6.彼の揺れゆく想い
「編集長!ス、スクープですよ、スクープ!」
「何、スクープだとぉ?どんなスクープなんだよ?」
「この写真見て下さいよぉ!ほら、これ!」
「ん...。ここに写ってるのは、おまえ、まさか...!」
「ね!すごいでしょ!?これは大スクープですよ!こういう見出しはどうですか?あのトップアイドル夢百合香稟、売れっ子タレント連章琢巳との深夜の密会!」
「うんうん、これはすごいぞぉ!おい、明日の朝刊、これを載せろぉ!しかも芸能トップでだぁ!!」
あるスポーツ新聞社では、いきなり舞い込んだスクープに、激しいほど慌ただしくなっていた。
しょぼいトップニュースを予定していただけあって、降って沸いてきたようなこのニュースに、誰もが興奮の坩堝と化していた。
それは、スーパーアイドルにはあってはならない、夢百合香稟のスキャンダルだった...。
* ◇ *
翌日の朝、ここは唐草潤太の自宅である。
潤太は未だ夢の中にいた。
幸せそうな顔をして寝ている潤太。きっといい夢を見ているのであろう。
そんな彼の幸せを、大声と物音で一瞬のうちに破壊する者がいた。
『ドンドンドン!!』
「おい、兄貴!起きろよぉ!た、大変なことになってんだよぉぉ!!」
弟の拳太は叫びながら、とめどなくドアをノックしている。
突然の朝の慌ただしさに、潤太は深い眠りから目覚めてしまった。
「な、何だよぉ...?まだ、7時じゃないかぁ...。」
「と、とにかく起きろよぉ!と、とんでもない芸能ニュースやってるんだよ!!」
「...芸能ニュース?言っておくけど、ボクは誰かと誰かが結婚したとか、そういった話題に興味なんかないよ。」
「違うんだよ!香稟ちゃんのニュースなんだよ!」
「...香稟ちゃんの!?」
驚きのあまり、ガバッと起きあがった潤太。
彼はものすごい勢いで、自室のドアをこじ開ける。
「おい、香稟ちゃんのニュースって、か、彼女に何かあったのか!?」
眠気もぶっ飛んだ潤太は、ただならぬ表情の拳太に連れられて、居間にあるテレビへ向かって走り出した。
「...!」
潤太の目に映ったもの。それは、夢百合香稟のスキャンダルを報道する芸能ニュースの映像だった。
潤太は立ちつくしたまま、テレビに映るテロップを読み上げる。
「スーパーアイドル夢百合香稟に恋人発覚...。相手は売れっ子タレントの連章琢巳...。」
潤太は頭の中が真っ白になっていた。
予想もしなかった事実、この信じがたい事実に、彼はトンカチで頭を叩き付けられる思いだった。
「う、うそだろ...?ま、まさか...。」
「...やっぱりさ、香稟ちゃんも芸能人なんだよな。相手があの連章琢巳じゃあ無理ないよな...。」
「......。」
潤太は唖然としたまま、金魚のように口をパクパクさせている。
拳太は、このスキャンダル報道を詳しく説明する。
「昨日の夜に、連章の住んでるマンションに入っていく香稟ちゃんと、迎えに来たマネージャーと一緒に車で走り去るのを激写されたらしいよ。ドラマの打ち上げパーティーのあとの密会らしいね。」
「そうか...。」
潤太は崩れるように、テーブルの側にあった椅子に腰を下ろした。
彼の頭の中には、友人である色沼と浜柄の二人が話していた会話が思い浮かんでいた。
「つまり、ゲイノースキャンダル!夢百合香稟、連章琢巳とラブラブかぁ、とかいうニュースが飛び込んでくるかもってこと!」
あの二人の言葉が現実になるなんて...。
潤太はショックを引きずりながら、いつも通りに学校へと足を運んでいくのだった。
* ◇ *
その日、潤太の通う学校内では、言うまでもなく、夢百合香稟のスキャンダルの話題で持ちきりだった。
信じられずに悲観する者もいれば、予想通りだなと納得する者もいる。スーパーアイドルのニュースは、様々な反響を呼んでいたようだ。
この日の潤太は、めっきり覇気を失っていたのか、授業中はすっかり上の空であった。
