気遣い
・・・。
家についた。
私を支えている男、キーラスは誇らしげに自らの家を見ていた。
「おっきいだろ?」
「・・・」
無言でうなずいた。
そんな自慢話、聞きたくもない。
そんな私に気がつかぬキーラスは、木製の扉を開け、素早く私を家に運んだ。
____キーラス、自宅
「・・・。意外だな」
思わず言ってしまった。
部屋は何しろキレイで、陽が当たれば輝くほどだ。
家具もきちんと整備されていて、男とは思えない。
「そうか?」
照れ屋なのか、ほおは少し薄紅に色づいていた。
「そこに座っててもらえるか?
今、茶を入れるから」
「私のことは、構わない」
今の言葉は、かなり気を遣ってのことだったのだが、彼は「気にするな」と軽く流した。
言われた通り、指定された席へ座ったが、そこから正面の窓の風景に飛び込んできたのは、窓の側に
ぶら下がる黒い鳥かご。
「どうかしたか?」
彼は心配そうに言った。
持ってきていたハーブティーをおくと、私の視線の先をみた。
「あれは?」
「あぁ。これ?」
彼は立ち上がると、黒い鳥かごを持ってきた。
よく見ると、弱々しい小鳥がこちらを見ていた。
「ん?どうした?」
小鳥に呼びかける彼だったが、そんなの見向きもせず私をみていた。
それは、助けを求めるような目だった。
そして何故か、人間界に降り立つ前の自分と重ねてしまう。
客が来る度に、助けを求めようとしたがみんな面白がっているのが分かると、また諦めてしまう。
毎度その繰り返し。
そして今も。
私はこの小鳥と同じ。
「なんて、いう?」
「ティア」
『ティア』か。
このとき、可哀想と思った。
なぜなら、その名の意味は悲しみ、涙。
人間は、いやな名をつけるのだな。
「外に出す」
「えっ?!お、おい」
私はカゴの戸をあけた。
すると、ティアは嬉しそうに飛ぼうとした。
でも。
「どうして?」
ティアの片足には、鈍く光る鎖がつけられていた。
何度も飛ぼうとしても飛べるはずもなく、ひたすら決められた範囲を飛ぶだけ。
彼は痛々しそうにそんな光景を見つめていた。
「何故?どうして?こんな可哀想な事をする?出たいって言ってるのに。・・・どぅして?」
私は必要以上に彼を責め立てた。そんなこと、する必要性なんてないのに。
感情が、いくつもいくつも蘇る。
____あの日、捨てたはずなのに。悪魔に買われた頃から、ずっと。
そして、彼はボソッと呟いた。
「父さんの、なんだ。
だから、逆らえなくて」
そして、一瞬悲しそうに顔が歪んで。
困ったように微笑んだ。
「俺も、こんなことをする父さんを必死で止めたけど、結局ダメだった。
ほんっと、バカみたいだな。あはは・・・。こんな言い訳してさ・・・」
知り合って本当に間もないのに、何故こんなに話してくれるの?
