前編
喉の奥に溜まった血を吐き出す咳とともに、意識が急浮上した。
「……っ、がはっ……!」
息を吸い込むと同時に肺を焼くような激痛が走る。全身から脂汗が噴き出し、右脇腹から脚にかけて肉が引き攣れるような強烈な違和感を覚えた。
体を起こそうとしても自由が利かない。包帯で固められた四肢は自分のものではないようだった。
「……おっと。起きたのか、旦那。ああ、動かない方がいい。内臓がこぼれちまうぞ」
どこか揶揄うような声が横から聞こえてくる。目だけを動かして隣を見れば、肩から先を失った男が力なく笑っていた。
「……ここは、どこだ。第二治療院か?」
「まだ夢でも見てんのかよ、騎士の旦那。ここは南の掃き溜め――第七幕舎だよ」
第七。その数字を聞いた瞬間、心臓がぞっと冷えた。
なにせそこは、前線で戦い続ける兵士たちの間で忌避されている、呪われた場所――
「……戦線復帰率、ゼロパーセントの……」
「へへ、正解。ここに運ばれたってことは、国から『もう使い物にならない』と太鼓判を押されたってことだ。おめでとう。せいぜい死ぬまでここでおねんねしてるこったな」
嘘だ、と叫びたかった。
俺はまだ戦える。剣だって握れるはずだ。国のために、没落しかけた家の名誉のために、俺は戦場を駆け続けなければならないのだ。
それなのに、今にも事切れそうな負傷兵ばかりが集められたこの掃き溜めで朽ち果てろというのか。
焦燥と絶望が混ざり合い、膜の張った視界が歪みかけた――その時。
天幕の入り口が静かに開いた。
入ってきたのは、ひとりの女だった。
聖女が纏う白銀の法衣ではない、洗い古された地味な灰色の修道服。瞼は下がり、きつく結い上げられた長い髪にはいくつもの白いものが混じっている。そしてその頬には古い傷痕が残されていた。
兵士が運ばれる幕舎や治療院には、癒しの力を持つ『聖女』が神殿から派遣されている。
だからこそ戦場に咲く可憐な乙女を無意識に想像していたのだが、俺の目に映ったのは、どこか影を背負った年嵩の女の姿だった。
「……まさか、彼女がここの担当聖女なのか?」
「いや、最初は若い姉ちゃんだったそうなんだがな。二日も保たずに警護兵と一緒に逃げ帰っちまったんだとよ。代わりに来たのがあの人……かつては大聖女様だったって噂の、シスター・テレーゼさ。と言っても、今じゃ年のせいでほとんど怪我を治せないときたもんだ。……当たり前だが、聖女も年を取るんだな」
まさか……テレーゼ・ヴェスティーア?
三十年前、俺が生まれてすぐに起こった東南戦争で祖国を勝利に導いたという、あの伝説の?