彼は思い詰めた表情で、窓から見える雲をただ目で追うばかりだった。
「ふぅ...。」
彼の溜め息は、心の中のもやもやを表すかのように灰色がかっていた。
◇
時刻が午後3時を前にすると、潤太のクラス内がワイワイと騒ぎ始めた。
潤太は、側にいた友人の色沼に何事かと声を掛ける。
「なぁ色沼、みんな、どうしたんだ?」
「これから香稟ちゃんの記者会見があるんだ。ほら、だからテレビのところに集まってんだよ。」
色沼は教室備え付けのテレビを指さした。
そのテレビの周りには、夢百合香稟のコメントを一目見ようと、クラスメイトの半数以上が集まっていた。
「お、いよいよだぞ!」
いよいよ、3時から放映されるワイドショーが始まった。
番組の司会者が、夢百合香稟のスキャンダルを淡々とした口調で語り始める。
「おっと、オレも見なきゃな!」
この時ばかりは潤太も気が気じゃなく、急ぐ色沼の後に付いていく。
テレビのブラウン管越しに、報道陣に囲まれたスーパーアイドル、夢百合香稟の悲しげな姿が映し出された。
止まないフラッシュの嵐、四方八方から飛び出す集音マイク、そのすべてが、たった一人のアイドルへと向けられていた。
潤太は人混みの隙間から、テレビに映る香稟の映像を見つめた。
テレビからは、厳しくもしつこい報道陣の声ばかりが聞こえてくる。
「香稟ちゃん!この報道について教えて下さい!本当に連章さんと密会していたんですか!?」
「ハッキリ答えて下さいよ!連章さんとは正式なお付き合いをしてるんですか!?」
止まることなく続く報道陣の質問。
香稟は神妙な面持ちで、そのしつこい報道陣に向けて重たい口を開く。
「...確かに、連章さんのマンションに行ったのは事実です。」
香稟はうつむき加減で弁解を始める。
「だけど、あたしは、マネージャーと一緒に行っただけです!連章さんとマネージャーは知り合い同士だったので、それがきっかけでお誘いされたんです...。」
報道陣は、彼女に嫌なほど鋭く問い返してくる。
「しかし香稟ちゃん!確か、連章さんのマンションに入った時は、あなたと連章さんの二人だけって話だけど?マネージャーは迎えに来ただけって話だけど、それはどういうことですか!?」
「た、確かに...。確かに連章さんと二人きりだったけど...。マネージャーとはあとから合流する予定になっていたんです!」
「改めて伺いますが、香稟ちゃんは、連章さんとのお付き合いは否定する...。ということなんですね!?」
「...はい。連章さんとは、ドラマで共演しただけで、それ以上のことは何もありません...。」
ざわつく記者会見の場に、マネージャーの新羅が割って入ってきた。
「あのすいません!時間に余裕がありませんので、本日はこれでご勘弁ください!」
新羅は、香稟の手を取って会見の場から立ち去ろうとする。
報道陣にもみくちゃにされながら、二人は逃げるようにその場を後にした。
その一部始終を見ていた潤太のクラスメイト達。それぞれの意見は、まさに十人十色である。
「怪しいよなぁ。二人きりでマンションに行ってさ、何もないなんて有りえねぇよ。」
「そうかなぁ。あたしは何にもなかったと思うよ。だってさ、ドラマで共演してたとはいえ、たかが二時間ドラマでしょ?期間が短すぎると思うけどな。」
「いやいや、それはアマチャンの考えだぜ!相手はあのプレイボーイの連章琢巳だぞ。香稟もさ、ヤツの毒牙にかかったと考えるのが妥当だと思うぜ?」
「毒牙って、おまえ露骨な言い方するなぁ...。まるで、香稟がヤツに騙されたみたいじゃんか。」
「ん~。確かに連章の女癖悪いの有名だもんね。その線はまんざらハズレとも言い難いわね。」
クラスメイト達の、様々な意見を聞いている潤太。
今の彼は、自分の気持ちをどう整理したらいいのか、正直言ってわからなかった。
「おい、見ろよ。今度は連章のインタビューみたいだぞ!」
クラスメイト達が一斉に、テレビの画面に釘付けになった。
