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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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想い(信也&司)

 部屋に入った途端、携帯が鳴った。

 俺の携帯はほとんど鳴る事がない。

 鳴るのは病院か親からの電話だ。

 ポケットから携帯を取り出して背面ディスプレイに表示された文字を見て俺は顔を顰めた。

 司からだ。

「もしもし?」

『信也か?』

「あぁ」

『麗華が手を握り返した』

「え?」

 麗華が?

『気のせいなんかじゃない。舞華の手も握り返した』

「すぐ行く。まだいるな?」

『あぁ、待ってる。結城さんもいるし、静斗に預けた物も持って来てくれ』

「分かった」

 俺はそう言って携帯を切り、玄関のノブに手を掛けた。

 まだあいつらが廊下にいるような気がした。

 涼が気になる事をそのまま放置するはずがない。

 玄関の扉を静かにそっと開けると、涼の声が聞こえた。

「もしかしたら……舞ちゃんはあの日に壊れてしまったのかもしれない」

 涼の声に俺は顔を顰めた。

「羽田さん、さりげなく美佐子社長に舞ちゃんの通院について訊いてみてもらえませんか?」

「涼?」

「もしかしたら美佐子社長は知らないのかも……」

「んな馬鹿な」

「僕の勘が正しければ、知ってるのは結城さんと司ちゃん、そして信也。その三人だけ」

 涼の言葉に俺は髪を掻き乱した。

 こいつらに黙っておくのは無理だ。

 涼の鋭さはハンパない。

 いつも勘の九割は当たっている。

 今回も例外じゃない。

 司に判断を任せよう……。

 俺は勢いよく玄関を開けた。

「信也?」

 英二が振り返る。

「どこに行く気だ涼?」

「ちょっと散歩」

「嘘を吐くな、確認に行くんだろ?」

 俺の言葉に涼は苦笑した。

「これから病院に行く。お前らも一緒に行くか?」

「静斗は?」

「今呼びに行く」

 涼の言葉で付いて行くという事は分かる。

 俺は玄関に鍵を掛けて静斗の部屋に向かった。

 インターホンを押すとすぐに玄関が開く。

「……何?」

 不機嫌というよりも、何か落ち込んだような静斗の表情。

「麗華に変化があったらしい。今から病院に行く」

「別に……俺の許可が必要な事でもないだろ」

「お前も来い。結城さんも司も舞華もいる」

 舞華という言葉に静斗の表情が変わる。

「危ないのか?」

 何でそうなる?