「ほとんど治せないって……どういうことだ」
「見てりゃ分かるさ」
俺たちの会話が聞こえているのかいないのか、テレーゼと呼ばれた女性は淡々とした足取りで、手桶を携えて歩いてきた。
「……助けてくれ……」
誰かの小さな呻き声が響く。足を止めた彼女が声の主の胸の上に手をかざすと、その指先が微かに灯った。聖女にしか扱えないという治癒魔法だ。……だが、その光はあまりにも弱く、頼りない。
それからも彼女は小さな小さな、奇跡とも呼べない力を使って回った。俺の隣の男の欠損した腕にも手をかざすが――やはり、何も変わらない。ただ男の苦悶に満ちた表情が、ほんのわずかに和らいだように見えただけだった。
「……ゆっくりと、お休みなさい」
誘われるように男がすっと目を閉じる。テレーゼの声は低く、柔らかく、穏やかだった。
そして彼女は、俺の寝台の前に立った。
――かつて何万もの兵士を救ったという大聖女。戦後すぐに表舞台から姿を消したと聞いていたが、間近で見る彼女の瞳は何を想っているのか分からない。哀れんでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「新しく運ばれてきた方ですね。名は確か……コンラート様」
「……早く俺を治してくれ。こんな傷、あんたが本当に大聖女テレーゼだったのならば一瞬で治せるはずだ。俺は、一刻も早く戦場に戻らなければならないんだ……!」
俺は彼女の細い手首を掴もうとした。が、思うように指先に力が入らない。
彼女は俺の震える手の上に、そっと自分の手を重ねた。
「残念ながら、私にはもうそのような力はありません。今の私にできることは、あなたの今日一日の眠りを少しだけ穏やかにすることだけです」
「ふざけるな……! 老いてもかつては『大聖女』だったんだろう!? 王国の勝利のために、その力を使う義務があるはずだ!」
苛立ちを抑えきれない俺の罵倒を、彼女は真正面から受け止めた。反論もせず、謝罪もない。ただ慈しむような、それでいてどこか遠くを見つめるような悲しげな瞳で俺を見つめ返している。
「……勝利、ですか」
目を伏せた彼女は小さく呟き、俺の額に濡れた布を当てた。ひんやりとした感触が広がり、不気味なほど心地よい眠気がゆっくりと這い寄ってくる。
「今は、お休みなさい。……ここではもう誰も、あなたに戦うことを強いたりはしませんから」
――何を馬鹿なことを。戦えぬ騎士にいったい何の価値がある。
聖騎士になるためにも、俺は少しでも戦功をあげなければならないのに。
おやすみなさい、と。また静かに声が落ちてくる。
抗う間もなく、微睡みへと引きずり込まれていく。
一刻も早く戦場へ。
俺の望みは、ただそれだけだったのに。
戦線復帰率ゼロパーセントを誇る幕舎の癒し手は、それを叶えてはくれなかった。
*
痛みと息苦しさに目を覚ますたび、自分の体を確かめる。
指先は動くか。傷口の熱は引いたか。
戦場へ戻るための力は戻っているか。
「……クソっ、昨日と何も変わってない」
忌々しいほどに体は重いまま、右脚の感覚も鈍い。無理に動かそうとすれば焼けつくような痛みが全身を貫いた。
テレーゼは日に何度も怪我人が横たわる寝台を巡ってくる。とはいえ、彼女の施す治癒はあまりにも慎ましい。傷口が塞がるどころか薄皮一枚閉じる程度の、奇跡と呼ぶにはあまりにも心許ない光だった。
「精一杯やってもらってこれなんだもんなぁ」
片腕を失った男――デックが乾いた笑いをこぼす。顔色は悪くないが、失われた腕が戻る兆しはない。……かつての大聖女なら、肉体の欠損など造作もなく修復したはずだ。
「申し訳ありません。今の私の力では、これが限界なのです」
テレーゼはいつものように穏やかでありながらも、決して崩れぬ微笑を湛えて頭を下げる。
重傷者、それも雑兵ばかりが集められるこの幕舎において手厚い支援など望めるはずもない。他に頼れる治癒術者の姿はなく、いるのは最低限の世話を担う年老いた修道女ばかりだった。
「第一治療院には彼女の姪とかいう新しい大聖女様がいるんだろ? なんでも天使のように愛らしいそうじゃないか」
「比べちゃ悪いかもしれないが……こんなところに運ばれるなんて、貧乏くじにもほどがあるぜ」
「こんなんじゃ褒賞なんて望めねぇよなぁ。はぁ……これじゃあ帰ったところでおっかぁにどやされるだけだぜ」