人間の嘘の付き方なんて幾らでも知っている。だって、見てきたから。
でも、貴方は嘘をついていない。
彼は、一生懸命飛ぼうとするティアを手で包み込むと、カゴの中へ戻した。
その仕草は、ティアを慰めているかのようだった。
その後、カゴを元の場所に戻すと私達との間に沈黙が走った。
「キーラス」
彼の名を呼ぶと
「ん?」
と、呼応するようにこちらを見た。
私は、さっきの責め立てに対しての謝罪を込めて、
「すまなかった」
と、言ってみた。
「気にするな」と彼はこの場を流した。
そして、彼は
「メノウ、だっけ?お前さ、その服以外に着るモノないのか」
「え?それは、どういう意味だ?」
全く意味が分からない。
すると、彼は私の腕を掴むと、どこかに私を引っ張った。
彼が連れて来た場所は洗面台。
「鏡で自分の服をよく見ろ」
と言った。
確かに、よく見ると、服はすり切れ胸も見える寸前。そして、腰に付いていた銀のベルトも所々取れている。
意外に卑しい者だ。私は内心苦笑した。
心配してくれるのは有り難い。でも
「別に興味ない」
「は?」
呆れたような口調で言った。
いつも、これが普通だった。
だから、これで構わない。
でも、彼はそれを許さない。
「おい?!それは、ちょっと・・・」
「何か、不都合な点でもあるのか」
理由は一応把握しているつもりだったが、わざと聞いてみた。
「え、あ。そりゃ、まぁ。
天使はその、同じ服でもOKなんだろうけど。人間界では、その。
服に気を遣うというか」
「もう、わかった」
____わかった。
もう、私がいじめようとしていたのが悪かった。
彼の困ったような泣きそうな顔が私にそうさせた。
「それで、私にどうしろと?」
すると、嬉しそうに言った。
「うん!えっとさ。。。俺、姉ちゃんがいるんだ。待っていて」
そうして、急いで部屋を出て行った。
私は、足を組むとため息をこぼした。
彼はまだ幼稚。まだ、14、15といったところか。
何故、家族という名の幸せといないのだろう。
これも、キーラスという名の神の人形、神の暇潰しのゲームにしかすぎない酷な運命なのだろうか。
私も殆ど変わらぬ酷な運命をもっているというのに。
彼は、なんて可哀想で、なんであんなイキイキとしていられるの?
なぜか、羨ましいと思った。
すると、彼は大きなバスケットカゴを重そうに掲げて私の目の前にきた。
「ごめん。遅くなって」
「別に。それより」
大丈夫か?
そう尋ねようとした瞬間に、ドスッといかにも重そうな荷物を置いた。
そして、
「お~い、姉ちゃん」
と、廊下にいるとされる誰かを呼んだ。
姉弟か。別居しているのだろうか。
「はい」
彼とは似てない声ですたすたという足音が近づいてきた。
私は緊張の中、リビングと廊下の境を凝視した。
「ごめんなさい。遅くなって」
「・・・」
その姿は、よくキーラスに似ていた。
髪は、金髪で肩にかかっている。
まるで、天界の昼の神「容叉様」のよう。
「似ているな」
「当たり前よ」
と、彼女は座っている私の目線に合わせて答えた。
まるで、子供扱いされているようで、少々気分が悪かった。
「俺たち、双子の姉弟なんだ」
補足するように言った。
あぁ。道理で背丈も顔立ちも似ているわけだ。
でも、何故か髪の色が全く異なってた。
「・・・髪の色が違う」
すると、
「あぁ」
と、銀髪の髪を触った。
「私は、父さん似で、キーラスは母さん似なのよ。だから、髪の色だけ違うの。
おかしな双子でしょ?普通は何から何までそっくりなのに。
この町には、双子がたくさんいるのよ?
そのせいで、鏡の町と呼ばれているの。くすくす」
おかしいわよね。っと笑い、話を切り出した。
「まぁとにかく。私の名前は、アシニカ。この弟の世話係、及び保護者である姉です。
よろしくね。メノウちゃん」
「なぜ、私の名を知っている?」
威嚇状態むき出しで私は静かに言った。
すると、慌てたように彼は
「違うんだ。俺が教えたんだ。姉ちゃん。そろそろ異国にいっちゃうからその前に事情を話して、服をもらおうと思って・・・」
私は少しだけ安心した。彼の困ったような顔を見るとつい顔がほころんでしまう。
彼女は安心したような眼差しを向けると
「さぁ、私の仕事も終わったし、行くわね。じゃ」
と、さっさと帰ってしまった。
キーラスは、
「姉ちゃん。意外に人見知りなんだ。無愛想だけど許してくれ」
と言った。
別に無愛想では無かったような・・・。
私は心の隅でそう思った。