噂の相手である連章琢巳の澄ました顔が、テレビを通じて映し出された。
香稟の時と同じく、報道陣が津波のごとく彼を取り囲んでいる。
「連章さん、教えて下さいよ。昨日の夜は、香稟ちゃんと二人きりで過ごしたんですか!?」
こういう報道に慣れているのか、まったく動じる様子もない連章。
「ハッハッハ!ホントにあんた達の行動は、まるでハイエナ並だね。ちょっと新聞でスクープが出ると、ここぞとばかりに湧いて出てくるんだものな。」
「いやぁ、連章さーん。これがわたし達の仕事ですからね。ねぇ、その辺答えて下さいよ?」
連章はいつも通りの、クールでニヒルな表情で話し始める。
「ああ、香稟ちゃんがマンションに来たのは事実さ。だけど、途中で彼女のマネージャーに連れて行かれたよ。これからって時ね!」
「これから?連章さん、これからってどういう意味ですか!?」
「ハッハッハ!深い意味じゃないって。一応、そういうことだからさ。これで勘弁してくれないかな?」
「あ、連章さん、もう少しでいいからお願いします!」
連章は含み笑いを浮かべながら、さっそうとその場から去っていった。
連章のインタビュー映像が終わると、教室内は再びクラスメイト達の評論タイムとなった。
「やっぱりさ、間違いないんじゃない!?絶対二人できてるよ!」
「そうかも知れねぇな。アイツのあの言い方さ、ほら、前のスキャンダルの時と同じだったぜ?」
「それにさ、香稟の言い分と、連章の言い分とが食い違ってる部分もあるしな。果たして、それが何を意味するのか!?」
さっきまでは、恋人否定説と肯定説はちょうど半分ぐらいだったが、連章琢巳のインタビューを見終えた後、それぞれの意見は、ほぼ90%近くが恋人肯定説に傾いているようだった。
潤太は信じたくない気持ちを抱きながらも、クラスメイト達の意見に流されそうになっていた。
「...アイドルは、やっぱりボクの住む世界の人じゃないんだ...。所詮、ボクと香稟ちゃんは、単なる知り合い同士に過ぎなかったんだ...。」
彼の心情は、そんなせつない思いで覆い尽くされていた。
* ◇ *
次の日、土曜日の夜だった。
潤太は心が激しく揺さぶられながらも、自分の趣味である風景画に没頭していた。
しかし...。
「くそっ!どうしても、いい色がでないなっ!」
彼は、今まで経験したことがないほど困惑していた。
見た目で普段通りを装っていても、頭の中は夢百合香稟のことでいっぱいだったのだ。
潤太は、彼女に連絡を取りたかったが、臆病風に吹かれていたようで、前日のニュースのあと、二人は音信不通のままであった。
「よし、こうしてみるか...。」
そんな取り留めない思いを紛らわそうと、彼はひたすら机の上のスケッチブックに集中していた。
その刹那、一階から彼の母親の声がこだまする。
「潤太~、電話よぉ!」
その母親の声に、彼はすぐさま反応すると、ドタドタと駆け足で階段を駆け降りた。
「まさか、香稟ちゃん...!?」
彼の心はうるさいぐらい激しく騒いでいた。
そんな彼の取り乱した姿に、母親は思わず呆気にとられた。
「あ、あんた、家が壊れちゃうわよぉ。」
母親の文句など聞く耳持たず、彼は奪い取るように受話器を手にした。
「も、もしもし!?」
「おう、オレだ、浜柄だよ。」
「...何だ、おまえかよぉ...。」
ガックリと肩を落とす潤太。
「何だよ、オレじゃなきゃ、誰だと思ったのさ?」
「いや、おまえには関係ないよ...。で、何か用かい?」
「ああ、さっき色沼から電話があってさ。明日の日曜日にどこか街へ出掛けようって話になったんだけどさ、おまえも付き合えよ。」
ありがたい誘いと思いつつも、潤太は素直に喜ぶことができなかった。
「...遠慮するよ、ボクは。何だか、そんな気分じゃないんだ。」
「おいおい、オレ達はおまえのために言ってんだぞ。最近のおまえ、やけに元気ないからな。オレ達がおもしろいところに連れていってやるからさ、付き合えって!」
