「君は数字ばかりで冷たい」と婚約破棄されましたが、私が管理していたのは国家予算と人事の全てです。 〜ステータスが見える私は隠しキャラの辺境伯様に溺愛されるので、破綻寸前の国には戻りません〜
「ソフィア・ローレンス! 貴様のような『鉄の女』との婚約は、今ここで破棄する!」
学園の卒業パーティー。
王太子アレクサンダー殿下の怒声が響き渡った瞬間、私の視界に浮かぶ《イベントウィンドウ》には、こう表示されていた。
【イベント発生:断罪の時(回避不可)】
ああ、やっと来た。
私は扇子で口元を隠し、安堵のため息を漏らさないように必死で堪えた。
私の目の前には、金髪碧眼の王道王子様・アレクサンダー殿下と、彼の腕にしがみつくピンク髪のヒロイン・マリア嬢。
彼らの頭上には、私にしか見えないパラメーターが浮かんでいる。
【アレクサンダー(王太子)】
好感度:-50(嫌悪)
政治力:20
知力:35
状態:魅了(中)
【マリア(男爵令嬢)】
ヒロイン補正:EX
家事スキル:0
計算能力:5
特技:涙目上目遣い
……うん。何度見ても絶望的な数値だ。
私は前世の記憶を取り戻した7歳の時から、この【ステータス可視化】能力を使って生きてきた。
この世界が乙女ゲーム『クリスタル・ラプソディ』であることに気づいた私は、当初は殿下との仲を深めようと努力した。
けれど、どんなにプレゼントを贈っても、笑顔を向けても、彼の好感度はピクリとも動かなかった。
だから私は、10歳で悟ったのだ。
『恋愛ルートは詰んでいる。ならば、破滅エンド(国が滅んで巻き添え死)を回避するために、国力だけでも維持しよう』と。
「おいソフィア! 聞いているのか! 貴様はいつもそうだ。ニコリともせず、書類と数字ばかり追いかけて! マリアを見習え! 彼女は私の心を癒やしてくれる、太陽のような女性だぞ!」
「……左様でございますか」
私は冷静に返した。
殿下が「太陽」と呼ぶマリア嬢は、公務を放り出してピクニックに誘い、国の重要書類を「難しいから捨てちゃいました☆」と暖炉にくべるような女性だ。
私が裏でバックアップを取っていなければ、この国はとっくに他国の属領になっていただろう。
「貴様のやることは全てが事務的で、冷酷だ! 先日の人事異動もそうだ。私の幼馴染である近衛騎士団長を、あんな辺境へ飛ばすとは何事だ!」
「騎士団長の『剣術スキル』はC、『指揮能力』はDでした。対して辺境の魔物討伐に必要なのは体力です。適材適所かと」
「うるさい! 友情を数字で測るな! 貴様には人の心がないのか!」
人の心はある。だが、国家運営に友情は不要だ。
私が彼を左遷したのは、彼が裏で賭博にハマり、騎士団の予算を横領していた証拠(【不正パラメーター:MAX】)が見えていたからだ。
それを公にせず、穏便に異動させた配慮も、殿下には伝わらないらしい。
「もうよい! 貴様のような計算高い女は、王妃にふさわしくない! ソフィア、貴様は国外追放だ! 隣国の『呪われた辺境伯』にでも引き取ってもらえ!」
会場がざわめく。
隣国の辺境伯、ヴィクトル・アークライト。
ゲーム内では「隠し攻略対象」であり、条件を満たさないと出会うことすらできない、最強かつ最恐の騎士だ。
「……承知いたしました。謹んでお受けいたします」
私はカーテシーをした。
心の中ではガッツポーズだ。
(やった! これで毎日18時間のサビ残公務から解放される! あとは野となれ山となれ!)
「ただし殿下。私が管理していた『帳簿』と『人事ファイル』は全てお返しします。これからは、マリア様とご自身のお力で国を運営してくださいませ」
「ふん! あんな紙切れ、貴様がいなくても優秀な文官たちが処理するわ!」
殿下は鼻で笑った。
……優秀な文官?
ああ、殿下が「優秀」だと思っている取り巻きたちのことか。
彼らのステータス、全員【政治力:10】【汚職度:80】ですけど、大丈夫ですかね?
