古道具の記憶をたずねて
「あの、成瀬さん、お願いがあるんです」
午後の店番が終わり、夕暮れ時。
店の外で待っていたのは、村の老婦人、アリスさんだった。
「アリスさん、どうしたんですか?」
成瀬は気軽に声をかけた。
「実はね、ずっと大切にしていたオルゴールが壊れてしまったの」
アリスさんが少し寂しげに言った。
その手には、壊れたオルゴールが包み込まれている。
「これは、私の夫が結婚式の日にくれたものなの。長い年月を共に過ごした証として、大切にしていたんだけど……どうしても、もう動かなくなってしまったのよ」
成瀬はオルゴールを受け取ると、その精巧な作りに目を見張った。
古びた木製のケース、手彫りの装飾が施された外装。
そして、オルゴールの鍵を回すと、今までの思い出が詰まった音色が響く。
「これは、素晴らしいオルゴールですね。壊れた部分はどこですか?」
アリスさんは少し困ったような顔をした。
「実はね、このネジの部分が外れてしまって、回らなくなっているの。でも、それだけじゃなくて……音も昔のようにきれいに鳴らなくなっているような気がして、どうしても気になるのよ」
「わかりました、少し修理してみます」
成瀬はオルゴールを手に取り、じっくりと調べ始めた。
ティナも興味津々でそばに寄ってきた。
「成瀬さん、これ、直せるんですか?」
「うん、壊れた部分を修理すれば大丈夫だろうけど、音の方はどうだろうな……」
成瀬はオルゴールの内部を見つめ、慎重にネジを締めていった。
だが、その作業中に気づいたことがあった。
「……これ、少し変だな」
成瀬は、ネジの位置や歯車の動きを確認しながら思案する。
「もしかしたら、内部の歯車が摩耗しているかもしれない。昔のものだから、少しずつ劣化しているんだろうな」
「それじゃ、直すのは難しいんですか?」
ティナが心配そうに尋ねる。
「うーん、そうだな……でも、壊れている部分がどこかを見極めれば、修理できるかもしれない」
成瀬はさらに慎重に調整を加えた。
ネジを元の位置に戻し、歯車の動きを確かめ、やっとオルゴールが再び回り始めた。
「おお、動き始めたぞ!」
ティナが、驚きの声をあげる。
そして、ゆっくりとオルゴールの音色が広がり始めた。
だが、音色はやはり以前とは少し違うようだ。少し不安定な音が耳に届く。
「音が少しかすれているな……」
成瀬はさらに調整を加えてみたが、どうしても完全に元通りにはならなかった。
「成瀬さん、どうしても元の音色には戻らないんですか?」
ティナが残念そうに尋ねる。
「そうだな、完全には元通りにならなかったけど……少なくとも、また動くようにはなった。音も、昔のように響いてほしいけど、年数が経っているから仕方ない部分もあるんだよ」
その時、アリスさんが静かに口を開いた。
「成瀬さん、ティナちゃん……ありがとう。もう音が聞けるだけで、私は嬉しいんです」
アリスさんの目には、涙が浮かんでいた。
「こんなふうに、昔の思い出が蘇るだけでも、私には十分なのよ」
成瀬はその言葉に胸が熱くなった。
オルゴールが奏でるかすかなメロディは、どこか切ないが、確かにアリスさんにとっての大切な記憶を呼び起こしていた。
「アリスさん……」
成瀬は少し悩んだ後、アリスさんに向き直った。
「もし、音色が元通りにならなくても、大丈夫だと思うよ。このオルゴールには、きっとたくさんの思い出が詰まっているんだ」
「ええ……、そうね。夫と一緒に過ごした時間、そして、夫がくれたこのオルゴール。大切にしているわ」
アリスさんは、微笑みながらオルゴールを大事そうに抱きしめた。
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その後、アリスさんは成瀬とティナに感謝の言葉を述べると、ゆっくりと家へと帰っていった。
店の外では、穏やかな夕暮れが広がり、空には淡いオレンジ色の光が差していた。
「成瀬さん、オルゴール、直ったんですね!」
ティナが元気よく言うと、成瀬は笑いながら答えた。
「うん、少し不完全だったけど、アリスさんが喜んでくれてよかったよ」
「でも、オルゴールにこんなにたくさんの思い出が詰まっているんですね。成瀬さんが修理してくれて、アリスさんはきっともっと幸せな気持ちになったでしょうね」
「そうだな……、物には人それぞれの思いが詰まっているんだよ。僕たちができるのは、その思いを大切にすることくらいかな」
ティナはその言葉に静かに頷いた。
「うん……私も、もっとそういうことを大切にしたい」
成瀬とティナは並んで歩きながら、星がまたひとつ、またひとつと夜空に現れるのを見上げた。