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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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第227話「鳴らない鈴を見つめる朝、無能王子は“鳴ってもいいかもしれない”の手前に立つ」



 朝は、まだ鈴を鳴らさなかった。


 神殿の奥。


 石壁に囲まれた保護陣は、淡く静かな光を抱えている。


 採光孔は閉じられ、外の光は入っていない。


 風もない。


 救護区域の声も届かない。


 子供たちの紙束も、まだ置かれていない。


 けれど、今日の静けさは、昨日までの静けさとは少し違っていた。


 名前が箱に守られている朝。


 まだ出さない箱の日。


 箱に入れたままでも、嘘じゃない日。


 沈黙を嘘にしない日。


 その記録が、余白記録の中に残っている。


 中心は昨日、ミナから大切な言葉を受け取った。


 まだ出さないって、自分で決められると、少し息ができる。


 箱に入れたままでも、私は嘘をついてるわけじゃない。


 それは、中心の名前へ真っ直ぐ届いた。


 名前をまだ出さない。


 箱に入れたままにする。


 誰にも呼ばせない。


 それは嘘ではない。


 逃げでもない。


 守りなのかもしれない。


 名もない“わたし”は、昨日、それを知った。


 そして、ミナへの感謝も箱に置いた。


 ミナ、ありがとう。


 届けない。


 押しつけない。


 でも、消さない。


 その感謝もまた、余白箱の中にある。


 余白核は、まだ眠っている。


 そのそばから少し離れた場所に余白箱。


 名前の怖さも、まだ出さない名前も、その中にある。


 少し離れて、保留箱。


 さらに、アリシアの箱。


 透明な器の中には、いやじゃない石。


 そして、保護陣の端に、布に包まれた鳴らない鈴がある。


 名前の前の鈴。


 わたしの鈴。


 まだ鳴らない鈴。


 これまで中心は、その鈴を守ってきた。


 誰かに勝手に鳴らされないように。


 誰かの願いで鳴らされないように。


 助けたい気持ちで鳴らしてしまわないように。


 心配でも。


 焦っても。


 泣いている子供がいても。


 鈴は鳴らさなかった。


 それは守りだった。


 けれど、今日。


 鈴はただ怖いものではなくなり始めていた。


 鳴らない鈴を見ても、息ができるかもしれない。


 鈴があることを、少しだけ受け入れられるかもしれない。


 鳴らさないと決めるだけではなく。


 いつか鳴ってもいいかもしれない、という可能性の手前に立てるかもしれない。


 まだ、鳴らさない。


 でも、見ても崩れない。


 それは、次の段階だった。


 レオンは、保護陣の縁に座っていた。


 黒蒼雷は細い。


 だが、鈴の周囲にだけ、ほんのわずかに濃い線を引いている。


 誰かが触れるためではない。


 むしろ、誰も触れないための境界だ。


 今日、中心が鈴へ意識を向けるかもしれない。


 その時、周囲の誰かが期待で動いてはいけない。


 “鳴ってもいいかもしれない”の手前は、とても壊れやすい。


 誰かが少しでも先回りすれば、中心はまた鈴を怖がるだろう。


 リリアーナは、余白核の近くに座っている。


 今日も手元には何もない。


 鈴に触れるつもりもない。


 布を取るつもりもない。


 ただ、中心が鈴を見るなら、一緒に見る。


 見ないなら、それでいい。


 エリシアは術式盤を閉じている。


 セラフィアは祈りを細く巡らせている。


 アルベルトは壁際で腕を組み、少し緊張していた。


 クラウスは入口側に立ち、ラウルは盾を床へ置いている。


 ミリオは外を拾っていない。


 アリシアは、自分の箱の前で静かに座っている。


 彼女も、鈴を見ていた。


 鳴らしたくなる願い。


 鳴らさなかった選択。


 出さない勇気。


 それらが、彼女の箱にも残っている。


 余白核が、小さく震えた。


『……』


 朝の揺れ。