私は憐れみの目を向けつつ、会場を後にした。
◇
数日後。
私は馬車に揺られ、国境の森を抜けていた。
行き先は、ヴィクトル辺境伯の城だ。
ゲームの知識によれば、ヴィクトル様は「魔力を吸う呪い」にかかっており、他人に触れることができない孤独な人物のはず。
しかし、私には不安はなかった。
なぜなら、私のスキル【可視化】があれば、呪いの根源も見つけられるからだ。
城に到着すると、出迎えてくれたのは黒髪に赤い瞳の、魔王のような美丈夫だった。
ヴィクトル・アークライト辺境伯。
「……よく来たな、王国の『頭脳』よ」
低い声が響く。
私は彼の頭上に浮かぶステータスを見て、息を呑んだ。
【ヴィクトル(辺境伯)】
好感度:50(興味)
武力:99(カンスト)
知力:95
政治力:90
状態:呪い(残り15%)
備考:運命の相手
(……えっ?)
ハイスペックすぎる。
殿下のステータスがゴミに見えるほどの数値だ。
しかも『好感度』が最初から高い。そして何より『運命の相手』って何? そんな表示、ゲームにはなかったはず。
「初めまして、ソフィアです。……あの、私のことをご存知で?」
「ああ。我が国の密偵から報告を受けている。王国の財政が破綻せずに回っていたのは、全て君の手腕だったとな。……あんな無能な王子の下で、よく耐えたものだ」
ヴィクトル様は苦笑し、私に手を差し伸べた。
手袋をしている。呪いのせいだろう。
「君を歓迎する。……我が領地は武力こそあるが、内政が追いついていない。君の力を貸してほしい」
「……はい! 喜んで!」
私は彼の手を取った。
私のスキルが、彼の呪いの「発生源」である指輪を捉える。
「あの、ヴィクトル様。その指輪、外していただけますか? それが呪いの触媒になっています」
「……なに?」
彼が指輪を外すと、頭上の【状態:呪い】の文字がパリンと割れて消滅した。
同時に、彼から溢れていた冷気が消え、温かい魔力が戻ってくる。
「……信じられん。十年以上苦しめられてきた呪いが、一瞬で……。まさか、お気に入りの指輪が原因だったとは……」
ヴィクトル様は驚愕し、そして私を強く抱きしめた。
「君は……女神か?」
【ヴィクトル】
好感度:MAX(限界突破)
状態:溺愛
わあ、数値が振り切れた。
こうして私は、ヴィクトル様の「最高補佐官」兼「婚約者」として、領地経営に参加することになった。
私の目には、領地の「改善点」が全て数値で見える。
・この農地、【土壌栄養価:低】。肥料の配合を変えれば収穫量3倍。
・この街道、【商人の往来:滞り】。関所の手続きを簡略化すれば税収2倍。
・この新人騎士、【潜在能力:SS】。隊長に抜擢すべき。
私の指示通りに動くだけで、領地は爆発的な発展を遂げた。
ヴィクトル様は私を膝に乗せ(なぜか定位置になった)、書類仕事をする私の髪を撫でながら言う。
「ソフィア、君はすごいな。……だが、働きすぎだ。少しは俺に甘えろ」
「でも、ここの計算が……」
「後でいい。今は君の充電時間だ」
ちゅ、と首筋にキスをされる。
冷徹だと思っていた彼は、身内に対してはとろけるほど甘い人だった。
前世でも今世でも「仕事人間」だった私が、初めて知る安らぎの時間。
私は彼に身を預け、幸せを噛み締めていた。
――一方、その頃。
私を追い出した祖国は、予想通りの末路を辿っていた。
◇
王城の執務室。
アレクサンダー王太子は、山積みの書類に埋もれて発狂寸前だった。
「な、なんだこの数字は! 予算が足りない!? 先月までは足りていただろう!」
「そ、それが……ソフィア様が独自に運用していた『隠し財源』と『投資利益』の回収ルートが、彼女の追放と同時に全て凍結されまして……」
宰相が脂汗を流して報告する。
私が運用していた資産は、全て私の個人名義か、私が作ったダミー商会経由で回していたものだ。私が去れば、当然止まる。
「なら増税だ! 商人から巻き上げろ!」
「できません! 有力な商人たちは皆、『ソフィア様がいない国とは取引できない』と、隣国のヴィクトル辺境伯領へ移転してしまいました!」
「なんだとぉ!?」
