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ただしイケメンに限る

作者: 星椋歩

吉男はイケメンが大嫌いだ。いや、彼にとってイケメンとは永遠の敵ですらある。

とにかくイケメンが憎くて憎くてたまらない。

世界が悲しみで満ちているのも、不幸な戦争や社会問題が絶えないのも、すべてイケメンが存在しているせいだと彼は思っている。本気でだ。


「世の中は間違っている! あいつらばかり優遇されやがって! ただイケメンという、それだけの理由で!」


彼は日々自室を改造した研究室に閉じこもり、世界革命活動と称してネット上でイケメンを罵倒し続ける。そう、吉男は天才科学者兼革命家(自称)。彼こそが世界を闇黒のイケメン支配から解き放つ救世主、ブサイクユートピアの頂点に君臨する男なのだ。

彼のユートピアに魅了される婦女子は、もちろん皆無である。だが、彼は寂しいとは思わない。彼には彼の夢見る世界に先んじて現れた仮想現実、二次元ワールドが存在するからだ。

彼は恋愛シミュレーションと銘打たれたゲームたちが大のお気に入り。発売日は事細かにチェックし、ゲーム店に足しげく通う彼の情熱は大地のマグマよりも熱く、そして暑苦しい。


「よしよし、今月の期待作をやるか、さっそく……」


モニタ画面の中では老若男女、有形無形、有象無象、魑魅魍魎、五臓六腑の美少女達が登場し、彼女ら全員が吉男を礼賛し、崇拝するのだった。たまには負けん気の強い女の子もいるけれど、百戦錬磨(モニタ内限定)の吉男には彼女の本心もスケスケの某パソコン筐体を見ているかのようにお見通し。


「うんうん、かわいいなぁ、意地張っちゃって……ん? な、何だと!!」


彼は突然激怒した。許すべからざる事に、でかでかと表示されたメインヒロインの一枚絵にゲームの男主人公まで登場していたのだ。本来吉男の分身であるべきその主人公たるや、どう見てもテンプレ通りのイケメン像である。


「ぐぬぬ!!」


吉男はマウスカーソルを主人公画像の上に持っていくと、高速右クリックでそれを三百回連打。男キャラの画像を消す事が出来ないと知るやいなや、ものすごい勢いでパソコン本体を開け、ハードディスクを引っこ抜くと同時にそれを壁に思いっきり叩き付けた。

ぎゅーんというけたたましい音を立ててへこむハードディスクの外装カバー。吉男にはそれがイケメンの断末魔のように聞こえ、彼はまるで魔王を討伐したかのような恍惚感を味わう。


「この野郎! 思い知ったかイケメン……ぜぇ……ぜぇ……! 俺の前に二度と姿を現すな!」


だがこの後彼は、ハードディスク再購入の出費により手痛いしっぺ返しを食らうことになる。


吉男のこうしたイケメンに対するささやかな抵抗はこれが初めてではない。

彼のような嗜好を持つある一定の種の人間たちをターゲットとして作られたアニメやゲームには、必ずと言っていいほどモテモテの男主人公が登場する。だが、そうした主人公の容姿ときたら、まるで判で押したように例外なく美形なのである。彼らは決まって、いけしゃあしゃあと、こう言ってのける。


『俺、普通の高校生男子。普通に勉強、普通にスポーツ、普通に恋をして、なのに突然ハーレム展開。どうなってんの? 俺普通なのに』


「何が普通だこのイケメン野郎!!! 貴様は俺を完全に怒らせた!!! ぶっ潰してやる!!!!!」


普通のイケメンが普通にアニメを始めるテンプレ展開にすら激怒して大暴れ、液晶テレビを七度買い替えるほど、吉男の逆鱗は超敏感肌なのだ。

彼が感情移入できる主人公の男を見つけるのは容易な事ではない。何しろ吉男のイケメンしきい値は非常に低いのである。ヒゲの配管工や虚弱体質の洞窟探検家を操る時ですら、彼は必死に湧き上がる嫉妬や憎悪と戦っていたくらいだ。