潤太はしばらく考えた後、少しでも気を紛らわすことができればと、そう気持ちを方向転換していた。
「わかった、付き合うよ。で、どうすればいいの?」
「明日、おまえのところへ迎えに行くよ。だから、家で待機していてくれ。」
「わかった、それじゃあね。」
潤太は大きく溜め息をついて受話器を置く。
「...たまにはこういうのも悪くないかもな。そうと決まれば、あの絵一気に仕上げなきゃ。」
『プルルル...、プルルル...』
『ドキッ!!』
彼が部屋へ戻りかけた途端、電話のベルが静かな廊下に鳴り響いた。
ゆっくりと電話機へ近づく潤太。
「...まさか、今度こそ。」
彼はやはり、香稟からの連絡を期待しているようだった。
彼は深呼吸ひとつして、そっと受話器を上げる。
「もしもし...?」
「おー、オレだ、色沼だぁ。ハッハッハ!」
繰り返し肩を落とす潤太。
「...何か用?」
「何だよ、おまえ、やけに愛想悪いじゃんかぁ!友達相手に、そういう態度はないだろ?」
潤太の声は苛立ちすら感じさせる。
「今、忙しいんだよ。用があるなら早めに言ってくれない?」
「わかったよ!あのさ、さっき浜柄にも言ったけどさ...。」
「ああ、日曜日出掛けようって話かい?もう聞いてるよ。」
「あら、そうなの?んじゃ、話は早いな。で、おまえどうするんだ?」
「OKしたよ。特に用事があるわけじゃないしね...。」
「そうか!よし、それじゃあ、明日よろしくな!じゃあな。」
潤太は再び、大きな溜め息をついて受話器を置いた。
『プルルル...』
「わっ!?ま、またかよ。」
何ともしつこい電話である。これほど立て続けに電話が来る家も珍しいだろう。
潤太は恐る恐る受話器を上げた。
「...もしもし?」
「あ、わりぃ、わりぃ、浜柄だよ。すまねぇな。」
肩を落とすというより、もう怒り寸前だった潤太。
「もう、何なんだよ!?まだ何か用かい?」
「そう怒るなよ。あのさ、明日は、午前10時過ぎにおまえのところにいくからさ。寝坊しないようよろしくな!」
「はいよ。で、もう終わりかい!?」
「ああ、それだけだ。じゃあな!」
潤太は叩き付けるように受話器を置いた。
もう、かけてくるな!彼の表情は、そう叫んだように見えた。
「ふぅ、やっと部屋へ戻れる...。」
彼は疲れ切った顔で、二階につながる階段へと足をかけた、その瞬間だった。
『プルルル...、プルルル...』
しつこさを通り越した電話のベルの音。
「あぁぁ、もう!あいつら、何回電話すれば気が済むんだぁ!!」
潤太は怒鳴りながら舞い戻り、鳴り止まない電話の受話器を掴んだ。
「もしもし!おい、しつこいぞ!言いたいことはまとめて言ってくれよっ!!」
「...あ、あの、もしもし?」
「えっ!?」
受話器から聞こえてきた声は、彼の友人たちの声ではなかった。
しかもその声は、彼にとって聞き慣れた、しかも懐かしい女の子の声だった。
「ま、まさか、か、香稟ちゃん?」
「...うん。久しぶりだね。」
「あ、ああ、ひ、久しぶり...。げ、げげ、元気だった?」
「...うん、なんとか。」
明らかにいつもと違う、陽気さが感じられないアイドルの声。
諦めていたはずだった彼女の声に、潤太は動揺を隠せずにいた。
「...もう、あたしのニュース見たよね。驚いたでしょ?」
「...うん、驚いてないといったら嘘になるかな...。」
彼女のか細い声は、あのテレビから流れた記者会見の時と同じように、悲しくてせつない音色のようだった。
「た、大変だよね、アイドルって。あ、あんなに報道陣に囲まれちゃってさ、大変だったでしょ?」
「うん...。」
「え、えーっと...。」
潤太は何を話したらいいのかわからず、言葉に詰まってしまった。
「ねぇ、潤太クン。あなたは、あたしの言ったこと信じてくれる?」
「え!?し、信じてるって...。」
「あたしが、記者会見で言ったこと...。」