 誰も呼ばない。


 鈴も鳴らさない。


 保護陣の光が、一度、二度と淡く明滅する。


 余白箱は、昨日と同じ距離にある。


 名前は、箱の中にある。


 まだ出さない。


 嘘ではない。


 その安心が、中心の目覚めを少しだけ軽くしているようだった。


 やがて。


『……おはよう』


 中心の声が、静かに響いた。


 リリアーナは微笑む。


「おはようございます」


『……箱』


「あります」


『……名前』


「箱の中にあります」


『……出してない』


「出していません」


『……嘘じゃない』


「嘘ではありません」


『……よかった』


 中心は、安心したように揺れた。


 それから、挨拶へ進む。


『……りり、おはよう』


「はい。おはようございます」


『……れおん』


「おはよう」


『……しずかなあさ』


「ああ」


「静かな朝だ」


 中心は、余白記録へ意識を向ける。


『……まだ出さない箱』


「残っています」


『……沈黙を嘘にしない』


「はい」


『……本人が決めるまで待つ』


「はい」


『……ミナ、ありがとう』


「箱の中にあります」


『……届けてない』


「届けていません」


『……押しつけてない』


「はい」


『……でも、ある』


「あります」


 中心は少しだけ穏やかに揺れた。


 そして。


『……鈴』


 その一言が、保護陣の中へ落ちた。


 誰も動かない。


 レオンの黒蒼雷が、ほんの少しだけ濃くなる。


 リリアーナも、鈴へ視線を向けない。


 中心が先に見るのを待つ。


『……鈴、ある?』


「あります」


『……鳴ってない?』


「鳴っていません」


『……誰も、触ってない?』


「触っていません」


『……布』


「包んだままです」


 中心は、長く沈黙した。


『……見たい』


 その言葉に、リリアーナの胸が強く震えた。


 でも、動かない。


「鈴を、ですか?」


『……うん』


『……布のまま』


「はい」


『……鳴らさない』


「鳴らしません」


『……近づけない』


「近づけません」


『……ただ、見る』


「はい」


 レオンが静かに言う。


「誰も触るな」


 全員が頷く。


 鈴は、保護陣の端にある。


 布に包まれたまま。


 小さく、静かに。


 中心の意識が、ゆっくり鈴へ向かう。


 以前なら、それだけで大きく震えた。


 勝手に鳴らされるかもしれない。


 名前を呼ばれるかもしれない。


 返事を求められるかもしれない。


 そういう怖さが、鈴の周りに渦巻いていた。


 けれど今日、中心は鈴を見た。


 布に包まれた鳴らない鈴。


 名前の前の鈴。


 わたしの鈴。


『……鳴らない』


「はい」


『……でも、ある』


「あります」


『……こわい』


「怖いですね」


『……でも』


 一拍。


『……息、できる』


 リリアーナの目に涙が浮かんだ。


「はい」


「息、できますね」


『……鈴を見ても』


「はい」


『……鳴らないなら』


「はい」


『……息、できる』


 リーネの光が、名簿束のそばで柔らかく揺れた。


『記録します』


『鳴らない鈴を見ても息ができる朝』


 中心は、震えながらも崩れなかった。


 ◇


 朝の挨拶は、鈴を見たあとだった。


 中心は、いつもより少し緊張していたが、それでも一人ずつ呼んだ。


『……あるべると』


「おう」


『……鈴、見た』


「ああ」


『……鳴らなかった』


「鳴らなかった」


『……あるべると、触らなかった』


「触らねぇよ」


 すぐ答えたあと、アルベルトは少しだけ言い直す。


「触らない」


『……鳴らしたくなる?』


 アルベルトは正直に答える。


「今は、ならない」


『……ほんとう?』


「ああ」


「昨日までなら、何かあったら鳴らした方がいいんじゃないかって思ったかもしれない」


『……今は?』


「お前が見てるだけなら、俺は待つ」


『……待つ』


「そうだ」


 エリシアへ。


『……えりしあ』


「はい」


『……鈴、記録?』