「舞華を軽井沢にやるんだから寄るのは当然じゃないのか?」

「でも変化って……」

「いいからさっさと準備して来い。結城さんへのプレゼントも持って来いよ」

 静斗は何か言いたげな顔つきで一瞬俺を見たが、おそらく俺が何も答えないと感じたのだろう、小さく頷いて玄関を閉ざした。

「羽田さん、申し訳ないんですけど運転頼めますか?」

「勿論」

 羽田さんは硬い表情で頷いた。



 病室のドアがノックされ、信也が顔を覗かせた。

「お、信也。早かったな」

「司、ちょっといいか? 話がある」

 信也の表情は冴えない。

「どうした?」

「……」

 唇を噛み締めた信也の視線が俯き気味に彷徨う。

「結城さん、舞華を頼む。ちょっと出てくる」

 私は結城さんに舞華を託して廊下に出た。

「どうした?」

 そう尋ねた私の視界に、ド派手な長い髪が映る。

「話したのか?」

 私の問いに信也は首を横に振って否定した。

 しかし……。

「羽田さんが精神科から出てくる舞華と結城さんを目撃したらしい。涼が勘付いた」

 涼は勘がいい男だ。

 精神科から出てきたと聞いて大体の事を理解してしまったのかもしれない。

「話すか話さないかはお前の判断に任せる。俺から話す内容じゃない。涼に話すなら全員に話すべきだと思ったから連れて来た」

「確かにな」

 涼に話して静斗に話さないのはおかしい。

「屋上にでも行くか」

 私は信也の腕を叩いて階段に向かう。

 自動販売機の前を素通りする私を羽田さんを含め四人が怪訝そうに見つめている。

「屋上行くぞ」

 信也が四人に声を掛ける。

「屋上?」

「いいから、黙って付いて来い」

 信也も緊張しているのか表情は硬い。

 黙って階段を上り、冷えたノブを掴んで重たいドアを開ける。

 そこにはやはり人っ子一人居らず、真っ白なシーツだけが北風に棚引いていた。

「涼、どこまで推理した?」

 私は涼を見上げた。

 その言葉だけでこいつは理解できると思ったからだ。

「羽田さんが精神科から出てきた舞華を見たって言ったから舞ちゃんは通わなければいけないくらい危ない状況なんじゃないかって事と、軽井沢に舞ちゃんを行かせるのは騒動に巻き込まれるのを避けるためじゃなくて舞ちゃんにこれから起こる事を気付かせないためじゃないか、って事かな」

 相変わらず鋭い奴だ。

「ご名答、その通りだ」

「そしてそれを知ってるのは結城さんと司ちゃんと信也だけ。違う?」

 涼の言葉に私は苦笑した。

 ここまで気付かれるとは思わなかった。

「そうだ、美佐子さんも気付いていない」

 気付かせなかった。

「そう考えたら今年のGEMのスケジュールも納得がいったんだ」

「そうだな。今年は関東以外のイベントには全く参加していないもんな」

「うん。結城さんと美佐子社長が口論しているのを見て不思議だったんだよね。何であんなに頑なに地方に行くのを拒んだのか」

「なるほど」

 涼はずっと嵌らない疑問のピースを持っていたらしい。

 それが羽田さんのたった一言で面白いくらい嵌っていったというわけか。

「ちょっと待て、何の話だよ?」

 静斗が蒼褪めた顔で私の肩を掴んだ。

「舞華はあの日から壊れ始めたという事だ。薬を服用する事でどうにか日常生活を送れている。今回の記事は舞華を狂わせるだろうと判断した。そうなるのを避けるために軽井沢に連れて行く。他に質問は?」

 静斗は私から手を離すと、傍にいた信也の胸倉を掴んだ。

「何で俺に話さなかった?」

「静斗」

 涼が静斗の背後から抱きつくように押さえる。

「私がお前達の仕事の邪魔になると思って口止めした」

 邪魔、という言葉に静斗が反応する。

「邪魔って何だよ?!」

「麗華に最高の音を届けるのはお前達の仕事でもあり義務でもある。そこに舞華への心配が混じれば音の質が落ちる」

 この事を話せなかったのはGEMが立ち直って活動を再開させたから。

 もし、まだ活動を再開できていなかったなら内緒にしておく必要もなかっただろう。

「お前が舞華を心配するのは分かる。だが、GEMは四人いてこそ価値がある。舞華がお前達の活動再開を望んだ。だから私はそれに従った。舞華の望みだからだ」

 舞華が望まなかったら私は舞華の治療に時間を費やしただろう。

 しかし、舞華は麗華に音を届けたいと訴えてきた。

 自分の事よりも麗華を優先した。

 麗華と信也のために、GEMのために、M・Kのために……。

「私達がどんなに悩んだか、説得したか分かるか? 舞華を守るためだけに動いてきた私達の気持ちが分かるのか?! お前達に話してたら何か変わったか? 何も変わらない、それどころかお前達の音が乱れて舞華は再びショックを受けただろうな! ただでさえ自分達の音を取り戻すのに時間が掛かったんだ、今でもウダウダやってたんじゃないのか?!」

 私の勢いに全員が口を噤んだ。

「お前達がお前達の音を出す事が舞華のためだと思ったから黙ってた。その選択は絶対に間違ってない」

 私は自分は正しいと思いたかったのかもしれない。

 自分がやってきた二年間を否定されたくなかったのかもしれない……。


ご覧頂きありがとうございます。


もう十月も終わりですねぇ。

気温が一気に下がりました。

皆様も身体にお気をつけ下さい。


次回更新11月5日です。


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