「あ、ああ、そのことか。う、うん、ボクは信じてるよ...。」
潤太は揺れ動く心のままに、当たり障りないセリフをつぶやく。しかし彼の心中は、香稟を信じてよいのかわからなかったのだ。
「ホントに?よかった...。あたし、潤太クンに信じてもらえなかったらどうしようかと思っちゃった。」
「香稟ちゃん...。」
ホッとしたのか、香稟の声の悲しさが少しずつ消えていった。
彼女のそんな気持ちを感じた潤太は、頭の中を覆っていたもやもやが、ゆっくりながらも薄らいでいく感じがしていた。
「あのね、潤太クン。明日の日曜日、ヒマかな?」
「え...。」
ついさっき入った予定を思い出し、潤太は言葉に詰まってしまう。
「あ。もしかして、もう予定がある?」
「ゴ、ゴメン...。実はついさっき、仲間と遊びに行く予定を入れちゃって。」
「そうか、残念。また今度だね。」
「ゴメンね。また、次の機会に声掛けてよ。」
「そうする。今日はもう遅いから、そろそろ切るね。それじゃあ、おやすみなさい。」
「う、うん。おやすみ。」
潤太は静かに受話器を置いた。
彼はこの瞬間、正直ホッと胸をなで下ろしていた。
それは、彼女に対する不信感が消えていくような、そんなスッキリとした心情であった。
「あーあ。こんなことなら、無理やりアイツらの誘いに乗るんじゃなかったなぁ。」
先に入れてしまった日曜日の予定を、彼はひらすら後悔するのだった。
* ◇ *
翌日の日曜日。
この日は、今にも雨が降りそうな鉛色の空だった。
「ごめんくださ~い!」
唐草潤太家への来訪者は、前日約束をしていた色沼と浜柄のドタバタコンビだった。
「あら、いらっしゃい。ちょっと待っててね、今呼んでくるから。」
そんな二人に愛想よくする潤太の母親。
彼女は大声を上げて、二階で待機していた潤太を呼んだ。
しばらくして、二階から駆け降りてくる潤太。
「おはよう。」
「オッス、早く行こうぜ!」
潤太は、二人と一緒に曇り空の外へと出掛けていく。
「なぁ。今日さ、雨降りそうじゃないか?やっぱり、傘いるんじゃないかな?」
上空を見上げながら、不安そうな顔をする潤太。
「大丈夫だって!さっき天気予報チェックしたらさ、降水確率60%って言ってたし。」
「おいおい、それ、やばくないかっ!?」
「バッカヤロウ!100%じゃないんだから、心配ないって。ハハハハ!」
「そうそう。降ったら降ったでなんとかなるって!」
色沼と浜柄は、彼の背中を叩きながら高笑いした。この二人はどうやら、とんでもなく能天気な性格のようだ。
「それはいいとしてさ、今日はどこに連れていくつもりなんだ?」
「まぁ黙って付いてこいよ。こんな嫌な天気をスカッと晴らすような思いをさせてやるからよ。」
「?」
潤太はわけがわからないまま、のんきな二人に付いていくのだった。
◇
色沼と浜柄、そして潤太の三人は、中央線に乗って新宿駅に辿り着くと、すぐさま山手線へ乗り換えて、若者の街原宿へとやって来た。
「原宿はいいけど、ここで何すんの?」
「いいから付いてこいって。あ、あそこにいた。」
色沼は進行方向に向かって、大きく手を振っていた。
三人の視線の向こうで、カジュアルな服装の女の子三人組が手を振っている。
「もう来てたのか、待ったかい?」
「まぁね、5分ちょっとってとこかな。」
浜柄は、おどおどしている潤太に、その女の子三人組を紹介する。
「潤太。彼女たちね、オレのダチの通ってる学校の生徒でさ、今日はデートをお願いしてたんだ。」
「そ、そうなんだ...。」
「よろしくねぇー!」
潤太相手に、明るく振る舞う女の子達。
「あ、よ、よろしく...。」
潤太は人見知りな性格のため、その女の子達に恥じらいながらあいさつした。
「それじゃあ、出掛けるか。まずはどこ行く?」
「表参道の方ブラブラしない?ちょっと行きたいところあるから。」
「よし、行こうか。」
男女六人は、原宿駅から表参道に向かって歩き始めた。