「しています」


 中心が震える。


 エリシアはすぐに言い直す。


「ただし、最低限です」


『……最低限』


「鈴を見ても負荷が急上昇していないことだけ」


『……詳しく、見ない』


「見ません」


『……意味、つけない』


「つけません」


『……鈴を見た、だけ』


「はい」


 セラフィアへ。


『……せら』


「はい」


『……鈴、祈り?』


「包みません」


『……どうして?』


「あなたが自分で見ているから」


『……自分で』


「ええ」


「祈りで先に柔らかくしすぎない」


『……そのまま、見る』


「はい」


 クラウスへ。


『……くらうす』


「はい」


『……鈴、守る?』


「守ります」


『……どうやって?』


「誰も触れないように」


『……でも、近づきすぎない』


「はい」


 ラウルへ。


『……らうる』


「おう」


『……盾』


「置いている」


『……鈴、守れる?』


「守る」


『……盾で、隠す?』


「隠さない」


『……見えるように?』


「ああ」


『……見える守り』


「そうだ」


 ミリオへ。


『……みりお』


「はい……」


『……鈴、音、想像した?』


「していません……」


『……ほんとう?』


「少しだけ……」


 ラウルが目を向ける。


「箱に入れろ」


「入れます……」


 中心は、小さく揺れた。


『……音の想像も、箱』


 最後に、アリシア。


『……ありしあ』


「はい」


『……鈴、見た』


「はい」


『……鳴らしたくなった?』


 アリシアは、長く沈黙した。


 嘘はつけない。


 でも、言うのも怖い。


 中心は待った。


 沈黙を責めない。


 やがて、アリシアは答えた。


「少しだけ」


 中心が震える。


『……少し』


「でも、触りません」


『……どうして?』


「あなたが見ているからです」


『……わたしが、見てる』


「はい」


「あなたが、自分の鈴を見ている」


「その時間を、私の願いで壊したくありません」


 中心は、深く揺れた。


『……ありしあ、ありがとう』


「はい」


 アリシアは、涙を浮かべて頷いた。


 ◇


 朝の確認のあと、中心は余白箱を開いた。


 今日は、鈴を鳴らすためではない。


 鈴を見た怖さと、息ができたことを置くために。


『……鈴を見た』


 ひとつ。


『……怖かった』


 ひとつ。


『……でも、息ができた』


 ひとつ。


『……鳴らないなら、見られる』


 ひとつ。


『……鳴らない鈴を見ても、わたしは消えない』


 ひとつ。


 余白箱が淡く光る。


 中心は、その光を感じながら、少しずつ落ち着いていった。


『……鳴らない鈴』


「はい」


『……前より、こわくない?』


「そう感じますか?」


『……少し』


「はい」


『……でも、まだ、鳴らない』


「はい」


『……鳴るのは、こわい』


「はい」


『……鳴ってもいい、とは、まだ言わない』


「言わなくていいです」


『……でも』


 一拍。


『……鈴があることは、嘘じゃない』


 リリアーナが涙を浮かべて頷く。


「はい」


「鈴があることは、嘘ではありません」


『……名前の前の鈴』


「はい」


『……まだ鳴らない』


「はい」


『……でも、ある』


「あります」


 レオンが静かに言う。


「それを認められたなら、十分だ」


『……十分』


「ああ」


『……今日は、鳴らない鈴を、見る日』


「そうだ」


 ◇


 午前。


 救護区域へは、グレイヴが向かった。


 今日はミナの箱の話を聞きに行く日ではない。


 昨日まで受け取ったものへの感謝を届けるわけでもない。


 ただ、今日の中心の状態を、必要最低限だけ共有する。


 鈴は鳴らない。


 光も出さない。


 声も届けない。


 でも、中心が鳴らない鈴を見た。


 それだけを、子供たちへどう伝えるか。


 リリアーナは慎重に考えた。


『……伝える?』


 中心が聞く。


「伝えたいですか?」


