雑貨は橋をかける
異世界に来て、まだ半日も経っていないというのに、どうしてこうも心が落ち着くのだろうか。
夜が明けて、俺は村長の許可を得て、早速三日月堂の営業を始めることにした。
今のところ、雑貨屋というよりも、異世界の品物を売る、ちょっとした出張所みたいな感じだ。
だが、予想外だったのは、俺が提供する品々に対する村人たちの好奇心の強さだ。
「これは何ですか?」
「これは、ライトと呼ばれる道具です。暗いところを照らすことができます」
村人の一人が、俺が持ち込んだ懐中電灯を興味津々に覗き込む。
「それは、どうやって動くのですか?」
「スイッチを押すだけです。電池というもので動いています」
俺の説明に、周りの村人たちは口々に驚きの声を上げた。
電気という概念がないこの世界では、懐中電灯すら魔法の道具のように見えるらしい。
その後も、俺は「懐中電灯」「カセットコンロ」「ホウキ」「使い捨てカメラ」など、地球のちょっとした道具を、次々に見せて回った。
その反応はどれもこれも予想以上だった。
「これで村の広場も明るくなる!」
「うわ、これで料理が簡単にできるんだ!」
「これがカメラ!? 本当に写るのか?」
それぞれの村人たちが歓声を上げ、無邪気に喜んでくれる。
まるで、ずっと待っていたかのように、心から感動してくれている様子が伝わってきた。
そして、俺が一番驚いたのは、ティナが楽しそうに村の人たちに説明している姿だった。
「成瀬さん、これ、すごいです! 皆さん、すごく喜んでいます!」
「いや、まだ始めたばかりだからな。でも、こうして受け入れてくれるのは嬉しいよ」
ティナは、俺が準備していた商品を一つ一つ丁寧に渡しながら、村の人々と楽しそうに会話をしている。
その顔には、やはり希望のようなものが浮かんでいた。
俺の心の中で、少しずつではあるが、この村との繋がりが深まっていくのを感じる。
「さあ、次はこれだ!」
俺は手に取った道具を村長に向けて見せた。
「これは『ポケットラジオ』って言ってな、音楽を流すことができるんだ」
村長は興味津々でラジオを手に取る。
その瞬間、ラジオが音を立てて、静かな村に音楽が流れ始めた。
村の広場が、どこか懐かしいメロディに包まれる。
「すごい……音が、空気を変えますね」
村長の言葉に、俺は少し驚きながらも笑顔を返す。
「まあ、ちょっとした魔法のようなもんだ。電気があれば、こんなことができる」
村長はしばらくそのラジオの音に耳を傾けた後、深く頷いた。
「これは、まさに私たちの生活を変えるかもしれません。異世界の品々が、こんなにも私たちを豊かにしてくれるとは……」
その言葉に、俺は胸の奥で何かが弾ける音を聞いたような気がした。
物を売る、という行為がただの商売ではなく、何かもっと深い意味を持つような気がしてきた。
——俺が持ってきたものは、単なる道具じゃない。
——それらが、この村に希望を与えているのだ。
その感覚が、どこか誇らしい。
「いや、ただの道具なんですけどね。こうやって喜んでもらえると、こっちも嬉しくなります」
ティナが小さく笑う。
「成瀬さん、きっと、これからもいろんなものを持ってきてくださいね。私たち、もっといろんな世界のものを見たいです」
その言葉に、俺は思わず答えた。
「それじゃあ、次は……そうだな、風鈴を持ってきてみようか」
「風鈴?」
「うん。涼しげな音で、夏の風を感じることができるんだ」
ティナは目を輝かせて言った。
「それ、絶対に素敵です! 私も欲しいです!」
その言葉に、俺は少し照れくさくなるが、同時に確かな手応えを感じていた。
——俺が持ってきた道具が、村の人々に笑顔をもたらす。
それがどんなに小さなことでも、確かな喜びを生むことができる。
俺は決心した。
——この異世界での商いを、もっと大切にしていこう。
====
その日の営業が終わり、夕方が訪れた。
俺とティナは、広場の片隅に腰を下ろして、村の風景を眺めていた。
「成瀬さん、今日は本当に楽しかったですね」
「そうだな。こうやってみんなが喜んでくれるのは、やりがいがある」
「これからも、いっぱい持ってきましょうね。たくさんのものを、たくさんの人に」
俺は静かに頷くと、もう一度、目の前の風景を見渡した。
——異世界の村と、雑貨屋。
そして、ティナの明るい笑顔が、ここでの生活の始まりを告げている。
俺はふと、心に誓った。
——この場所を、守りたい。
——そして、この店を通じて、もっと多くの人々を幸せにしたい。