最後列を無口で歩く潤太に、浜柄がにやけた顔で声を掛ける。
「どうだ潤太。なかなか、かわいい女の子ばかりだろ?今日は、積極的に行けよ。こんなチャンスめったにないんだからな!」
「せ、積極的って言われても...。どうすればいいのさ?」
「アホか、おのれは!そんな無粋な質問するんじゃない!気に入った子見つけたら、どんどん声を掛けろよ。おまえこのままだと、いつまで経っても彼女ができねぇぞ。」
「...そういうおまえらだって、いつまで経っても彼女できないじゃないか?」
「う...。」
思わず口ごもってしまい、当たってるだけに言い返せない浜柄だった。
「あ、ここ!ここ行きたかったんだぁ!」
「入ろ入ろ!」
女性陣は周りのことなどお構いなしに、お気に入りのお店へと突き進んでいった。
「オレ達、置いてけぼりじゃん...。」
男性陣は唖然としながら、彼女達のあとを追いかけていった。
◇
男女六人は、原宿界隈や渋谷へと繰り出し、ワイワイとにぎやかに楽しんでいた。
六人は休憩とばかりに、渋谷のとあるオープンカフェまでやって来た。
潤太は未だにこの雰囲気に馴染めず、女の子の誰一人とも、まともな会話をしていなかった。
それを見ていた色沼と浜柄は、何やらコソコソ話を始める。
「よし、そろそろ別行動といくか。」
「そうだな。時間も時間だし。」
浜柄はいきなり立ち上がり、まるで選手宣誓のように手を掲げた。
「みんな聞いてくれ。これからさ、一対一のペアになって別行動に入ろうと思う。」
「!?」
そのいきなりの発案に、飲みかけたアイスコーヒーを吐き出しそうになった潤太。
この時の女の子達の反応は、意外なほど前向きで率先的だった。
「いいよ。それじゃあ、どう分かれようか?」
発案者である浜柄がテキパキと話を進める。
「勝手で申し訳ないけど、男性陣が指名するってのはどう?」
「わかった。みんな、それでいい?」
女の子達は戸惑いもなく、あっさり賛成した。
この土壇場で、一人だけあっさりな思いでなかったのは、言うまでもなく潤太である。
色沼は、潤太の手を取って近くに引き寄せた。
「おい、おまえ、誰にするんだ?ハッキリさせろ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!ボ、ボボ、ボクそんなの決められないよ!」
「バカヤロウ!せっかく二人きりにさせてやろうとしてんだぞ?しかも、おまえを優先させてやるんだから感謝しろよな。」
「ボ、ボク、いきなり二人きりなんて、そんな急に困るよぉ...。」
「ここで勇気出さなきゃ、おまえいつまで経ってもこのまんまだぞ?」
「......。」
潤太はいじけるように黙り込んでしまった。
色沼と浜柄は、ふぅーと溜め息をついて、ダメだこりゃのポーズをしている。
「仕方がねぇな。浜柄、オレ達で先に決めちまおうぜ。」
「そうだな。」
「...え?」
そんな潤太を置き去りにして、二人は女の子にあっさりと声を掛けるなり、お店を出ていこうとした。
「お、おい!ちょ、ちょっと待ってくれよ、二人ともぉ~!」
潤太の泣き叫ぶような声は、もう二人の耳には届かなかった。
テーブルに残っているのは、ただ汗をかく潤太と、指名されなかった一人の女の子がいる。
「ねぇ、あたし達もここ出ない?」
「あ...。う、うん。そ、そそ、そうだね...。」
とてつもない緊張感に包まれた潤太。
彼女のリードで、潤太は二人きりのデートへと連れ出された。
◇
「......。」
「......。」
渋谷の街を歩く潤太と女の子の二人。この二人に弾んだ会話はまったくない。
「ねぇ?」
「...え、何?」
「あんたさ、何もしゃべんないんだね。お腹でも痛いわけ?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど。ハハハ...。」
乾いた笑いでごまかす潤太。
