伝心(英二&司)
俺達が病院に辿り着いた時、麗華は検査の最中だったらしく病室には居なかった。
「麗華はどうしたんだ? 検査って何のだ?」
俺は病室に居た綾香に尋ねた。
綾香は両手を握りしめながら口を開いた。
「いつもと同じように体の向きを変えてCD流してたら声みたいなのが聞こえたのよ」
「声? 麗華のか?」
信也が問い返す。
「で、麗華ちゃんを見たら……苦しそうに唸ってたの。慌ててナースコールしたわ」
「で?」
「今のところレントゲンでは骨に異常はない事だけは分かってる。脳波とか色々調べるみたいで時間掛かると思うわ」
溜め息混じりに答える綾香にも詳しい状況は分からないらしい。
「何か話してたのか?」
きっかけになる事でも話してたのかもしれないと思った。
綾香はいつもくだらない話ばかりしてるようなので可能性は薄いが……。
「年末は忙しいみたいって話と、レコーディングがまだ終わらないって事くらいしか話してないわよ?」
「羽田さんとはどんな話をした?」
綾香は顰めっ面で考えている。
「今日退院だって挨拶に来て……年末はGEMがたくさんテレビに出るって教えてくれて……あとはよく分かんない事訊かれたくらいよ」
よく分かんない事って何だ?
少々引っ掛かる。
「綾香ちゃん、よく分かんない事って何?」
涼も気になったらしい。
「英二から何か聞いてないかって。昨日の集まりの話しなら分からないって答えたのよ。実際、英二はシャワー浴びてすぐに出て行っちゃったし」
羽田さんは美佐子さんから話を聞いていたかもしれない。
でも、眠っている麗華が知っているはずはない。
それなのに無関係に思えないのは何故だ?
司も信也も涼も厳しい顔をしている。
静斗は窓の外を眺めたまま反応を示さない。
話を聞いていなかったのかもしれない。
「まだ戻って来ないよな? ちょっと休憩するか。信也付き合え」
司は信也を呼んで病室を出て行った。
「綾香ちゃん。昨日の話なんだけどね……羽田さんの代理になるはずだった男の子で市原君っていう子がいたんだ。問題があってすぐに司ちゃんに変わっちゃったんだけど、その子が美佐子さんに電話してきて僕達を許さないって言ったんだって。運悪く舞華ちゃんと結城さんがその子と遭遇しちゃって……昨日は結構大変だったんだ」
涼の言葉に綾香が言葉を失う。
「双子って不思議な力があるって聞くじゃない? もしかしたら今の舞ちゃんの状態を麗ちゃんは知ってるのかもしれない……あ、これはあくまで僕の想像だけどね」
科学的根拠も何もない話。
なのに、俺達は軽く聞き流すことは出来なかった。
おそらく、この場にいる全員が同じ事を考えていたんだろう。
静斗は表情もなく窓の外を睨みながら拳を握り締めていた。
「うわっ、血っ! 静斗っ」
気が付けば、握り締めた静斗の手から血が滴っている。
「ちょっとゴメン、ほら静斗! 先生に診てもらうよ!」
涼は静斗の腕を掴んで病室を出て行った。
「これから収録だっけ?」
「あぁ」
「静斗何したの?」
「缶握り潰して切った」
「やっぱり馬鹿ね、あいつ」
閉まった病室の扉を眺めながら俺達は溜め息を漏らした。
信也を連れ出した私は屋上に向かっていた。
この寒空の下、屋上にやって来る奇特な奴は居ない、とは言わないまでも少ないだろうと思ったのだ。
案の定人っ子一人居ない。
昼間だといっても冬。
物干し竿に掛かった真っ白なシーツが北風に乗って靡いている。
「信也、結城さんの話をどこまで聞いた? お前が聞いた事全部を話せ」
あの時、舞華は震えていた。
だからと言って私が連れ出すのは無理だと思ったので結城さんに任せた。
結城さんもすぐに気付いて舞華を連れ出したので薬を飲ませただろう。
信也はどの辺から見て、何を知ったのだろう……?
「舞華が震えてるように見えて、気になったから後を追った。結城さんから薬をもらって舞華が飲んでるのを見た。いつ薬を飲んだのか訊いてたな……それよりも気になったのは結城さんの “お前は他人の事よりも自分の身体の事を心配してろ。こんな物ばかり飲んでたら、心も身体も本当にボロボロになるぞ” って言葉だ。どういう意味だ?」
信也の言葉に私は溜め息を吐いた。
「詳しくは話さない。だが、聞かれてしまった以上簡単な説明だけはしておく。この事は美佐子さんも敦さんも知らない、絶対に誰にも言うな。静斗にも、だ」
舞華がこの二年間隠し続けている事だった。
これ以上、周囲に心配を掛けたくないという舞華の気持ちは分からなくもないから私も黙っていたのだ。
「舞華はこの二年、薬を飲んでいる。あいつは薬を飲まないと日常生活を送るのも厳しい時があるんだ。だからと言って麻薬じゃない。分かってるとは思うが先に言っておく」
何が原因かなどというくだらない説明は不要だ。
薬が必要な状況になるのがどんな時かも愚問だ、説明する気もない。
「色が分からないとか声が出ないなんてレベルじゃない。常用しているわけじゃないがあの薬に頼ってるのは確かだ」
「あの震えは……?」
「信也、あいつは……舞華はもう限界なんだ」
ここ一年で服用回数が増えている。
あの薬を長期常用するとなれば舞華は日常生活すら普通に送れなくなるだろう。
正直、今だって見ているのも辛い。
無理に笑い、仕事に没頭し、現実から逃避して不安に押し潰されそうになると薬を飲む。
私と結城さんはそれを見てきた。
この二年間……内側から壊れていく舞華を。
おかしな誓いを立てて自分を追い込んでいく舞華をラクにしてやりたくても出来ない。
目を覚まさない麗華を恨んだ事だってある。
「お前達のレコーディングや撮影を関東でしかやらないのも、飛行機に乗せないのも、全部信也の……GEMのためじゃない、舞華のためだ」
GEMをツアーに送り出した後、舞華の取り乱した姿を見て追加公演を白紙にした。
真実を隠しながら結城さんは追加公演を断固拒否し、美佐子さんに責められた。
今年は何かと理由をつけてツアーも行わなかった。
やったのは関東限定の三日間ライブとチャリティライブ、それと新曲発表やCDの発売記念ライブ程度。
お蔭で美佐子さんと結城さんの友人関係にひびが入っている。
私と結城さんは会社の利益や何万人のファンよりも、舞華を優先したのだ。
エゴだと言われても構わない。
「海外にだって舞華と仲のいい……腕のいいスタッフがいるし、本当なら彼らにも手伝って欲しいと思ってるのも知ってる。だけど、それを許さないのも、GEMと麗華を舞華から離さないのも……美佐子さんじゃない、私達だ」
仕事の幅を広げているようで、限られた範囲でしか活動させていない。
“GEMは海外でも通用する” という美佐子さんの言葉も、時期尚早と言って結城さんは却下し続けている。
ビル●ードにだって名を連ねるだけの実力は持っているのに私達はそれを許さない。
恨むなら私と結城さんを恨めばいい。
そういう覚悟で顔を上げた私の眼に飛び込んできたのは蒼白になった信也の顔だった。
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次回更新9月24日です。
私事ですが先日第二サイトをOPENさせました。
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