さらに、人事も崩壊していた。
私が左遷した汚職騎士を呼び戻した結果、騎士団の規律は乱れ、賄賂が横行。
お友達で固めた文官たちは仕事ができず、書類は停滞し、国民の不満は爆発寸前。
「マリア! お前が何とかしろ! 聖女の奇跡で金を増やせ!」
アレクサンダーは、ソファで菓子を食べているマリアに怒鳴った。
しかし、マリアはふてぶてしく言い返した。
「無理よぉ。私、難しいことわかんなーい。アレクが何とかしてよ、王子様でしょ?」
彼女の頭上のステータスは、今やこうなっているだろう。
【マリア】
好感度:10(金づる)
思考:次の寄生先を検索中
「くそっ、くそっ! ソフィアだ……! あの女がいないと、何も回らない! あいつは俺の財布であり、手足だったんだ!」
アレクサンダーはようやく気づいた。
自分が「王太子」として振る舞えていたのは、全てソフィアという土台があったからこそだと。
「連れ戻せ! ヴィクトルのところへ行って、ソフィアを返してもらえ! これは王命だ!」
アレクサンダーは近衛騎士団を引き連れ、ヴィクトル辺境伯領へと進軍した。
◇
領境の砦。
私とヴィクトル様は、城壁の上から、王国の軍勢を見下ろしていた。
……軍勢といっても、装備はボロボロ、隊列は乱れ、士気は最悪だ。
私の目には彼らのステータスが丸見えだった。
【王国騎士団】
士気:5
空腹度:MAX
状態:転職希望
対するこちらの騎士団は、私の適切な予算配分と食事管理により、全員が【士気:MAX】【状態:高揚】である。勝負にならなかった。
「ソフィア! 戻ってこい! 王妃にしてやるから、この書類を片付けろ!」
下からアレクサンダー殿下が叫んでいる。
プロポーズの言葉が「書類を片付けろ」とは、どこまでも私を道具としか見ていないようだ。
「……不愉快だ」
ヴィクトル様が低く唸り、剣を抜いた。
その瞬間、彼の全身から凄まじい覇気が放たれた。
「彼女は私の妻だ。道具ではない。……貴様のような無能に、彼女の価値は理解できまい」
ヴィクトル様の背後に、数千の精鋭騎士たちが並ぶ。
その威圧感に、王国軍の馬が一斉に怯えて竿立ちになった。
「ひぃっ!? ば、化け物か!」
「逃げろ! 給料も出てないのに死ねるか!」
騎士たちが武器を捨てて逃げ出す。
後に残されたのは、呆然とするアレクサンダー殿下とマリアだけ。
「ソ、ソフィア……頼む……助けてくれ……」
殿下が縋るような目を向けてくる。
私は彼を見下ろし、静かに告げた。
「お断りします。私は今、私の能力を正しく評価し、私自身を愛してくださる方と共にありますので」
私がヴィクトル様に寄り添うと、彼は嬉しそうに私を抱き寄せた。
その様子を見て、マリアが「キーッ! あっちの男の方がイケメンじゃない!」と地団駄を踏んだが、後の祭りだ。
その後、王国は内乱により王家が追放され、共和制へと移行した。
アレクサンダー元王太子とマリアは、国外へ逃亡しようとしたところを捕まり、鉱山で強制労働に従事しているという。
ちなみに、二人の労働生産性は**【評価:E(最低)】**だそうだ。
◇
領主館の執務室。
私は今日もヴィクトル様の膝の上で、決裁書類に判を押している。
「……ソフィア。そろそろ仕事を切り上げないか?」
「あと少しです。この予算案だけは……」
ヴィクトル様が私の首筋に吸い付き、甘く囁く。
「君の『仕事熱心』なところも好きだが、俺の『構ってほしい』メーターも限界だぞ?」
私は彼の頭上を見た。
【ヴィクトル】
欲求不満度:98%
愛しさ:測定不能
「……ふふっ。わかりました」
私はペンを置き、彼の首に腕を回した。
「では、続きはベッドの中で……『好感度調整』をお願いできますか?」
「ああ。朝までたっぷり、愛させてくれ」
私の目には、数字には表せないほどの「幸福」が見えていた。
乙女ゲームのシナリオなんて関係ない。
私が選び、計算し、掴み取ったこの未来こそが、私だけの「トゥルーエンド」なのだから。
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