「あんた、名前は?あたしはね、ルミっていうの。」
「あ、ボ、ボクは唐草潤太...。」
「ふ~ん、よろしくね。」
「よ、よよ、よろしく...。」
「ねぇ、カラクサクンさ、何でそんなにビクビクしてんの?」
「え!?べ、別に何でもないよ...。」
潤太は何となく不思議に感じていた。
どうして、この女の子が近くにいるとこんなに緊張するんだろう。香稟ちゃんが一緒にいる時は、こんな風になることないのに...。
「ねぇ!聞いてる!?」
「ハッ!?」
ボーっとしていた潤太は、彼女のつんけんした声で我に返った。
「ゴ、ゴメン...。何か言ったかい?」
「新宿に行こうって言ったの!どう?」
「ボクは構わないよ。どっちみち帰り道だから...。」
潤太とルミは、渋谷駅から山手線を経由して新宿へと向かう。
慌ただしい日曜日の電車内。潤太は手すりに捕まって、車窓から街並みを眺めていた。
「弱ったなぁ...。この子とどんな会話をしたらいいのか全然わかんないよ。いかにも今風で、ちょっと苦手な感じの子だし。あ~あ、こんなことなら、香稟ちゃんと会う方が断然よかったなぁ...。」
彼は愚痴をこぼすように、心の中でそうつぶやいていた。
◇
二人は新宿駅へと辿り着いた。
「こっちよ。ほら、早くしなよ。」
「う、うん...。」
もうすっかり彼女のペースである。というよりは、彼女が無理やり潤太を連れ回しているように見えなくもない。
二人は、新宿でおなじみのアルタの前までやって来た。
潤太は沈みがちに、彼女の後ろを重たい足取りで付いていく。
今日という一日を後悔して、潤太は呆けたまま歩いていたせいか、前を歩いていたルミとぶつかってしまった。
『ドン...!』
「わっ!?ゴ、ゴメン。」
「ねぇ、それより、アレ見なよ。」
「え?」
ルミの示した方向にあったのは、アルタビルに装備されている大型テレビスクリーンだった。
そのスクリーンを目にした潤太の口は、けいれんを起こしたように震えだした。
「...ま、まさか。」
それは、彼が目を覆い隠したくなるようなニュースだった。
“スーパーアイドル夢百合香稟 連章琢巳との交際を認める!やはり二人はナイスカップルか!今日、その真相が明らかに...!”
「う、うそだろ?だ、だってあの時、彼女はちゃんと...!」
潤太は立ちつくしたまま、テレビスクリーンを見上げている。
「何だかんだ言っても、夢百合香稟も人の子だよねぇ。清純派アイドルなんて、この世にはいないのよ、きっと。ほら、早く行くわよ。」
「......。」
「ちょっと、ねぇ、何ボーっとしてんのよ!早く行こうってば!」
「...悪いけど、もうボクのこと、放っておいてくれないか...。」
「は?」
潤太は呆然としながら、テレビスクリーンに映る、香稟のスクープ報道に釘付けになっている。
辺りを行き交う人の声や足音、走る電車の音、そして隣にいるルミの声すらも、今の彼にはまったく聞こえてはいなかった。
「何よ、コイツ、バッカみたい!!」
ルミは白けた顔で、潤太の側から消えていった。
「......。」
スクリーンを見つめ続ける潤太の顔に、一滴の水滴が落ちてきた。
『ポツポツ...』
天から冷たい水が降ってくる。それは非情なまでに冷たい水色の雨だった。
辺りを歩いていた人々は、いきなりの雨をしのごうと、駅やビル内へと走り込んでいく。
「......。」
潤太は、そんな慌ただしさの中でも、ただひたすらテレビスクリーンを見つめ続けた。
雨足はますます強くなって、小雨から夕立のような大粒の雨へと変わっていた。
彼はゆっくりと天を、鉛色した淀んだ空を仰いだ。
落ちてくる冷たい雨は、彼の心の悲しさと混じり合い、足下へと滴り落ちていく。
「ボ、ボクは...。ボクはどこまで信じたらいいの...?教えてくれよ、香稟ちゃん...!」
降り続いた雨は、潤太の全身を激しく濡らした。そして彼の淡い想いまでも、冷たい雨に浸透されていった...。




