三
「今日もいい天気だね。どこ行こっか」
「んー、カフェでまずお茶しない?」
よく晴れた土曜日の午後。
俺と彼女は手を繋いで天木通りを歩きながら、会話を交わしていた。
「あ、ちょっといつものところ寄っていい?」
「もちろん」
すると彼女は通りの道端に立ち止まり、手を合わせる。ガードレール沿いのなんの変哲のない道。
磯貝真樹が事故死した場所であった。
目を閉じて、手を合わせる彼女の名前は磯貝涼子。その隣で同じく手を合わせる俺――百道幸太郎。
真樹さんの死から約三ヶ月が過ぎていた。真樹さんの妹である涼子さんと俺は恋人同士となっていた。
きっかけは涼子さんと初めて出会った翌日。
涼子さんからのLIMEが届いた。
「ご飯でも食べに行きませんか?」というシンプルなお誘いであった。何も用事がなかった俺は、軽く「いいよ」と返事をした。
新鮮な海の幸が有名な個室居酒屋で、チューハイを傾けながら俺たちは色々な話をした。
趣味の話から始まり、仕事のこと、好きな漫画の話、ファッションの話、そして真樹さんの話……いろいろな話で盛り上がった。
そこからはよくある話だ。食事を重ね、どちらからともなく告白をし、それなりに体も重ねた。
俺は涼子さんを大切にしたいという思いが強くあった。真樹さんが繋いでくれた縁だから、というのもある。涼子さんを大切にすることで、真樹さんも大切にできるんじょないか……とにかく今、俺は幸せの絶頂にいた。
「今日で三ヶ月目だね」
「そうだね。四十九日も終わって、少し落ち着いたかな」
「うん」
天木通りから駅に入り、アメリカ東海岸風のダイナーを模したテラスカフェに腰を下ろし、コーヒーを飲みながら俺たちは話していた。
「しかし四十九日の日はびっくりしたよ」
「何が?」
「だっていきなりご両親に挨拶だろ。その場で言われたから心の準備ができてなくてさ。まぁ服装もスーツだったから問題なかったけど」
「こういうことは早くしておいた方が何かと便利でしょ」
そういうと、涼子はからからと笑い、コーヒーを飲み干す。俺はコーヒーポットに手を伸ばし、涼子のカップに注ぐ。砂糖を二つ入れるのも忘れない。本場アメリカのダイナーではコーヒーは飲み放題。このカフェはそんな慣習も取り入れている。
ありがと、と言いながら涼子は二杯目のコーヒーに口をつける。
「明日仕事は?」
「明日はシフトが入ってないから休みだよ。どこか行く?」
「んー、久々に浜江に出ない?」
そんな会話をしながら、俺たちは明日――土曜日の計画を立てていた。俺は土日祝休み、涼子はシフト制なので仕事の休みは合いづらいが、時々こうやって時間を見つけては会うようにしている。
俺たちは浜江駅前に出た。我が県の県庁所在地。商業施設が立ち並ぶ、いわゆる若者向けの場所。
ちょうど季節のイベントが近いということもあり、人出は多い。俺たちは、ちょうどイベントが開かれている広場にやってきた。風船やプレゼントを抱えた大きなクマの着ぐるみが、子どもたちに囲まれている。
「あ」
「あれは……」
そのクマは、真樹さんと涼子さんがLIMEの待ち受けにしているキャラクターだった。パッチリとした目と、見事に左右対称に逆への字型をしている口。巷ではクマーンと呼ばれているキャラクターだった。最近知ったことだが、地元出身のアーティストが作ったいわゆるご当地キャラらしい。
子どもたちの列がひと段落したのち、涼子が目をキラキラ輝かせて言った。
「ねぇ、クマーンと写真撮ろうよ」
俺は苦笑した。まだまだこういうところが子どもっぽい。断る理由も見当たらないので、俺は笑顔で涼子と共にクマーンの横に並んだ。涼子は近くにいた係員の女性に自らのスマホを渡し、写真撮影をお願いした。係員は笑顔でスマホを受け取り、クマーンに向かって軽くピースサインをし、立てた指を2度くいくいっと曲げる仕草をした。写真撮影の合図なんだろう。クマーンは即座に同じポーズを係員に返し、俺と涼子の肩にそっと手を乗せた。
いきますよー、はい、チーズの掛け声と共にシャッターの軽快な音が流れる。もう一枚撮りますねー……
クマーンは次に俺たちの腰の横に手を置いた。後ろには、イベント内容が書かれたパネルが立てかけてある。
真樹さんも同じことを言っていたのだろうか。そんなことを考えていた。
いきまさよー、笑ってー、はいチーズ。
カシャっ。
二枚目のシャッターが切られた。
それから何秒のことだろうか。突然涼子がくずおれるようにして倒れた。
「……え?」
突然のことに、俺は目を疑った。
涼子は倒れたまま動かないーー