こんな吉男だが、不思議な事に異性の外見格差には驚くほど寛容だ。彼は美女、美少女、美熟女のたぐいに対しては非常に甘い。むしろ崇拝していると言っても過言ではない。一方、少々容姿に恵まれない女性に対しては


「うむ、同志よ。武運を祈る」


とひそかにエールを送ったりもする。

彼の敵はイケメン、ただイケメンのみなのだ。


そう。げに忌まわしきはイケメン也。奴らこそが国家、ひいては世界にとって危険極まりない存在。か弱き乙女たちを汚し、世を乱し、景気を後退させ、少子化を促進、人類を衰退させるすべての元凶!

おのれイケメン滅ぶべし!


吉男はイケメンが如何に憎むべき存在かを啓蒙すべく、二年の歳月を費やして大作論文を書き上げた。


『形態学的不均衡是正パラダイムシフトに於ける種内低競争個体群の群衆生態学的影響および形而上学的優位性に関する一考察』


自然科学、社会科学、経済学や政治学までも網羅する、イケメンが人類に不必要な存在であることを述べた六百ページに及ぶ論文である。彼はこの論文をネット上で発表し、反響を待った。これを読んだ同志たちが必ずや世界革命の為に立ち上がってくれる、そう信じて!


しかし反響はなかった。


~~


一年の月日が流れた。この間も吉男は幾度となくイケメンに対する憎悪のために眠れない日々を過ごしてきた。しかし敵は強大であり、吉男はあまりに無力である。もはやここまでか、そう思いかけたある日の事。


「よしおー、また小包届いてるわよー! あと早くうどん食べちゃいなさいよ! 伸びるでしょ!」


母親が運んできたこの小さな包みが吉男の運命を変えることとなる。


「どのゲームだっけか……今日は発売日じゃないぞ……ん? 外国から?」


何が書いてあるかさっぱり判らない。彼は手紙をスキャナで読み取ると、それをテキストデータ化し翻訳にかけた。


「Mrヨシオ

貴君が発表した論文、ひそかに翻訳され、我々の元にも届いた。興味深く読ませてもらったよ。素晴らしい内容だった。貴君のイケメンへの負の情熱はまさにあふれんばかりだ。

そんな貴君の業績を称え、我々、グレートブサトン王国、ケンブサイク大学の有志が集まり組織した秘密結社『イケメン死ね死ね団』は、貴君を真のブサイク紳士と認め、『ブ士』の称号を贈る事にした。

貴君には称号の他にも素晴らしい物を送る事になっている。きっと貴君の役に立つであろう。

今後ともイケメン撲滅の為、精を出して働かれるよう、貴君の健闘を祈る」


綺麗に彩られたメダルと一緒に入っていたのは、柔かい布で何重にもくるまれた小瓶。吉男は遠く海外の組織が自分の功績を認めた事を知り、天にも昇る思いだった。


「見ろ、やっぱり間違っていない! イケメンは滅ぶべきなんだ!」


吉男は一人で雄たけびを上げ続けた。うどんはすっかり伸びていた。


「そうだ、この小瓶はなんだ?」


落ち着きを取り戻しラベルを見ると、ただ一文字『※』とだけ書いてある。厳重に口が封じられているが、中は空っぽのようであった。吉男は瓶の口に結ばれている小さなメモ書きを翻訳してみた。


「この瓶には恐ろしいウイルスが入っている。しかもイケメンのみを選択的に狙うように人為的に作られたウイルスなのだ。我々の長年の研究の成果が全て詰まっている希望の瓶、これを有効に使え。今こそ革命の時だ」


吉男はこの時歓喜に震えたという。

彼は手にしたのだ。イケメンの邪悪な力に対抗する唯一無二の武器を。それはまさに世に立ち込める暗雲を薙ぎ払う神秘の力。海を渡ってはるばる吉男ブ士の元に馳せ参じた、忠実にして残酷なる僕。

