二
広間には鎮の見知った顔が並んでいる。礼服を着ているわけではないが、その様はまるで通夜で、異様さに鎮は身を竦ませた。
その中にはやはり両親もいて、鎮の姿に気付くとどちらも驚きの表情を見せた。
「鎮……どうして、お前が?」
声を発したのは母親の方だった。鎮はどう答えたらいいかわからずに俯く。留守番をしていなければならなかったのに、悪いことをして叱られているような気分だった。
「道案内に使わせてもらった。それから、立会人に任命した」
鎮の代わりに答える少女は文句など言わせないとばかりだった。
「どうぞ、お座りください」
集められた村の大人達の前、座布団が一枚置かれ、村長が促す。しかし、少女はそこまで行くと、座布団を足で後ろへと蹴飛ばし、鎮を振り返った。
「これはお前が使え」
「えっ」
戸惑う鎮を無視して、少女はその場に胡座をかいた。
何も言うまいと村長が少女の向かいに座っては鎮も立っているわけにはいかなかった。
「わかっているだろうが、神楽機関の者だ。回収に来た」
鎮が座ってから、少女は言った。感情がこもらない声だった。これだけの大人を前に微塵も緊張していない様子だ。
「この通り……」
村長は少女の前に骨壺を差し出す。
「こちらは荷物です」
村長の隣に座るのは村長夫人だ。彼女がさほど大きくない鞄と白い日本刀を押し出す。
それを見てしまうと鎮は何とも言えない気持ちになる。派手な制服に腰に白く美しい刀を下げていた少女は、それ以外はまるで小旅行にでも来たかのようだった。
少女は受け取るとガサゴソと荷物を漁り始めた。無造作に中身を取り出して行く様は行儀がいいとは思えない。大人達の中には嫌悪を顔に出した者もいた。
何かをポケットに収めたのが見えても問うこともできない。
「何か足りないのでは?」
少女の表情は少年からはよく見えない。けれど、声の低さが彼女の怒りを表していると感じられた。
「着ていた服はそちらで手配した方々が処分されたと思いますが」
「わからないのなら、はっきり言おうか? 勾玉のネックレス、指輪、腕輪、ピアス」
村長夫人が息を呑む音が鎮にも聞こえた。
「あれは売っても金にならないどころか、作り主の念がこもりすぎているせいで厄介なことになるぞ。呪われる」
冗談でも脅しでもなく、本当だと鎮は察した。そもそも、彼女達の存在自体が不可思議なのだから、何が起きても全く不思議ではない。
「今、お持ちします」
さっと村長は立ち上がり、部屋を出て行く。
「失礼しました。大事な物のようだったので別の場所に保管していたのです」
村長がハンカチに包んだ物を少女の前に置く。確かに少女が言った通りの物がそこに揃っている。あの少女が身につけていたものだと鎮も思い出す。
「見え透いた嘘を」
少女は吐き捨て、村長を射るように見る。
「他人様の大事な物を夫人のジュエリーボックスに? 空き巣に入られたらまず狙われるな。尤も、それは必ず持ち主の元に戻ってくるという代物だが」
今度は村長と夫人が同時に息を呑んだ。まるで見たかのような物言いだと鎮は思う。鎌を掛けたということか。そして、どうやら図星のようである。
しかし、少女は弁解など聞く気がなかった。
「今度こそ確かに」
そう言って少女はその装飾品の全てを身につけ、刀も自らのベルトに下げ、骨壺を抱えた。
それからすっと立ち上がり、大人達に背を向けると鎮を見下ろした。
「では、私は帰る。その前に件の池に案内を頼む」
「えっ」
少年は驚いて少女を見上げる。すぐに済むとは聞いていたが、予想とは全く異なる展開であった。それは大人達にとっても同じことだ。
「お待ちください! 帰るとは?」
「言葉通りだ。私はもうこの村を出て、帰還する。用は済んだからな」
少女はそれが当然のことだと答える。ここに帰る家はない。少女の家は神楽機関、それだけだ。
「あー、その荷物は適当に捨ててくれ」
思い出したように少女は言う。前の巫女の荷物など少女には必要ないものだった。
「あ、あなたは後任の巫女ではないのですか?」
少女を決して帰すまいと村長は問う。ぴくりと少女は眉を跳ねさせた。
「後任? 巫女に後任があるか。引継はしない。私は回収に来ただけだ」
少女はぴしゃりと言い放つ。
「我々はあなたを帰すわけにはいかないのですよ」
