【エピローグ】いつかの明け方
ん…ごめん、起こした?
水飲む?…寝ぼけてる?
今、まだ朝5時だよ。寝てていいよ…
俺?俺は志麻ちゃんの寝顔見てたの。
…ありゃ、目ぇ覚めちゃったの?
俺の話…?
ああ、俺の話ね。…今?
長くなるし、面白い話じゃないと思うよ。…わかった、わかった、約束だもんな。
…そうだな。まず…懺悔の前提というか、言い訳だけど。
…そう、懺悔だよ。眠くなったら、寝ていいからね。
俺は中学から志麻ちゃんに会った高一くらいな、あん時すごい荒れててさ。…そこまでは見えなかった?そうかもね。俺、それまで結構優等生だったし、グレ方がよく分かんなかったのかもなあ。授業サボっても夜遊びしてもユキがヒョイヒョイ付いてきて、あんま悲壮感なく形ばっかり不良になったというか。
原因ね。それはハッキリしててさ。中二の夏に、父親が出て行ったんだよ。浮気してて…よりによって母親の、妹と。
気持ち悪いだろ。
でもさ、父親と叔母が言うには、元々は俺の母親が妹から寝取って俺を妊娠したから仕方なく結婚したんだって。…そうだよ、そう言ったんだ、俺が怒って父親のいる叔母の家に押しかけた時。
…大丈夫。ありがと、志麻ちゃん…いいんだ。今はもう、なんとも思ってな…大丈夫だって!大丈夫だから!
まったくもう…志麻ちゃんと話してると力抜けるわ、マジで。
まあ正直ね、父親が不倫して出てくなんてよくある話だろうよ。…始末に負えないのが、俺の母親はそれでもずーっと父親のことが好きで、父親は父親で絆されたのか俺を口実にたまに帰ってきたりする。今でもしてるんじゃない?…俺が出てくまではそうだった。俺はね…家に帰って誰もいないより、父親と母親の靴が揃えて置いてある時が怖かったよ。その後で絶対、母親が泣くんだから。
…まあそうやって親がいい歳して恋だの情だの揉めてたせいで、高一の頃の洸季少年は、恋愛っていうものにアレルギーがあったわけ。
…だからって、…ゆうくんの告白をオモチャにした言い訳にはならないけど。
…やっぱこの話やめていい?これで志麻ちゃんに嫌われたら俺、泣くよ。
本当かなあ…。まあ、絶対、離してやんねーけど。…可愛い、赤くなって…。
…ダメ?話終わったら、いい?…違う違う、誤魔化そうとしてんじゃないって。
ゆうくんの告白を面白がって動画に撮ったのはユキだけど、ユキを殴った沖田にムカついて悪質な嘘告を持ち掛けたのは…俺なんだ。ごめん、志麻ちゃん。
なんでそんなこと言ったかって、うん…。
「人の真剣な恋を笑うな」って、言われたからかな。
恋がなんだっていうんだ、って、真剣だろうがふざけてようが恋は恋だろって。俺の親がいい歳して入れ込んでるあの茶番じゃねえかって…。
志麻ちゃんと沖田が付き合うようになって、じゃあキスしろよって言ったのも同じような理由かな。真剣だって言われるほど、ムカついて。
恋で母親を死ぬ程苦しめてる父親に、苦しんでる母親に、恋がなんだっていうんだって、他の何を犠牲にする価値があるんだって…何度怒鳴っても、「真剣なんだ」って言われて…。…正に、アレルギーだな。「真剣な恋」なんて、かなりのNGワードだったんだよ。今、思うと…。
ひとの気持ちをオモチャにして、復讐した気になってたんだろうか。
…嫌なこと思い出させてごめん。俺も今思うとゾッとするよ。他の男に志麻ちゃんキスさせようとしてたなんて…。
…。
……し、…て、ないよ、な…?
痛っ、ごめっ、痛い、申し訳ありません。
うん…俺が最初?
