第四話 共闘
「お前本当に初心者か?」
「だからー、さっきなったばっかりだって言ったろ」
「転移魔法は一流しか使えない超高等魔法だぞ。それが使えるなんて一体何者だ?」
「転移は転移でも俺が使ってるのは魔法じゃないぞ。普通の人には使えない技術だけど。で、目的の魔獣はどこにいるんだ?」
二人は今イブキの能力によって岩石地帯に来ている。どこを見渡しても岩、岩、岩、砂、岩、砂……
「どこかに隠れているのだろう。私が探知魔法で捜し出す」
キティが魔法を発動すると、すぐ真下から反応があった。
「逃げろイブキ!!」
「ん? いきなりなん――がはっ!?」
地面から飛び出してきた何かがイブキの腹を貫く。
それは巨大なサソリの尻尾だった。そして体長十数メートルの本体が姿を現し、キティに鋏で威嚇する。さらに尻尾を振り回してイブキを遠くまで放り飛ばした。
「イブキ! くそっ、粉々に切り刻んでやる!」
腰に携えてあった愛刀を抜き、サソリに向かって走りだす。そのまま脚を数本切り飛ばそうとして、
「くっ、硬い……!」
ガキンッ!! と、金属同士がぶつかり合うような音をたてて弾かれる。
「ああもうっ、中型レベル4より明らかに強いじゃないか!」
サソリの攻撃を避けながら思わず愚痴をこぼしてしまうキティ。
「『アイシクル・バースト』」
距離をとって氷属性魔法を放つ。
周囲の気温が一気に下がり、サソリの体が凍り付いていく。そこへ粉々にするべく大量の氷塊をぶつけた。
「これで――なっ!?」
完全に凍り付いていたのは表面だけのようで、少しひびがはいった程度だった。そのことに驚いて致命的な隙が生まれてしまう。
サソリが鋏を横に薙いだのを間一髪刀でガードしたが、耐え切れず吹っ飛ばされて岩に叩きつけられた。その際刀を折られ血を吐き出す。
「ごふ……はぁ、はぁ……」
立ち上がろうとしても膝が震えて力が入らない。
(考えろ……! どうにかしてこの状況を)
「いやー毒を消すのに時間かかっちまったよ。しかも腹に穴空いてるし」
と、キティの横に突如イブキが現れた。へらへらと笑っているが、明らかに笑っていられるような傷ではない。
「おま、傷大丈夫か?」
「それはこっちのセリフだよ。状態が数分前と大違いじゃねえか」
地面に横たわるキティを一瞥して言った。その視線から逃れるように顔を逸らすといじけたように口を尖らす。
「敵の強さが予想以上だったんだ。絶対にレベル4以上ある」
「ふーん、それより何で敵さんはさっきから動かないんだ?」
「私だって驚いているんだ。敵だって驚いているのだろう。仕留めたはずの獲物が生きて動いてるのだから」
「意外だ、驚くなんて感情があるくらい知能あるんだな」
「魔獣は強ければその分知能も高くなるんだ」
話しているうちに硬直状態が解けたサソリが鋏を振り上げた。
「イブキ来るぞ!」
「言われなくたって分かってる」
イブキがサソリに手を向けた瞬間、何の前触れもなく鋏が消失した。鋏だけを転移させて本体から切り離したのだ。
「うーん、久しぶりでやりにくいな」
「……今のは、何だ……?」
「俺だけが持つ固有技能だ」
激痛でのたうち回るサソリに再び手を向ける。それだけでサソリはみるみる分解されていくと、尻尾を残して消滅した。
圧倒的だった。
自分があんなに苦戦したのは何だったんだろう、そう感じずにはいられなかった。
「ふぅ、終わった終わった。キティ立てる?」
「なんとかな……ぁ」
「おっと、ふらついてんじゃねえか。しょうがないな、よっと」
「っ!! や、やめろ!」
「はいはい、動くと傷に障るぞ?」
ふらついているキティをイブキは横抱き、俗に言うお姫様抱っこをした。
途端に真っ赤になるキティ。降りようとして暴れるが、イブキに軽くいなされる。
「あ、魔獣の体持って帰るんだった。忘れるところだったよ」
能力で残った尻尾を程よい大きさにしてからキティに持たせる。
「それじゃ行きまーす」