戦線復帰を諦めきれない兵士たちの不満は、すべてテレーゼに向けられていた。しかし当の本人はどこ吹く風で、深い湖に投げ込まれた石を受け止めるように、それらをすべて飲み込んでしまう。
「……でも、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるんだよなぁ」
昨日まで悪態をついていたはずの兵士が、今日には幼子のようにテレーゼに話しかけている。一日中喚いていた男も、しおらしく身体を拭いてもらっている。
出陣した時には想像もしていなかった、闘争心すら鎮められてしまいそうな生温い時間だけが過ぎていく。
それから幾日かが経って、ようやく食事を許された。
「コンラート様、お食事です。今日は鶏の肉で出汁を取ったスープですよ」
テレーゼが運んできたのは、湯気の立つ木碗。中には丁寧に灰汁を抜いた根菜と柔らかく煮込まれた肉が沈んでいる。食欲をそそる匂いに自然と喉が鳴った。
体を支えられ、身を起こす。痛みは強いが耐えられないほどではない。そのまま口元に運ばれたスプーンで一口啜れば、温かな熱が胃から全身へと染み渡る。野戦食の干し肉とは比べものにならない旨さだった。
「……まさか、あなたが作ったのか?」
「ええ。聖女としての腕は落ちましたが、料理の腕は昔より上がったつもりです」
彼女は薄く笑いながらそう言うと、口端から零れたスープを白布で拭ってくれた。ふと視線を落とすと、修道服の袖口に茶色く残る染みが目に入る。兵士たちの傷を手当てする際に浴びた返り血だろうか。
年若い聖女たちは生々しい傷を嫌い、帳越しに術を施すのが常であると聞く。彼女はと言えばそれを厭う様子もなく、血と泥にまみれた兵士の身体を抱え起こし、身を粉にして世話を焼いていた。
それだけじゃない。彼女がしていることは、俺の知る『聖女』の仕事ではなかった。泥だらけの床を磨き、シーツを洗い、兵士たちの恨みつらみに耳を傾け、故郷に残してきた家族の話に夜が更けるまで相槌を打ち続けている。
「……あいつ、また笑っているのか」
視線をやれば、デックがテレーゼに下らない冗談を言って笑っていた。片腕を失っているにもかかわらずその光景は驚くほど和やかだ。他の連中も似たようなものだった。傷を抱えながらも、戦場特有の張り詰めた空気だけが少しずつ削ぎ落とされていく。
「……あなたは、俺たちを腑抜けにするつもりか」
スープを飲み干し、俺は傍らに座る彼女を睨みつけた。
名誉、功績、聖騎士への道。あれほど胸の中に居座っていた野心が、この幕舎の中にいると雪解けのように静かに溶けていく。
それが酷く心地よくて――
戦場の匂いが遠のいていくのが、怖かった。
「……いいえ」
テレーゼは空になった碗を受け取り、小さく首を振る。
「私はただ、私にできることをしているだけです。……引退した身ですもの。本当は出しゃばるような真似、したくはなかったのですけどね」
苦く笑った彼女の指先が、そっと俺の額を撫でる。
その温もりに触れると、胸を焼いていた焦燥がふっと霧のように薄れていく。
戦わなければならなかったはずだ。
祖国の勝利のために功績を積み、あと一歩で届くはずだった聖騎士の座のために。
――その夜、俺は夢を見ていた。
祖国を救った聖騎士の物語を。
戦場で両脚を失いながらも大聖女の奇跡によって再び立ち上がり、剣を握って敵陣を壊滅させたという、我が領地に語り継がれる逸話。
それは赤子だった俺が知る由もない光景ではあるが、親戚や周囲の大人たちから飽きることなく聞かされた、かつての我が家の栄光でもあった。
けれど、俺の記憶に残る父は、そんな輝かしい男ではなかった。
父は常に何かに怯え、酒に溺れていた。ふとした物音に叫び声を上げ、母に当たり散らし、己の両足を殴りつけながらかつての武勲を繰り返し呟く抜け殻だった。
そんな父を支え続けた母も心身をすり減らし、俺が幼い頃に早世した。
国から慰労金こそ支払われていたものの、壊れた父を抱える我が家は静かに没落の道を辿る一方で。思惑はともかくとして、伯父一家の支えが無ければとうに立ち行かなくなっていたことだろう。
(俺が……俺がやらなきゃいけないんだ。聖騎士の座を掴み取り、母が守ろうとした家を再興させる。そのためには、戦果が、名誉が……!)
