打撃(舞華&司)
クリスマスが目前に迫った二十二日、久々にGEMはオフだった。
私は司と一緒に麗ちゃんへのプレゼントを選ぶため、買い物に出掛けていた。
「何を買うのか決めてるのか?」
司が歩きながら尋ねる。
『今回はピアスにしようかなって考えてたの』
麗ちゃんの耳はたくさんのピアスホールが開いている。
この二年間は意識もないし、検査もあったりで全くつけていないけど。
『誕生石でラピスラズリとかタンザナイトがいいかなって思ってるんだけど……』
「トルコ石じゃないのか?」
『ブルートパーズも十二月の誕生石なの。十二月は誕生石が一番多いの』
「私は二月だから選べもしない」
司はあまりアメジストが好きではない。
それどころかアクセサリーそのものが好きではないようだ。
歩いていると一軒のジュエリーショップが見えた。
「取り敢えずそこ行ってみるか」
司の言葉に頷いて私達は見つけた店舗に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
ピシッとしたスーツを着た女性が私達に近付いてきた。
「どのような商品をお探しですか?」
「ピアス」
「彼女への贈り物ですか?」
司が眉間に皺を寄せて、笑顔を向けてくる店員の女性を見た。
「私は女だ」
司はいつものようにジーンズにトレーナー。
羽織っているコートは男性もの。
化粧もしていないし、女性にも男性にも見えそうな姿ではある。
「すっ……すみません!」
深々と頭を下げる店員に不機嫌さを隠さない司は険しい顔でガラスケースの商品を覗いた。
「十二月の誕生石で纏められたコーナーみたいなのはないのか?」
「ピアスですよね、あの……こちらにっ」
店員さんはビクビクしながら司を案内する。
「舞華のは誕生石じゃないだろ?」
私の耳を見ながら司が尋ねた。
私は高校卒業と共にピアスの穴を二つ開けた。
そして、お守りのように静からもらったピアスをしている。
『コレはお守りなの』
「お守り? 麗華のなのか?」
私が首を横に振ると司がにやりと笑った。
「ほぉ……あいつでもプレゼントなんかするのか」
私の顔は司の言葉を聞いて真っ赤になった。
司から視線を逸らすと店員さんが私達を見ながらヒソヒソと話をしている。
外に出ればそういう目で見られるのは分かっていたし、この二年間で慣れてもいる。
それでも気分がいいものではない。
「舞華、これタンザナイトだとさ」
司が指差したショーケースを覗き、商品を見る。
今の私にはこのピアスがどんな色をしているのか分からない。
「アメジストよりも淡くて上品だな」
デザインもおとなしめの物が多かった。
「お客様でしたらこちらもお似合いになると思いますよ?」
店員さんが持って来たピアスをみて司が色や石のの種類を教えてくれる。
「こっちがダイヤでこっちがタンザイナイト。台はホワイトゴールドだな」
小さなタンザナイトとダイヤがそれぞれ花の形に配置され可愛らしい二連の指輪のようなデザインのフープピアスだった。
「あのお客さん色も分からないのかしら?」
店員さんの声が聞こえた。
司にもはっきりと聞こえたらしく、厳しい表情で振り返る。
「おい、あんた名前は?」
口元を押さえる店員に歩み寄って、司は胸のネームプレートを読んだ。
「さっきから気になってたんだよ、あんた。手話がおかしいか? 色が分からなかったら何だと言うんだ? 買い物するなとでも言いたいのか?」
他の店員も含め、客までもが司を見ていた。
『やめて。いいから』
私は司の腕を引っ張った。
「いいわけないだろ! そもそもこんな奴を店頭に出しているのがおかしい。あんな事を言ってる店員を放置している店なんぞに用はない。行くぞ、気分が悪い」
司はお母さんが耳の不自由な方だから差別的なものには過剰に反応してしまう。
『これ、買いたいんだけど……』
「こんな店で買うつもりか?!」
『ピアスは悪くないよ』
司は悔しそうな顔で髪を掻き乱してトレイを持っている店員さんに振り返った。
「……これを包装してくれ」
「はっ……はい!」
店員さん達は脅えていた。
包装している手が震えている。
司は怒りが収まらないらしい。
会計を済ませて店を出る際、司は振り返って一人の店員さんを睨んだ。
「あんたの名前は覚えたからな。苦情はしっかりと入れさせてもらう」
ジュエリーショップはもともと賑やかな店ではないけれど、異常なくらいに店内は静まり返っていた。
「あぁ気分が悪い」
私は苛々を抑えられずに舞華を連れてバッティングセンターに来ていた。
バッティングセンターで球を打つと気分がすっきりするのだ。
打席に立ち、速球と言われる百二十キロの球を打ち返しながら私は苛々を発散させる。
舞華はケージの外のベンチに腰を下ろして私を眺めている。
こうして仕事以外の事をするのは久しぶりだ。
「相変わらず打つね、司ちゃん」
バッティングセンターでよく顔を合わせていた男が笑顔で近付いて来た。
舞華の表情が硬くなる。
「こんなもん慣れればいくらだって打てるでしょう?」
「慣れじゃないと思うよ、勘でしょ。司ちゃんが男ならメジャーも夢じゃないかもな」
そんなわけないだろ。
大体、馴れ馴れしく名前呼びをされるほどの間柄でもない。
集中力も打つ気失せてしまった。
「今日もホームランブザーが何回も鳴ってたし」
「たった四回ですよ。大した事はないと思いますけど? 以前だったら五回以上当たったんですけどね」
私はバットを置いて舞華の抱える上着を受け取った。
ここではホームランブザーを鳴らすと景品がもらえる。
「舞華、お前の好きな物選んでいいぞ。私は大体貰ったし」
舞華は遠慮していたが、私もここの景品はほとんどを貰っていて二つも三つも要らないのだ。
しかし、せっかくくれるという物を貰わないのは勿体無い。
私は半ば強制的に舞華に選ばせる。
私の性格をよく知っている舞華は諦めたように景品を眺め始めた。
まぁただでくれる物だし、決して高価な物ではないのだが。
何年も景品を変えてくれないってのにも問題はあると思うが……。
選んでいる舞華を見ていると、私の上着の中で携帯が鳴り出した。
「舞華悪い。電話が掛かってきた。少し外すな。すぐ傍にはいるから」
私はそう声を掛けて舞華から少し離れた。
着信音から職場の人間である事が分かったからだ。
「もしもし」
『司か?』
その声は結城さんのものだった。
「どうしたんですか?」
『舞華を今から言う場所に連れて行ってくれ』
嫌な予感がした。
「どういう事ですか?」
『週末に発売される週刊誌に麗華と舞華の事が載る』
舞華と麗華の事?
「それって……」
『麗華の事件の記事だ』
結城さんの言葉を聞いて全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。