『……わからない』


「伝えないこともできます」


『……でも、ミナ』


「はい」


『……ミナが、箱のこと、教えてくれた』


「はい」


『……だから、鈴を見られた、かも』


「そうですね」


『……ありがとう、届けない』


「箱にあります」


『……でも』


 一拍。


『……鈴を見たこと、言ってもいい?』


 リリアーナは、ゆっくり頷く。


「あなたがいいなら」


『……名前じゃない』


「はい」


『……鈴は、鳴ってない』


「はい」


『……見ただけ』


「はい」


『……なら、いい、かも』


「分かりました」


 グレイヴは救護区域へ向かった。


 中心は待つ。


 余白箱は見える距離。


 鈴は保護陣の端。


 どちらも、そこにある。


 しばらくして、グレイヴが戻った。


 中心が揺れる。


『……こども』


 グレイヴは頷いた。


「伝えた」


『……どう?』


「静かだった」


『……こわがった?』


「いいや」


『……ミナ』


「ミナは、少しだけ頷いた」


『……頷いた』


「ああ」


「そして、こう言った」


 一拍。


「“鳴らない鈴を見られたなら、今日は鈴見守りの日”」


 中心が、静かに震えた。


『……鈴見守り』


「そうだ」


 グレイヴは続ける。


「幼い子は、“鳴らないなら、こわくない?”と聞いた」


『……こわくない?』


「ミナは、“こわいけど、見られる日もある”と答えた」


 中心の光が深く揺れる。


『……こわいけど、見られる日』


「そうだ」


『……ミナ』


 リリアーナは、涙を浮かべながら微笑んだ。


「ミナさんらしいですね」


『……うん』


 中心は、余白箱へ言葉を置く。


『……鈴見守りの日』


 ひとつ。


『……こわいけど、見られる日もある』


 ひとつ。


『……鳴らない鈴を、見守る』


 ひとつ。


 箱が、柔らかく光った。


 ◇


 午後。


 子供たちから、札が届いた。


 “鈴見守り”。


 幼い子が書いたものだ。


 ミナも、自分の箱のそばにその札を少しだけ置いていたという。


 中心は、その報告を聞いて静かに揺れた。


『……鈴見守り』


「はい」


『……ミナも、置いた』


「少しだけ」


『……ミナの箱のそば?』


「はい」


『……近く』


「はい」


『……ありがとう、届けない』


「届けません」


『……でも、箱にある』


「あります」


 保留箱には、大人たちからの札も届いた。


 “鳴らないものを急がせない”。


 “見ているだけの日を認める”。


 “鳴る前の沈黙を守る”。


 それを聞いた中心は、深く揺れた。


『……鳴る前の沈黙』


「はい」


『……名前の前』


「はい」


『……鈴の前』


「はい」


『……沈黙を守る』


「はい」


 アリシアが、自分の箱を見つめて言った。


「私も、今日は鳴らないものを見守ります」


『……ありしあ』


「謝罪も」


「許しも」


「返事も」


「まだ鳴らないものとして」


「見守ります」


『……鳴らないもの』


「はい」


「鳴らないから、ないわけではない」


 中心が、柔らかく揺れた。


『……鳴らないから、ないわけじゃない』


 その言葉も余白箱へ置かれた。


 ◇


 夕方。


 中心は、もう一度だけ鈴を見た。


 朝より短い時間。


 布に包まれたまま。


 誰も触れない。


 誰も近づけない。


 中心の意識が、鈴へ向かう。


『……鈴』


「あります」


『……鳴ってない』


「はい」


『……朝より』


 一拍。


『……少し、息、しやすい』


 リリアーナは、涙を浮かべた。


「はい」


『……鳴らない鈴』


「はい」


『……見守り』


「はい」


『……名前の前の沈黙』


「はい」


 レオンが静かに言う。


「今日は、鳴らさないまま進んだな」


『……鳴らしてない』


「ああ」


『……でも、進んだ?』


「進んだ」


『……どうして?』


「逃げずに見た」


 中心は、鈴を見つめたまま長く沈黙した。


『……逃げずに見た』