着いた先の依頼所でイブキの腹の穴を見て受付嬢がパニック状態になるということがあったが、それ以外は何事もなく依頼完了となった。
「病院ってどこにあるんだ?」
「なんという辱めだ……お姫様抱っこなんて恥ずかしくて死ねる穴があったら入りたい」
「おーい聞いてるか?」
「こんなところを学院の奴等に見られでもしたら大変だ……舌噛み切って死んでやる」
「聞けーーー!!」
ごつん、となにやらトリップしているキティに頭突きをして目を覚まさせる。
「イタタ……何をする!」
「お前が話聞かないからだろうが。で、病院はどこだ?」
「知らん」
「知らんって」
「私は今日初めてこの街に来たんだ。病院の位置なんて知るか」
「あ、そう。じゃあは宿はとってあるのか?」
「ああ、あっちだ」
キティの指差す方向に歩いていく。
「さっきさ、学院がなんたらかんたら言ってたけど学校があるのか?」
「そんなの当たり前だ。今回は成績優秀で一週間外出許可されたからここまで来れたんだ」
「外出許可、てことは寮生活なのか。大変だな」
「慣れてしまえばそうでもないさ」
そんなこんな話しているうちに、大きめな建物に辿り着いた。
「ここか?」
「そうだ。ここの203号室が私の部屋だ」
部屋の中には簡素なベッドと旅行カバンがあった。
ひとまずキティをベッドに寝かせて腰に差してある刀を壁に立て掛けておく。と、キティが何か言いたげな表情をしていた。
「どうした?」
「いや、その、なんだ……今日はありがとう。おかげでミスリル鋼が手に入った」
「おお、まあ気にすんな。俺はただ銀貨が欲しかっただけだし」
「それでもだ。本当に助かった」
「んな大袈裟な……じゃあ俺はもう行くからな。連れが待ってるかもしれないし」
じゃあなー、と手を振って部屋を出る。
「それにしてもあいつらどこにいるんだ? 連絡する手段もねえし……あいつらの方から来てくんないかなー」
「あら、イブキじゃない」
階段のところでティナと偶然再会した。それに思わず身震いしてしまうイブキ。
「……うわ、今自分で自分が怖くなった」
「何言ってんのよ。アリシアは一緒じゃないの? あんたを迎えに行ったままなんだけど」
「いや、一緒じゃない。てかそれより俺の腹の傷を気にしろよ」
「どうせ何ともないんでしょ」
「まあそうなんだけどさ」
「穴空いてるのもあれだし、治療してあげるわ。アリシアもそのうち帰って来るでしょう」
「やっぱ宿ってここか。何号室?」
「204号室」
「隣ですかそうですか」
絶対何かの力が働いてるだろ、と呟いてしまうのも無理はない。
「隣に誰かいるの?」
「依頼を一緒にやった女の子が泊まってるんだ」
「フラグを立てたわけね」
「立ててねーよ」
そんなこんな言いながら204号室に入る。イブキを椅子に座らせ、ティナは傷口に手を当てた。
「ぐちゃぐちゃね。まあこの程度ならすぐ治るわ。『リカバリー・ライト』」
詠唱をした途端、穴の内側からぶくぶくと泡のように肉が膨れていく。ティナの手が離れたときには既に腹は元通りになっていた。
「ありがとうな。これで腹がスースーしなくて済む」
「どういたしまして。そういえば知り合った女の子は怪我してないの?」
「目立った外傷はなかったけどふらついてたし吐血もしてたかな」
「じゃあついでに診てあげるわ。203号室?」
「ああ」
(こういう所は優しいのにな。普段もこんなんだったら良かったのに)
はぁー、と嘆息しながら203号室のドアを開ける。
「イブキだけど連れがお前の治療……して、くれ……る……」
部屋の中のキティはなんか露出が激しかった。
全身下着姿。手にはズボンがあり、履く寸前で硬直している。純白のブラジャーとパンツがとても眩しかった。
「………」
「………」
「ちょっと、入口で止まらないでさっさと入り……ああなるほど、とりあえずイブキ」
「……はい」
「くたばれ」
その日、宿の二階から人が落ちてきたというちょっとした騒ぎがあった。