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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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微変(綾香&信也)

「麗華ちゃん、今年もあと少しよ。年末はGEM、大忙しなの。なのに、あの曲がまだ完成してないって英二が言ってたわ」

 私は麗華ちゃんの身体の向きを変えながら声を掛けていた。

 あの曲とは信也が作詞した曲の事。

 病室がノックされて、姿を現したのはGEMのマネージャーの羽田さん。

「お疲れ様です」

「あら、今日はパジャマじゃないんですね?」

 羽田さんは現在、この病院に入院している。

 時間を持て余しているのか、毎日麗華ちゃんを見舞ってくれているのだ。

「今日退院なんです」

 羽田さんはボストンバッグを持っていた。

 退院の挨拶に来たらしい。

「そうなんですか、おめでとうございます」

 羽田さんの代わりは司が勤めていると英二から聞いていた。

 司なら女でも安心できる。

 仕事も羽田さんに訊いてしっかりとフォローしてくれていると英二が言っていた。

「でも、社長命令で年内は自宅療養なんですよね」

 羽田さんはそう言って苦笑し、私に缶コーヒーを差し出す。

「いつも頂いてばかりですみません」

 私はそれを受け取ってベッド脇のテーブルに置く。

「英二から何か聞いてますか?」

 羽田さんは急にそんな事を尋ねてきた。

 私と英二が一緒に住んでいる事は事務所だけでなく、ファンも知っている。

 以前写真誌に撮られた事があったからだ。

「何かって?」

 昨日は涼の部屋に行くと言って出て行ったまま帰って来なかった。

 ようやく帰って来たと思ったら、シャワーを浴びて出て行った。

 おそらくメンバーと事務所傍の喫茶店でモーニングでも食べるんだろうと思って、特に気にもしていなかった。

 会話もほとんどなかったし、昨日の話の内容は分らない。

「昨日は涼の部屋で飲んでたみたいだけど、何を話し合ってたのかは聞いてないですね」

 私は正直に答えた。

 羽田さんはそれ以上訊いてくる事はなかったが、何か考えているように思えた。

「麗華さん、年末はGEMがたくさんテレビに出るんですよ。楽しみにしてて下さいね」

 羽田さんはそう言って麗華ちゃんの手を軽く擦った。

 相変わらず麗華ちゃんは無反応。

「じゃ、また来ますね。自宅療養ですから時間もたっぷりありますし」

 羽田さんはそういい残して病室を出て行った。

 私は舞華ちゃんが以前持ってきてくれたCDを掛けて、ベッド脇の椅子に腰を下ろし、羽田さんがくれた缶コーヒーのプルトップを引いた。

 麗華ちゃんは私に背を向けるように眠っている。

 「……」

 一瞬、何か聞こえたような気がした。

 私は立ち上がって麗華ちゃんの正面に回る。

「麗華ちゃん?」

 麗華ちゃんは顔を顰めていた。

 小さく呻くような声を漏らしている。

 私は慌ててナースコールを押した。



 昼間、スタッフと共に昼食を摂っている俺の携帯が鳴った。

 麗華に変化があったという電話だった。

 これから検査をするらしい。

 俺はメンバーにその事を告げて病院に向かう事にした。

 一人で向かうつもりだったが、その後にテレビ収録があったためメンバー全員で向かう事になった。

 舞華が一生懸命司に何かを伝えている。

 俺にはさっぱり分からないが、静斗はその様子を見て結城さんに声を掛けていた。

「舞華が病院に行きたいって言ってる。あんた暇なら頼めないか?」

 静斗が結城さんにお願いするとは思わなかった。

 しかし、テレビ局に連れて行くわけにはいかないし、司は代理とはいえ俺達のマネージャーだ。

 舞華と一緒には動けない。

「私からも頼む」

 司が舞華の身体を結城さんに押し付けた。

 その舞華の身体が小刻みに震えている。

 それに気付いた途端、結城さんは表情を変えた。

「舞華来い」

 舞華の肩を抱いて結城さんはスタジオを出て行った。

 司は何も言わずにゆっくりと閉まっていく扉を見つめている。

「悪い、俺トイレ」

 舞華の様子が気になった俺は追うようにスタジオを出た。

 自動販売機の前に二人の姿を見つけ足を止める。

「先にこれ飲んどけ。自分でもやばいのは分かってんだろ?」

 結城さんが舞華に何かを手渡す。

 ……薬だ。

 受け取った舞華に目の前の自動販売機で買ったと思われるミネラルウォーターを手渡して結城さんは髪を掻き上げる。

「今日何回目だ?」

 結城さんの問いに舞華は人差し指を一本立てた。

「昨日の晩は?」

 結城さんの表情は厳しい。

 舞華は小さく首を振った。

「飲まないで眠れたのか? それともあれから朝まで寝てたってのか?」

 飲まないで眠れた?

 睡眠薬?

 いや、これから病院に行くというのにそれはないだろう。

 舞華は再び首を横に振って薬を飲み下した。

「少し様子を見てから動くぞ」

 結城さんは舞華を自動販売機の前にある椅子に座らせ、その隣に腰を下ろした。

「麗華の事もGEMの事も心配ない。お前は他人(ひと)の事よりも自分の身体の事を心配してろ。こんな物ばかり飲んでたら、心も身体も本当にボロボロになるぞ」

 どういう事だ?

 舞華は何を飲んでる?

「暫く肩貸してやる。寝とけ」

 舞華の頭を抱き寄せるようにして結城さんは自分の肩に寄り掛からせた。

 安心したように目を閉じる舞華から目を逸らす事ができなかった。

 結城さんは厳しい表情のまま壁を睨みつけている。

 どれくらいの時間それを見ていたのか分からない。

「信也、どうした? 行くぞ」

 急に背後から声を掛けられ、俺は大きく肩を振るわせた。

 当然結城さんも気付き顔を上げる。

「信也……いつからそこにいた?」

 結城さんは怒りを含んだような顔で俺を睨んでいた。

「結城さん、舞華を任せる。信也は後で私が話をつける」

 司も俺を睨むように見上げていた。

「絶対に誰にも言うなよ。美佐子さんや敦さんにも、だ」

 小さな声でそう言うと、司はさっさと歩いて行った。

 司の様子からも何か知っている事は確実だ。

 結城さんと司だけが知っている何か……。

 舞華は結城さんの声に反応しなかった。

 もしかしたら眠っていたのかもしれない。

「司」

 俺は司を追い掛けその肩を掴んだ。

「黙れ」

 勢いよく手を振り払った司は怒りを隠そうともしない。

「後で簡単にだけ説明してやる。それまで今見た事は忘れてろ、私に話し掛けるな」

 駐車場の車の前には既にメンバーが居た。

「信也遅いよぉ」

「大だったんじゃねぇの?」

 涼と英二がクスクス笑う。

 メンバーに対してはいつもと変わらない様子で淡々と話している司。

 どうやら俺は見てはいけないものを見てしまったらしい。

 麗華……お前も何かに気付いてるのか?

 だったら教えてくれ。

 舞華はどうしたんだ?

 何かしてやる事は出来ないのか?

 病院に向かう車内で考え込む俺に話し掛けてくる奴は居なかった。

 麗華の事を考えていると思ったんだろう。

 しかし、俺の頭の中では結城さんと司の言葉がエンドレスリピートしているだけだった。


ご覧頂きありがとうございます。


とうとう100話ですよ……。

大台乗っちゃいました。

Afterより長くならないように頑張ります。


次回更新9月17日です。


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