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異世界へようこそ、三日月堂

俺の名前は成瀬悠馬なるせ ゆうま

東京の外れでひっそりと営業している、古道具屋――いや、なんでも屋といった方が正しいかもしれない。


祖父の代から続く雑貨屋「三日月堂」を継いで、早一年。

昭和レトロな店構えと、どこか懐かしい品々が売りのこの店に、若者が来ることはまずない。


だが俺は、静かなこの生活を気に入っていた。

人付き合いが苦手なわけじゃない。だけど、派手な日常に興味もない。


——平穏こそ至高。


そんな俺の座右の銘は、この日を境にぐらつき始める。


 


きっかけは、倉庫の整理中に見つけた木戸だった。


「ん? こんな扉、あったか……?」


店の奥、埃をかぶった棚をどけると、そこには古びた木製の扉がぽつんと立っていた。


和風というより、どこか洋風のデザイン。

そして、妙に新しい。


見覚えはない。でも、祖父の代からずっと、この倉庫は使っていたはずだ。俺が知らないなんて、あり得ない。


試しにノブを握ると——開いた。


ギィ……という音とともに、扉は俺を別の空間へといざなった。


 


「……は?」


そこには、緑の丘と、小さな村が広がっていた。


風に揺れる草、のんびりと草を食む羊。

そして、丸太を積んだ家々が立ち並ぶ、どこか牧歌的な村の風景。


「……え、ええええっ!?」


混乱する俺をよそに、空には二つの月が並んで輝いていた。


どう考えても、ここは地球じゃない。


 


「あなた、人間……ですよね?」


不意に後ろから声がして、俺はびくりと肩を跳ね上げた。


そこに立っていたのは、銀色の髪を持つ少女だった。

年の頃は十六、七。素朴な刺繍の入ったワンピースのような服をまとい、大きな瞳で俺を見つめている。


「え、あ、えっと……そっちは?」


「私の名前はティナ。この村の出身です」


彼女はぺこりと頭を下げた。

その仕草が、あまりにも自然で、俺の混乱はさらに加速する。


「待って、えっと……ここ、どこ? ていうか、君は……人間、だよね?」


「たぶん、人間です。あなたの世界とは、少し違うかもしれませんけど」


どうやら俺は、あの扉を通って、異世界に来てしまったらしい。


 


——これって、よくあるやつじゃないか?


アニメとかラノベとかでよく見る、異世界転移。


けど違うのは、扉はまだ繋がっていること。


つまり、帰れる。


「あの扉を通って来たんだけど……戻ってもいい?」


「もちろん。でも、少しだけ待っていただけますか?」


ティナが申し訳なさそうに頼んでくる。


「村の人たちに、あなたのことを話したくて。もしかしたら、予言の来訪者かもしれないって……」


「予言?」


「はい。空に青い光が現れる時、遠き世界から訪れる者が村を救うって、言い伝えがあるんです」


まさか、俺の懐中電灯のことか?


試しにバッグから取り出してスイッチを押すと、ティナは「うわっ!」と目を見張った。


「それが、その光……! 本当に地の星の品なんですね!」


「いや、懐中電灯っていって、ただの道具だけど……」


「すごい……これ、村のみんなに見せてもいいですか?」


興奮気味のティナは、懐中電灯を抱えて駆け出していった。

俺は、なんだか流されるままに村へ連れて行かれることになった。


 


====


 


村はルーナ村という名前だった。


家は木造。電気やガスは見当たらず、夜はランプと暖炉で過ごしているらしい。


ティナに案内されて着いたのは、村長の家。

どこかで見たような、童話の中の賢者っぽい白髭の老人が迎えてくれた。


「ほほう、地の星よりの来訪者とな……」


「いや、あの、俺はただの雑貨屋の店主で……」


成り行きで、俺の仕事や道具の説明をすることになった。

スマホのライトやら、カセットコンロやら、使ってみせると、村長は目を丸くしてこう言った。


「この建物、三日月堂とか申したな。そなた、そのまま此処で商いをしてはどうじゃ?」


「へっ?」


「我らにとって、地の星の道具は奇跡の品。見たことも、聞いたこともないものばかり。ぜひ、その扉を通じて、この地にモノの橋をかけてほしいのじゃ」


「ええええ!?」


あまりにも唐突な提案に、俺は言葉を失った。


「そなたのその扉が繋がっておる間だけでもよい。村の一角を貸すゆえ、どうかお願いできぬか?」


「…………」


俺は考えた。


——非現実すぎるけど、扉は戻れるし、危険はなさそう。


——それに、静かな村の雰囲気は、嫌いじゃない。


ふと、ティナと目が合う。彼女は、どこか不安そうに俺を見ていた。


「成瀬さんが、いてくれたら……うれしいです」


その一言に、背中を押された。


「……わかりました。じゃあ、ちょっとだけ、異世界出張三日月堂、やってみますか」


 


その夜。


俺は村の空の下、二つの月を見上げていた。


不思議と、心が静かだった。


新しい日常が、そっと始まりを告げていた——


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