6.渾身の説得②
それでもシンデレラを舞踏会へ連れて行かなければ物語は進まない。シゼルは苦し紛れに声を絞り出した。
「いや、そんなことは……ないはずだ! きっと! 多少の苦労はあるかもしれないが、君が幸せになるのは確実なんだから!」
「根拠もない空言を信じろと言われても。そもそも私、神とか信じていないので」
「罰当たりな!」
「ふふ、やかましいですね」
彼女は軽やかに笑いながら、棘を投げる。
王子と結婚するという未来を教えるという、割と禁じ手を使ってもなお心動かないシンデレラに、シゼルは追い込まれる。
しかし何としてでも舞踏会へは来てもらわなければならない。
そう、何としてでも、絶対に、必ず。
──シゼルは、勢い良く地面に伏して額と両手を地面につけた。
「頼む、この通りだ!」
「あらあら……無様ですね」
ついに説得を諦め、懇願という悪あがきを使ってきたシゼルを、冷たく澄んだ瞳でシンデレラは見下ろす。
シゼルからはシンデレラの表情は見えないが、視線の痛みはひしひしと感じていた。
それでも彼は頼み込む。
「どうか、舞踏会へ行ってくれ! 行ってくれさえしたら、すべて上手くいくんだ!」
必死なシゼルに対して、シンデレラは嘲るようにふっと声を漏らす。
「あなた、私の幸せのためとか崇高なこと仰ってましたけど、本音は自分のためですよね? 神とやらのお告げに逆らえないだけですよね?」
「ぐっ……」
図星を突かれ、シゼルは気まずい思いをする。
しかし、どうせここまでの醜態を晒しているのだからと、彼は恥をかなぐり捨てた。
「……そうだ、その通りだ! 俺は神に逆らうのが怖い! 敵に回したくない! 自分の身が可愛い! 君の幸せなど二の次だ!! すまない!! だから舞踏会へ行ってくれ!!」
本音をぶちまけたシゼルは、そのあまりの情けなさに身悶えしそうになる。力強く地面を掻いた。
シンデレラから返事はない。
呑気に鳴く小鳥の声がこの空気の中で不自然に浮いている。
「……ふっ」
まるで浅く呼吸するような、そんな息遣いを皮切りにシンデレラは笑い始めた。
「あっははは! そこまでハッキリ言われるといっそ清々しいですね」
シンデレラの高笑いに、シゼルは顔を上げる。
ラピスラズリ色の目を三日月のように歪めた笑みが彼を出迎えた。
「いいですよ、その切実な思いに免じて行きましょうか」
「ほ、本当か……!?」
「ただし、私が王子様と恋に落ちるかどうかはわかりませんよ。仮に恋をしなかった場合、いくら頭を下げられても結婚などしません。あと、疲れたら途中で帰ります」
「ああ、構わない! 君は必ず王子に惚れるんだから!」
喜びのまま立ち上がり、シゼルはシンデレラの手を握り締める。
調子に乗らないでくださいねと、微笑んでいたシンデレラの瞳が薄く開く。
ひそやかな怒りが燻っているのを察知し、シゼルは瞬時に手を離したのだった。