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水ある所に現れるモノ

作者: 凜乃 初

 人間は水を本能的に恐れるものだ。

 なぜだろうか?

 水に意思はない。自分で好きに動くこともできない。

 しかし人間は水を怖がる。

 これは、水を怖がる人間をあざ笑う。


 そんな存在のお話。


「ふぅ……つっかれたー」


 その日、私が仕事で疲れ切った体を引きずって帰宅したのは、すでに深夜でした。

 ソファーにバックを投げ捨て、自分は台所に備え付けられた自動湯張り機のボタンを押します。

 残業に次ぐ残業、さらにそれが給料に反映されないことが、私の疲れとストレスを増長させていました。

 そんな私が疲れとストレスを発散させる、唯一といっていい楽しみがお風呂です。

 少し温めのお湯を張り、半身浴でじっくりと体を温めて行く。

 お風呂に入っている間は、仕事や人間関係を気にすることなく、心を解き放てる感じが大好きでした。


 当然、いくら遅くなっても大好きなお風呂だけは欠かしません。

 その日も、同じようにお風呂に使っていました。


 不思議なことが起こったのはお風呂に入って10分くらいしてからだったでしょうか。

 突然シャワーが出始めたのです。


「な! なにっ!?」


 家のアパートのお風呂は、シャワーと蛇口の元が一体になっており、その時は蛇口から水は出るように設定してありました。

 もちろん栓はしっかりと閉じられています。

 つまり通常では考えられない現象が今私の目の前で起きていました。


 出る、止まる、出る、また泊まるを繰り返すシャワーに私は怖くなり、急いで浴室から飛び出しました。

 そして体をふくのもそこそこに、携帯で同じアパートに暮らす会社の友人に電話をかけます。

 話を聞いた友人は水漏れか何かだろうと結論付け私に整備会社に電話するように促しました。

 私の住んでいる家は賃貸マンションで、整備会社が24時間対応してくれるサービスが付属されています。

 友人との会話で少し落ち着いた私は整備会社に連絡し、すぐに来てもらいました。

 けど私はその間、怖くて浴室に入ることができませんでした。


 10分ほどで修理の人が来てくれたでしょうか、私はすぐに浴室へと案内します。


 しかし、その時すでにシャワーの水は止まっていました。

 私がことの経緯を説明すると、整備会社の人が蛇口を調べ、元栓がだいぶ痛んでいることを私に報告し、その場で変えてくれました。


「もう、私バカみたいじゃない……これもあの禿オヤジのせいだ!」


 私は明確な原因が分かると、怖がっていた自分が急に恥ずかしくなり、修理の人が帰るとすぐに布団にもぐりこみます。そして日頃から、私に何かと注文を付けてくる中年禿オヤジのせいにして疲れを癒すために眠りに着きました。


 翌朝、目が覚めるとそこには信じられない光景が広がっていました。


「えっ?……」


 私の部屋が水浸しになっていたのです。

 床だけならまだしも壁や天井、ハンガーにかけていた服からも水が滴り落ちていました。もちろん電化製品はすべてショートしてしまっていました。

 その光景に私は声も出ません。

 ベッドから降りれば、カーペットはグッショリと水分を含んでいることが分かります。観葉植物の土は流れだし、辺りに泥のアートを作り出していました。

 光を取り込むため遮光カーテンを開けば、外は雲一つない青空が続いています。

 つまり雨が降った訳じゃない。いや、いくら雨が降ったからと言っても、ここまで水浸しになるのはおかしい。

 そして私は昨日のお風呂での出来事を思い出しました。


「だ……誰か、助け……」


 テーブルの充電器にさしてある携帯は幸いに防水加工がしてあり無事でした。私は駆け寄り震える手で友人の電話番号をアドレス帳から引っ張り出します。

 そしてコール。

 電話に出たまだ寝ぼけている友人は、私の尋常じゃない慌てっぷりを察して、家まで来てくれることになりました。


 部屋の惨状を見た友人は驚き、私を友人の部屋に連れて行ってくれます。

 そして大家と整備会社に連絡し、どうして水浸しになったのか調べてもらうことに。


 その間、私は友人宅にお世話になることになりました。


 その事件以来、私は水を怖がるようになりました。

 飲み水や結露などは大丈夫なのですが、トイレやお風呂など水が大量に流れる所を恐怖するようになったのです。


 友人宅にお世話になってから3日、いまだに水浸しになった原因はわかりません。

 しかしいくら怖いと言っても、お風呂に入らないわけにはいきません。

 その日も恐怖を必死にこらえながら、シャワーを浴びていました。


 すると今度は急にシャワーの水が止まったのです。


 私は髪を洗っていた途中だったので、手探りで蛇口を探します。

 私が蛇口を見つけ、捻ろうとした瞬間――


 バッ!!


 私の手は何者かに強くつかまれました。


「キャアァァアアア!!!」


 私は悲鳴を上げ、すぐさま浴室から飛び出します。


 悲鳴を聞いた友人も、すぐに駆けつけてくれました。

 私がことの経緯を説明すると、友人は浴室を確認しに行きました。

 戻ってきた友人は浴室に誰もいないことを告げ、タオルか何かにあたったのだろうと言います。


 しかし私は、その時恐怖のどん底に陥っていました。

 友人の背後、浴室の中に人の形をした水がゆらゆらと揺れていたのです。

 私は指で友人の背後をさすと、友人が振り返ります。

 が、すでに水は元の形に戻り排水溝へと流れていってしまっていたのです。


 それはまるで私をあざ笑っているかのようでした。


 翌日から私は会社のシャワーを使うことにしました。

 友人も、しぶしぶではありましたがそれに付き合ってくれました。


 しかし、その行為は無意味でした。


 シャワーを浴びていると、急に息ができなくなったのです。

 まるで水の中に閉じ込られたかのように。


 私はだんだんと薄れゆく意識の中、床のタイルの上の水が文字を描いているのが見えました。


 『誰も水からは逃げられない』


 その文字を読んだ瞬間に私の意識は無くなりました。


 気がつくと私はロッカールームに寝かされていました。友人の話では私が突然溺れたように手をバタバタさせ、苦しそうにした後その場に倒れたそうです。


 それを最後に怪奇現象は起こらなくなりました。

 もしかたら、会社の同僚の誰かに乗り移ったのかもしれません。


 『誰も水からは逃げられない』


 その言葉が今も私の頭の中をぐるぐると回っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして 身近なものだけにヒヤッとしますね。 今日のお風呂、今すぐには入りたくないなーと思ってしまいました。
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