訪問者は王都より
朝の光が店内に差し込み、穏やかな日が始まった。
成瀬は、いつものように店の片付けを終えて、ティナと一緒に店を開ける準備をしていた。
「成瀬さん、今日は何だか、ちょっといつもと違う雰囲気ですね」
ティナが首をかしげながら言った。
確かに、今日はいつもと何かが違う。店の前を行き交う村人たちも、少しソワソワした様子で歩いていた。
「うーん、そうだな。なんだか、今日は特別な感じがする」
成瀬はそう言いながら、店を開けると、まもなくひとりの人物が店に足を踏み入れた。
その人物は、今までに見たことがないような、立派な服装をしていた。
身にまとったのは、王族や貴族が着るような装飾が施された衣装で、王都の使者のような雰囲気を漂わせていた。
「いらっしゃいませ」
成瀬が声をかけると、使者はにっこりと微笑みながら歩み寄ってきた。
「こんにちは、私はこちらの王都から参りました。王都商会の代表、ガスパールと申します」
成瀬はその名に驚き、少し警戒心を抱きながらも、冷静に返事をした。
「王都から……? 商会の代表様が、こちらに?」
「はい、そうです。実は、この村にある『三日月堂』という雑貨屋が非常に興味深いという話を聞きまして、ぜひお伺いしたいと思っておりました」
ガスパールは笑顔を絶やさずに、まっすぐ成瀬を見つめる。
その眼差しには、確かに何かを企んでいるような、計算されたものを感じさせた。
「話はお聞き及びかと思いますが、この店の商品は、とてもユニークで、私たちの王都でも是非とも取り扱いたいと考えております」
成瀬は少しだけ眉をひそめた。
「なるほど……、つまり、私たちの店を王都に広めたいということですか?」
「ええ、その通りです。私たちの商会は、貴重な商品を集めて王都に提供する役割を担っていますが、この店の商品は、確実に王都の人々にも喜ばれることでしょう。商品を扱わせていただけるなら、ぜひともお力になりたいと思っております」
成瀬は少し考え込んだ。
自分が異世界に渡って、ここまで来るとは思ってもみなかった。
だが、商会の提案には少しばかりの警戒感もあった。
「ただ、ちょっと待ってください。こちらの店は、決して商売だけが目的ではないんです。静かな生活の中で、村の人々と一緒に、物を大切にしていくことが私たちの大事な方針なんです」
成瀬の言葉に、ガスパールは少し顔色を変えた。
「なるほど……それは理解いたします。しかし、商会としては、どうしてもこの素晴らしい商品を、王都に広めたいという思いが強くあります。もちろん、成瀬様が望む形で、無理強いはしません。ただ、商会としての協力をお願いしたいだけです」
ティナが少し心配そうに成瀬を見上げた。
「成瀬さん……、どうするんですか?」
成瀬はガスパールに向き直り、しばらく無言で考えた。
商売を広げることで、村の平和が乱れることは避けたいと思っていた。しかし、一方で、王都に物を提供することができれば、村の生活が安定し、さらに多くの人々に喜んでもらえるかもしれないという考えもあった。
「ガスパールさん、あなたの提案は、確かに魅力的です。しかし、私たちの店は、商売というよりも人との繋がりを大事にしています。もし、王都と繋がることになったとしても、その点は忘れないようにしたい」
「それで構いません。私たちも、商会として人々との繋がりを大切にしたいと考えています。ですから、成瀬様のご意見に沿った形で進めることが可能です」
ガスパールはしっかりとした態度で返事をした。
成瀬は少し安堵の表情を浮かべた。
「それなら、一度王都に行く前に、もう少し、お話しを詰めてみましょう。私も慎重に考えます」
ガスパールは微笑んで頷いた。
「ありがとうございます。お時間が許せば、ぜひお話し合いをさせていただけると幸いです」
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その日の午後、成瀬はティナと一緒に、王都の使者との話し合いのことを考えていた。
どうしても心の中で迷いが生まれていたが、ティナがそっと話しかけてきた。
「成瀬さん、王都の人たちが来たってことは、やっぱり、私たちの店がすごく評判になってきたってことですよね?」
成瀬は深く頷く。
「そうだね、ティナ。今の状況が、今後どうなるのか、少し怖い気もするけど、商売として大きくしていくことが悪いことじゃないんだろうけど……」
「でも、無理に広げることはないんですよね。だって、成瀬さんは、最初から静かな生活を望んでいたんだから」
「うん、でも、難しいよね」
ティナは少し考えてから、優しく言った。
「成瀬さんが迷っているの、わかります。でも、何が一番大事なのか、きっと成瀬さんなら答えが出ると思いますよ。私たちの店が続くことで、みんなが幸せになれる形を、きっと見つけられますよ」
成瀬はティナの言葉に少し驚き、そして感謝した。
「ありがとう、ティナ。君の言う通りだね」
その後も、成瀬は迷いながらも、王都の商会の提案をどうするかを決める時が近づいていった。