村長の重々しい声が響き、空気が緊迫したものへと変わる。立ち上がる村人達のそれぞれの顔を少女はぐるりと見回した。
「なるほど、これが前の巫女を死なせた者達の顔か。嫌な顔だ。不愉快極まりない。吐き気がする」
村人達の顔に動揺が走り、少年もまた少女の言うことがわからなかった。
「何を……彼女は化け物に」
村長が震える声で紡ぐ。そうなのだ。前の巫女はこの村にいる大蛇に殺された。それは間違いない。
「化け物……だが、お前達の私を見る目も化け物を見る目だ」
少年は座ったまま、どうしていいかもわからず、否定の言葉も出なかった。
普通に会話を交わしたが、どこかでは彼女は自分とは違うとわかっている。前の巫女だって村人達がどうにもできないような大蛇の相手をしにきた。
「巫女はどこに行ってもそうだ。化け物を相手にするやつが普通なわけもないが」
少女は慣れっこだと言わんばかりだ。
唯一帯刀を許された神楽機関の巫女の仕事と言えば、神を鎮めることだ。かつて、その土地を守ってきた神達は今怒っている。
皆、伝説の神など存在しないと思っている。伝承を忘れ、信仰を忘れ、神の居場所を侵し、その怒りに触れる。
この大蛇村で言えば、大蛇がそうなのだ。つい先日まではのどかな田舎の村であったのに、今は恐怖に支配されている。
異変が起きたのは村のリゾート開発計画の話が出たからだ。蛇の大量発生であったり、村人が病に倒れたりと不可解なことが続いている。
巫女からすれば非常によくあることだ。何もかもどうにでもある話なのだ。神楽機関は巫女を育成し、日本中の神々を鎮めてきた。そんな神楽機関が国家機関として認められたのはつい最近のことでもある。帯刀を許すという特権まで与えられて。
今までは影で動いてきた巫女の存在が認知されたが、それは化け物として広めたのと同じだった。
怒れる神々は人々にとっては化け物も同じ、それに対する巫女も人としては扱われない。
「しかし、化け物扱いして、信じもせずに、ピンチの時だけ縋って、都合が良すぎると思わないのか?」
たとえ、巫女の存在が公の者となっても不信の目を向ける者は多い。巫女が来ても信じないくせに神の怒りを目にしてしまえば、途端に助けてくれと言い出す。
「エゴを守ってくれるお人好しのヒーローなんて幻想さ。背中にファスナーがついてる作り物だ」
少女は早口に言って、くるりと村人達に背を向ける。
「私の背を見ろ。ファスナーがあるか? ないだろう? 生憎、私は正義の味方ではない」
巫女とはどんな存在であるか、正しい理解は得られていない。巫女は巫女である、現状ではそれだけのことだ。巫女である少女達のことも実際に合わなければ知ることもない。
その巫女の冷たい目に見下ろされ、鎮は動くことができなくなった。
「少年、ヒーローショーを見たことは?」
「昔、本当に小さい頃、遊園地に連れてってもらった時に」
鎮はふと思い出す。あれは小学生の頃だったか。特別、思い入れがあるわけでもない。昔はそれなりに好きだった特撮ヒーローも今は大して興味もない。
「ヒーローには子供達の声援が必要だ。そうだろ?」
鎮は頷く。お姉さんの呼びかけで子供達がヒーローを呼ぶ。お決まりのパターンが今は空しく感じられる。呼べば助けに来てくれるヒーローはいない。彼らが戦うのは作り物の敵、大蛇ではない。
「私達は化け物と言われるが、任務を遂行するには巫女の力はそれほど関係ない。守られる方が問題なのさ」
鎮から見て少女は少女だ。性格に問題はあるが、美少女である。とても、あの大蛇に対抗できるとは思えない。それは前の巫女も同じだった。
帯刀してこそいるが、それであの大蛇を斬るのか、斬れるのか、疑問は多い。
「自分達を守る盾の性能を信じないで、矛の強さを信じないでどうする? それは助かりたくないのと同じではないのか?」
少女の言わんとすることがわからないわけでもない。けれど、できなかったから今がある。神さえも信じなかったというのに。
「だから、彼女は死んだ。こんなちっぽけになってしまった」
少女が骨壺を掲げれば、鎮としては何とも言えない気持ちになった。つい先日まで生きていた少女だ。それが今、ただの骨だ。小さな入れ物に収まり、物として扱われている。