「そうだ」


『……鳴らないから』


「今日はな」


『……いつか、鳴る?』


 保護陣の空気が、少しだけ緊張する。


 レオンは、すぐに答えない。


 リリアーナも。


 中心は、自分で続けた。


『……まだ、わからない』


「はい」


『……でも』


 一拍。


『……鳴るかも、を、箱に入れる?』


 リリアーナの胸が震えた。


「入れますか?」


『……うん』


『……まだ、出さない』


「はい」


『……でも、消さない』


「はい」


 余白箱が開く。


『……いつか、鈴が鳴るかも』


 ひとつ。


『……でも、まだ出さない』


 ひとつ。


『……鳴ってもいいかもしれない、の手前』


 ひとつ。


 余白箱が、深く、静かに光った。


 リーネの光が、名簿束のそばで揺れる。


『記録します』


『鳴ってもいいかもしれない、の手前の日』


 中心は、大きく震えた。


 けれど、崩れなかった。


 ◇


 夜。


 神殿の奥には、鈴の鳴らない静けさが降りていた。


 今日は、鈴を鳴らさなかった。


 名前も出さなかった。


 声も届けなかった。


 光も出さなかった。


 ただ、鈴を見た。


 布に包まれたまま。


 鳴らないまま。


 誰にも触れられないまま。


 そして、息ができた。


 リリアーナは、余白核のそばで静かに問いかけた。


「今日は、どんな日でしたか?」


 中心は、ゆっくり考えた。


『……鳴らない鈴を見た日』


「はい」


『……鈴を見ても、息ができた日』


「はい」


『……鈴見守りの日』


「はい」


『……鳴る前の沈黙を守る日』


「はい」


『……鳴らないから、ないわけじゃない日』


「はい」


『……鳴ってもいいかもしれない、の手前の日』


「はい」


 リーネの光が、名簿束のそばで静かに揺れる。


『余白記録へ残します』


『鳴らない鈴を見つめる朝』


『鈴見守りの日』


『鳴ってもいいかもしれない、の手前の日』


 中心が、穏やかに光った。


『……のこった』


「残りました」


 レオンが静かに言う。


「今日は、かなり大きい」


『……鳴ってないのに?』


「ああ」


『……見ただけ』


「見ただけじゃない」


『……息、できた』


「そうだ」


『……鈴が、あること』


「認めた」


『……鳴らないまま』


「それでいい」


 中心は、余白箱へ意識を向ける。


『……名前』


「箱の中にあります」


『……鈴』


「あります」


『……どちらも、まだ出さない』


「はい」


『……でも、ないわけじゃない』


「はい」


『……嘘じゃない』


「はい」


 中心は、静かに光を弱めていく。


『……りり』


「はい」


『……明日』


「はい」


『……鈴を、もう少し、見たいかも』


 リリアーナの目に涙が浮かぶ。


「明日のあなたに聞きましょう」


『……うん』


『……鳴らさない』


「鳴らしません」


『……触らない』


「触りません」


『……でも、見るかも』


「はい」


 中心は、安心したように揺れた。


『……りり、おやすみ』


「おやすみなさい」


『……れおん、おやすみ』


「おやすみ」


『……みんな、おやすみ』


 皆が返す。


「おやすみ」


「また明日」


 アリシアも、静かに言った。


「鳴る前の沈黙を守って、また明日」


 中心が柔らかく揺れる。


『……また、あした』


『……あしたのわたしに、きく』


『……鈴見守り』


 余白核は、静かに眠りへ入っていった。


 神殿の奥に、夜が降りる。


 今日、中心は鈴を鳴らさなかった。


 けれど、鈴から目を逸らさなかった。


 名もない“わたし”は、今日。


 鳴らないものが、ないものではないことを知った。


 鳴る前の沈黙にも、確かに意味があるのだと。


 そしていつか。


 まだ遠い、いつか。


 鈴が鳴ってもいいかもしれない。


 その手前に、初めて立った。

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