彼は小瓶を握りしめると、伸びきったうどんの事も忘れ家を飛び出した。


しばらくの後、彼は繁華街の中心にいた。辺りを見回すとイケメンどもが彼女を連れ闊歩、あるいは可憐なる乙女に声をかけ、あるいは我物顔で肩で風を切って歩いている。普段ならこの絶体絶命的状況に萎縮する吉男も、本日は一味違う。


「革命ここに成れり!」


彼は小瓶のふたを躊躇なく開け、天にかざした。


そして、それは起きた。


~~


吉男は未だ冷めやらぬ興奮を表に出さぬよう、平静を装って街に出る。あの一件の後も、イケメンたちは相変わらず見栄えを磨くことに余念がなく、女性の前でやたらと髪をいじり、顔の角度に気を使い、流し目で甘い言葉を発していた。


だが、彼らの努力は、もはや虚しく意味がない。


鼻毛。そう、鼻毛である。

均整のとれた鼻より飛び出し、ピロピロと鼻息に揺れる彼らイケメンの鼻毛を何とも言えない微妙な顔つきで見つめる女性たち。それを目撃するたびに、吉男は自身の活動の勝利を確信し、ひそかにほくそ笑むのだった。


イケメンの鼻毛が伸び続け、止まらなくなるという恐るべきウイルス、通称『※ウイルス』は、瞬く間に全国に広がり、やがて世界を覆い尽くした。

彼らがどんなに切ろうが脱毛しようが、鼻毛は猛烈な勢いで伸びてくる。それはきっちり秒速5センチメートルであった。伸びる鼻毛は一メートルほどの長さで自然脱毛する。伸びては落ち、落ちては伸びるロン鼻毛、それはまさに見るに耐えない醜悪さ。彼らが数分立ち止まるだけで、その周りはワッサワッサと鼻毛の山ができる。

もちろん吉男の鼻には何の異常もない。これはイケメンに与えられた過酷な枷なのだ。


吉男は成したのだ。イケメンへの復讐、そしてブサイクユートピアの創設を。


「どうだ! これこそがあるべき世界! イケメンが恥じ入り隠れる世界! 世界平和は来たれり! 思い知れイケメン! 奴らは程なく滅び去れり!」


~~


という吉男の考えは、いともあっさりと打ち砕かれた。


世界的な『鼻毛ブーム』の到来である。


巷では『鼻毛ドレッサー』なる職業まで誕生し、鼻毛の手入れで美を競う始末。

女性雑誌などは『鼻毛もしたたる良い男』という特集記事が組まれ、そこでは、長く、速く、美しい鼻毛を育む事がイケメンの必要条件とされた。鼻毛の育たない吉男は相変わらず侮蔑の対象である。大好きなゲームやアニメ、そこに登場する主人公に描かれた揺れる鼻毛を見て、彼はため息をついた。


事態ここに至り、吉男はようやく気付く。

イケメンは、何があってもイケメンなのだ。鼻毛がどれだけ生えようが、彼らは相変わらずイケメンである。イケメンとは外見ではない。即ち存在そのものがイケメンなのである。

吉男は己の無力さを痛感せずにはいられなかった。


だが彼はあきらめない。

視覚が駄目なら聴覚、あるいは嗅覚。吉男は覚醒し、生物学、細菌学の最先端技術を独学で習得、目下イケメンだけオナラが止まらなくなるウイルスを開発中である。


「おのれイケメン! 今に見ていろ!! わしの※ウイルスは108まであるぞ!」


なお、初代※ウイルスを送ったイケメン死ね死ね団は、事前に大量投資していた鼻毛カッター製造会社の株により巨万の富を得たのであるが、それは吉男の知る所ではない。

主人公最強物を書こうと思ったらあまりにつまらないので絶望して

ムシャクシャして書いた

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