待ち望んでいた戦端がようやく開かれたというのに。夢の中の俺は、折れた剣を握ろうとしても指ひとつ動かせないでいた。脇腹からは内臓がこぼれ落ち、体も地に縫い止められたかのように微動だにしない。
もどかしさで胸が張り裂けそうになり、壊れた体を無理やりに動かそうとすると――
冷たく、柔らかな感触が俺の手に触れた。
ごつごつとした騎士の手とは違う、節くれ立ちながらも温かな、誰かの手。
その温もりを認識した瞬間、俺を苛んでいた過去の情景が淡く霞んでいく。
「――っ」
飛び起きると、そこはいつもの薄汚れた天幕の中だった。
隙間からは朝の白んだ光が差し込んでいる。
横を見れば、テレーゼが静かに俺の寝台から離れ、叫び声を上げた患者のもとへと歩いていく背中があった。
それからというもの、特にやることもない俺は、寝台に横たわったまま噂話に耳を傾けるか、飯を食うか、デックのくだらない話に付き合うかして日々を過ごしていた。
焦燥感はずっと胸の奥で燻っている。それでも、この幕舎の空気に否応なく解きほぐされていく。それがテレーゼの癒しの力の効果なのか、人柄によるものなのかは自分でもよく分からない。
ある日の午後の、いつもの巡回診察の時間。デックに与える薬を手にしたテレーゼが、小さな帳面を片手に眉を寄せていた。
「……どうかなさいましたか」
「いえ。少し、字が……」
目を細め、帳面を遠ざけたり近づけたりしている。その不可思議な行動にこちらが眉を顰めると、視線に気がついた様子の彼女は小さく笑った。
「おかしいでしょう? 老眼、というやつですよ」
おどけるように告げられて、思わず吹き出しそうになる。……かつて大聖女と呼ばれた人も、肉体の衰えからは逃れられないらしい。
「ふふ、笑ってくださって構いませんよ。年を取るとこういう時に困りますね」
「貸してください。文字なら読めますから」
深く考えるでもなく手を伸ばし、帳面を受け取る。そこには薬草の配合と薬の投与量が細かな字でびっしりと書き込まれていた。
「……この行は、朝晩三粒ですね」
「あら、まあ。危ないところだったわ。……まったく、自分の字なのに読めないなんて本当におかしな話ね。助かりました」
いつもの貼り付けたような微笑とは違う、素直な礼とともに向けられた笑顔。それを目にした瞬間に、頑なだった心が、また少し緩む。
このまま数ヶ月もここで過ごせば、傷も癒えるのだろうか。
傷が癒えたら……自分はどこに向かうべきなのだろうか。
そんなもの、戦場に決まっているはずなのに。即座に思い浮かばなかった自分に、わずかな戸惑いを覚える。
戦況はどうなっているのだろうか、とか。
俺より能力が劣っていた同期にもとっくに追い抜かれているのだろうな、とか。
思考が浮かんでは沈み、沈んではまた浮かぶ。
「聞いたか、旦那。王国軍が昨日の会戦で大勝利を収めたらしいぜ」
痛みに苛まれる日も減ってきたある朝、隣のデックが興奮気味に声をかけてきた。幕舎のあちこちで兵士たちがざわついている。「もうすぐ戦争が終わる」「家に帰れる」――浮き足立った空気が天幕に満ちようとしていた。
「……勝利、か」
俺が求めていたはずの二文字。だが、それを聞いてもどこか虚しく響いた。
だって俺は、その勝利に何一つ関わっていない。ここで横になっていただけの男に与えられるものは、名誉どころかただの汚名でしかないだろう。
焦りとともに、また心が強張る。
やはり今からでもどうにかして戦線に復帰できないかと。動かぬ足を殴りつけようと拳を振り上げた、その時――
「――どけ! 使えなくなった荷物を運んできてやったぞ!」
幕舎の入り口が乱暴に開かれ、軍の輸送兵たちが何かを投げ捨てるように運び込んできた。
