城さんの背中を見ながら口を開いた。

「お前、ギャンブラーだな」

「俺だけじゃねぇ、全員一致で決めた」

「舞華が狂うかもしれないんだぞ?」

「その時はGEMも活動できない。俺は舞華の世話に専念するさ」

「信也もそれでいいのか? 目を覚まさないかもしれないぞ?」

「もう二年です。そろそろ俺も覚悟決めますよ」

 それは信也の本音だったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 目を覚まさない麗ちゃんを信じ、二年間待ち続けるのも簡単な事ではない。

 初めて聞いた信也の弱音だったのかもしれない、とも思う。

 だからと言って本当に麗ちゃんが目を覚まさないと決め付けたわけじゃない。

 僕達は信じてるから。

 舞ちゃんは弱くない。

 麗ちゃんも。

 そう信じたから僕達は決めたんだ。

「取り敢えず三日後に備えて簡単な打ち合わせでもしましょうか」

 羽田さんが結城さんに微笑む。

「舞華の話を聞いた後だから色々と話しやすいしな」

 一瞬見えた結城さんの横顔は疲労感を感じさせた。

 彼もまた限界だったのかもしれない。

「麗華、舞華を頼むぞ」

 信也が麗ちゃんの髪を耳に掛けながら呟いた。

 麗ちゃんの耳には舞ちゃんからのプレゼントが付いている。

「舞華がどんな状況なのか、お前は分かってるはずだ。だから魘されるんだろ? お前なら守れる。舞華と司を守ってくれ」

 信也は麗ちゃんの唇に軽く口付けて立ち上がった。

「年末年始は来れないと思う」

「こっちは大丈夫だから頑張ってきなさい」

 信也の言葉に無理やり貼り付けたような笑顔で綾香ちゃんが返す。

 僕達の会話に疑問と不安を感じたんだろう。

 でも、綾香ちゃんは質問ができる空気ではない事を分かっているから訊いてこない。

 僕達の会話に口を挟む事もほとんどない。

 分からない事は夜にでも英二に訊けばいいと思っているらしい。

 本当に……皆良い彼女を持ってるよなぁ。

 大事な人を守るためにも、GEMを守るためにも、市原君の問題は片付けなきゃいけない。

 まぁ、話し合いをしたところで記事の細かい情報はないし大した答えは見つからないだろう。

 でも、僕達はこの賭けに勝たなければならない。

 市原君の勝手な逆恨みだからこそ絶対に負けられない。

 静斗が病室の扉を開けて廊下に出た。

 それに続くように英二と結城さんが出て行く。

 結城さんの開けたカーテンを閉めようと手を伸ばした時、舞ちゃんと司ちゃんの姿が見えた。

 舞ちゃんのアイボリーのロングコートは目立つのですぐに分かる。

 診察を受けたにしては早いな……。

 そう思いながらカーテンに手を掛けると、植え込みの中に黒のパーカーを着た人物が見えた。

 その視線は舞ちゃんと司ちゃんを追い掛けているように見える。

 市原君が動いたという情報はまだ来ないけれど……市原君かもしれない。

 パーカーで立っているという事は車でやって来たという事。

 そうでなければあんな薄着でいられるわけがない。

 舞ちゃん達を追い掛けようと考えているなら止めなければ……。

 僕はカーテンを閉めて病室を飛び出した。

 しかし、僕が外に出た時には既に舞ちゃんや司ちゃんの姿はなく、植え込みの中に居た人物も姿を消していた。



ご覧頂きありがとうございます。


次回更新11月19日です。

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