風花
風花——その名前を口にするだけで、胸が締めつけられる。
祖母の家に来るのは五年ぶりだった。けれど、風花の記憶だけは、ずっと僕の中に残っていた。いや、残っていたと思っていた。実際は、彼女の顔も、声も、曖昧になっていた。ただ、あの時間だけが、確かに僕を支えていた。
僕がこの村に来たのは、両親の離婚が決まった直後だった。誰にも話しかけられたくなくて、誰にも話しかけなかった。祖母の家の裏畑で、ただ風を見ていた。
そんな僕に、風花は声をかけてきた。
「今日の風は、少し泣いてるね」
最初は意味がわからなかった。でも、彼女はそれ以上何も言わず、隣に座ってくれた。毎日、夕暮れになると彼女は現れて、風の話や星の話をしてくれた。
「星って、誰かの忘れた願いなんだよ」
彼女の言葉は、僕の中に静かに染み込んでいった。誰にも言えなかったことを、彼女には話せた。話さなくても、彼女はわかってくれている気がした。
風花は、僕の孤独を風のように包んでくれた。
だから、僕は彼女に会いたかった。
それは、ただの懐かしさじゃない。僕が僕でいられた時間を、もう一度確かめたかった。あの頃の僕は、誰かに必要とされていた。誰かに、見つめられていた。
それが、風花だった。
でも、彼女との最後の会話だけが、どうしても思い出せない。
「赤いトンボが飛んだら——」
その続きを、僕は忘れてしまった。
それでも、赤いトンボを見た今、僕は動かずにはいられなかった。
風花に、もう一度会いたい。
あの時間に、もう一度触れたい。
それが、僕のすべてだった。