音を立てて地面に転がったのは防具も纏っていない男たち。一見したところ、この幕舎に運ばれるほどの怪我を負っているようには見えない。
ただ、どうにも様子がおかしい。一人は自分の髪をむしり続け、もう一人は無言で額を地面に打ちつけていた。
「もし、この方々は……?」
奥から駆け寄ってきたテレーゼの問いに、輸送兵の一人が鼻で笑う。
「こいつらは大聖女セーニャ・ヴェスティーア様が大いなる奇跡で治してくださった連中ですよ。それなのに、戦場へ戻した途端に腰を抜かして使い物にならなくなった。傷一つねえ、ぴかぴかの身体にしてやったってのにこのザマなんだから……まったく、贅沢な野郎共だ」
男はテレーゼに視線を向けることもなく、馬鹿にするように吐き捨てる。
「戦えない兵を抱える余裕はないと殿下もご立腹でね。そこで寝てる連中と一緒に、適当に面倒を見てくださいよ」
それだけを言い残し、輸送兵たちは埃を立てて去っていった。
残されたのは、身体だけは完璧に修復されているにもかかわらず、魂をどこかへ置き忘れてきた男たち。
その姿が……かつての父と重なった。
テレーゼは何も言わず、彼らのもとへ歩み寄った。震えの止まらない身体に触れ、痛ましいものを見るような目を向ける。
「……そう。王家はまた、同じ過ちを繰り返しているのですね……」
彼女の指先から、あの微かな光が灯る。
傷を治すための光ではない。もはや見慣れてしまった、深い眠りへと誘うだけの灯火だ。
「おやすみなさい。もう、頑張らなくていいのですよ……」
地に横たわった男が、ゆっくりと瞼を閉じる。
その頬を伝う涙を、テレーゼが静かに拭った。
運び込まれてくる負傷兵が増えるにつれ、戦況は勝利へと加速していった。
伝え聞く噂によれば最前線に配置された新たな大聖女の奇跡はとどまるところを知らず、どれほどの重傷者も一夜にして戦線へ復帰させているのだという。
それは、三十年前の奇跡を彷彿とさせる話だった。
「なんでもたいそう愛らしい御方だそうだぞ。是非ともお目にかかりたかったもんだぜ」
「へへ、うちにいる大聖女様だって傷持ちだが美人には違いねぇだろうが。しかもかすり傷を塞ぐのに三日もかけてくれるんだぜ?」
そんな会話を交わしながらデックたちは笑い合っている。内容こそ皮肉めいているが、そこにかつての棘はない。テレーゼをはじめとした修道女たちの無償の献身に絆されたのか、彼らの顔にはどこか穏やかな諦念が浮かんでいた。
王国軍の輝かしい戦果の裏側で、身体だけを修復された抜け殻の数は増え続けていた。
自らの名さえ思い出せぬ者たちを遠巻きにし、いないものとして扱う空気がこの幕舎にも漂っている。世話人たちも手が回らないのか、最低限の手当てだけが施されたまま放置される者も少なくない。彼らに根気よく付き合っているのはテレーゼくらいなものだった。
「シスター・テレーゼ。あのウーウーうるさい連中にとどめは刺してやらないのかい?」
誰かが顎で示し、嘲るように言う。テレーゼは軽口を叩いた男の額を手のひらで軽く打ち、「なりませんよ」と窘めた。
「時間をかければその傷も癒える日が来ます。……見捨てるわけにはいきません」
「さすがは大聖女様。なんとも慈悲深いことだ」
「あんな姿になってまで戦場に追いやられるんなら、俺たちはここに運ばれて幸運だったのかもしれねぇな」
「違いねぇや!」
どっと笑い声が起きる。そっと輪から外れたテレーゼが、その光景を静かに眺めていた。
「……シスター・テレーゼ。顔色が悪いように見えるが」
声をかけると、立ち尽くしていた彼女は我に返ったように小さく咳払いをし、そそくさとその場を離れていく。
その背中が、何かにひどく怯えているようにも見えてしまった。




