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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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博打(静斗&信也)

 舞華が精神科に通っているという話を聞いて冷静でいられるはずがない。

 黙っていた司に抑えようのない怒りを感じた。

 しかし、司の握り締めている拳を見てしまった瞬間にその感情は消え失せた。

 こいつはずっと見てきたんだ。

 壊れていく舞華を……。

 一番つらいのはもしかしたらこいつなんじゃないか? と思った。

「司、悪かった」

 俺は身体の力を抜いて司を見下ろした。

 俺を掴んでいた涼の腕が離れると、無意識に司を抱き寄せていた。

 愛おしいとかそういった感情からじゃない。

 こいつが抱えていたものがあまりにも重すぎて……。

 申し訳ないという気持ちと……もう我慢しなくていい、という言葉の代わりだった。

「私達の選択は間違ってない」

 司が俺の腕の中で呟く。

「あぁ……お前は正しかった。そのおかげで俺達はこうして麗華に音を届けていられるんだからな」

 本気でそう思う。

「これからは秘密は持つな。何でも俺らに話せ。美佐子さんには話さなくても構わない、お前達二人だけで抱え込むな」

 司の肩が小さく震えていた。

「GEMは四人揃わなきゃ駄目だけど、GEMの音を完成させるためには舞ちゃんは勿論、司ちゃんも結城さんも羽田さんも必要なんだよ。喜びも悲しみも全部共有しよう?」

 涼が司の頭を優しく撫でる。

 舞華も限界かもしれないが、司も限界だったに違いない。

「事件後、舞華は夜中に目を覚ますと必ず風呂に入る……皮膚が真っ赤になっても擦り続けるんだ。麗華の血が落ちないって……」

「……」

「コップを倒して飲み物が零れるとフラッシュバックを起こすんだ。麗華の身体から流れ出た血を思い出すんだと思う」

「おぅ」

「偶然テレビを点けた時にサスペンスをやってて、殺された女性が映ると取り乱して落ち着かせるのも必死だった……この二年間、舞華を守りたくて必死だった」

「おぅ」

 俺の知らない舞華の姿を司は小さな声で並べていく。

 信也もそこまで聞かされてはいなかったんだろう。

 泣きそうな顔で俯きながら司の言葉を聞いている。

「お前には感謝してる」

 英二はそっと司にハンカチを差し出した。

「これからは隠し事はなしだ」

 司を楽にしてやりたい。

 そう思ったが、俺の口から出てきたのは洒落っ気も飾り気もなにもない言葉だけだった。



「落ち着いたか?」

 屋上のベンチに腰を下ろした司を見下ろしながら俺は尋ねた。

「あぁ、すまん。取り乱した……」

 英二のハンカチを握り締めた司は恥ずかしそうに俯いている。

「お前も限界だったって事だ。舞華の心配もいいがお前自身も抱え込み過ぎたんだろ」

 静斗らしくない言葉に俺は苦笑した。

 下心なしに女を抱きしめる静斗を見たのも初めてだ。

「お前達に話してよかった。随分と心が軽くなった」

「だろうな。相当重い話だったし」

 素っ気なく呟いた静斗はポケットからタバコを出して銜え、火を点けた。

 その姿に釣られたのか英二もタバコを取り出す。

「年末の仕事が終わったら合流する」

 俺の言葉に司が顔を上げた。

 その目は真っ赤で、いかにも“泣きました”という感じだ。

「舞ちゃんにいつまでも黙ってはいられないと思うよ」

 涼も同じ事を考えたようだ。

「話すのか……?」

 不安そうな司の顔を見るとやはり胸が苦しくなる。

「いつまでも軽井沢に置いておく事はできないだろうし、こっちに戻ってきて突然麗華の話をされるよりもあっちで話しておいた方がショックは小さいだろう」

「多分……舞ちゃんもなんとなく気付いてると思うんだ。それらしい言い訳を並べても完全には納得できてないと思う」

 涼は司の肩に手を置いた。

「舞ちゃんの強さに賭けよう?」

 賭ける……その言葉はとても重いものだった。

 賭けに負ければ舞華は壊れてしまう。

 俺達の音楽人生を賭けた大きな博打だ。

「舞華はそんなに弱くない」

 静斗も覚悟を決めたらしい。

「運命共同体……か。舞華と共に終わるのか、乗り越えられるか。賭けるにはデカ過ぎるけどな」

 英二は苦笑した。

「俺もパチンコで三万が記録だったけどな」

「俺二万だな」

「払う代償はデカイけど、成功したときもそれなりに返ってくるさ」

 英二と静斗の言葉に俺は小さく笑った。

「でもって、市原君にもそれなりの代償は支払ってもらわないとね」

 涼は怒りを含んだような目で空を見上げていた。

 しかし……何を企んでいるんだか、知るのが少々怖い。

「まぁ、僕がどうこうする前に美佐子社長が動くだろうけどね」

 俺はその瞬間、涼が伯母に余計な事を吹き込んだのだと確信した。

「涼、お前また余計な事を吹き込んだな?」

 静斗も顔を引き攣らせている。

「まさか。僕の知り合いに刑事がいるからって、市原君を見張らせておかしな行動を起こしたら報告するように頼んだとか、知り合いのジャーナリストに接触を頼んだとでも?」

 またえげつない真似を……。

「心配要らないよ。何かあれば僕から司ちゃんに連絡を入れるし」

「そう……だな」

「何よりも先にする事といえば……はい、目薬」

 涼はポケットから目薬を取り出して司に握らせた。

「そんな目で帰ったら舞ちゃんが心配するからね」

「そうだな」

 司は苦笑した。

 俺達は大きな博打に大きなものを賭けた。

 何よりも守りたいもの。

 それはGEMというバンドでもなければ収入でもなくファンでもない。

 舞華と麗華。

 俺達がこの賭けに負ければ麗華は目を覚まさないかもしれない。

 俺は拳を握り締めて雲ひとつない空を見上げた。

 麗華……俺達を守ってくれ。

 そう願いながら―――――。


ご覧頂きありがとうございます。

次回更新11月12日です。

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