志麻ちゃんにキスしたの。
そっか。良かった、沖田が理性的で。…ごめん、こんな話。
…そうやって、志麻ちゃんが全部許してくれちゃうからさ。
志麻ちゃんは結局全部自分で抱え込んで、最後弱ってどっかで人知れず死んじゃうんじゃないかって、心配だった時期あるよ、俺。
だって、マジでさ、最初っから、野生の猫みたいだったよ。
毛ぇ逆立てて、俺らのことちょっと怖がってるのに威嚇して来てさ。そのうち段々近付いてきて、いつの間にかへっちゃらで俺とユキの間でメシ食っててさ。
野良猫を手懐けた気分だって、ユキがよく言ってた。あいつはあれでも、志麻ちゃんのことは最初から気に入ってて、「アホの鯨井が来たら危ないから」ってちょいヤバめの先輩と絡むのも辞めてさ。気付かなかっただろ?…あ、アホってのはユキが言ってただけ。俺は…俺はちょっとしか思ってない…ハハッ、ごめんって。
志麻ちゃんが入り浸るようになったら、そんなこと知らないはずの他の女子も不思議となんか近付いてきて。知らんうちに丸くなったんかなあ。んでユキが告白されて、…そー。伊坂さん、もう長いよなあ。
…あー、よく覚えてるね。そうね…俺も告白されてちょっと付き合った、ね。二人…くらいか。
…
いや、言い訳していい?いや、是非させて。
俺ね、自覚なかったけど、めちゃくちゃ悶々としてたのよ。あん時。志麻ちゃんが毎日会いに来てくれるのが嬉しくてさ、なんか浮かれちゃって、でもなんだかよくわかんなくって。恋だなんて思いたくないし。…浮かれてたの。わかりにくくてすみませんねー。浮かれてたの!
だから、今思うと…二人ともちょっと志麻ちゃんっぽい子だった、よ。志麻ちゃんじゃねえから、結局全然続かなかったけど…
嘘でしょ。なんで!?なんで泣いて…なんでもなくないじゃん、泣いてるじゃん。志麻ちゃん…ごめん、俺なんか嫌なこと…痛っ!なに?痛い、いや痛くないけど、なに?その猫パンチ。…え、ヤキ…モチとか?
……マジで?
は?…マジで?ちょ…
や、ヤキモチ焼いてくれてんの…?!
志麻ちゃん、かお、顔見せて。だめ、見せて。
…か、可愛い…
…
…
…んー…、…話?…ああ、話か。でももうちょっとだけ…、志麻ちゃん…
いたっ、痛いっ、わかった、わかった。暴れるなって。
…どこまで話したっけ?
とにかくね、俺が最初に自覚したのは、修学旅行の時…というか、その前くらい。
志麻ちゃん覚えてないかな。志麻ちゃんがさ、突然、「修旅の夜間外出一緒に行くぞ!」って言い出して。ユキとゆうくんが断ったらさ、志麻ちゃんこう言ったんだよね、「キヌと二人きりはマズいよなあ、彼女に悪いし」って…。
俺、そん時、彼女と別れれば志麻ちゃんと二人で夜の京都歩けるのか、じゃあ別れようってすぐ別れて…2か月くらいしか付き合わなかったな。…そうだよ。可愛いだろ、俺。彼女と別れて、志麻ちゃんが次に夜間外出の話したら誘おうってドキドキしてさ…。
…この話しても大丈夫かな。俺はさ、本当にクズだったから…あの修旅まで、本気で…「結果的には良かった」って思ってたんだよ。ユキも多分、そうだった。
沖田に嘘告させて、志麻ちゃんを傷付けたけど、結果的に志麻ちゃんと仲良くなれて、毎日楽しくって、良かった良かったって本気で…。志麻ちゃんも、最初は怒ってたけど、ある時からパッタリ恨み言言わんくなってさ。あー立ち直ったんだな、なんて…。今思えば…ユキに彼女が出来たあたりだよなあ。伊坂さんの耳に入らないようにしてくれたんだろ?
ほんとに志麻ちゃんってさ、全部曝け出してるようで、溜め込んでたりするからなあ…。…いいえ、そういうのはミステリアスとは言いません。
修旅の夜に、男に告られてるの見た時は焦った。しまった、取られる、って、足が震えたな。そしたらまた沖田で断ってて、なんだよって思ってたら…
…あの後、俺らが話し掛けた時の志麻ちゃんの…真っ青な顔、未だに忘れられない。
あの時に、俺は、自分が何をしたのか、志麻ちゃんをどれだけ傷付けていたか、初めて知ったんだ。
動揺して、何も気づいてないユキに説明したら、ユキがショックでわんわん泣いて。俺らが泣いたら志麻ちゃん、許すしかねえだろ泣き止めって言ったけどやっぱ泣いちゃったな。
あの日は寝られなかった。そんくらいショックだった。いちから志麻ちゃんに怒られて言われてたこと思い出して…
俺の恋なんて、叶うわけないじゃんって思った。
あんなことして、過呼吸起こすまで追い詰めて、好きになってもらえるわけないって…。
諦めようって思った。
諦めて、志麻ちゃんに許してもらえるように、友達として出来ることしようって。二度と志麻ちゃんを傷付けないで、守って…。
諦められなかったけどね。途中から諦めるのを諦めた。
俺の頭の中知ってたら、志麻ちゃんは技術室で俺と二人きりになったりしなかったと思うよ。…んー?ご想像にお任せしますよ。ヒントはね、昨日の夜いっぱいしたこと。
あー…。東京の大学行かなくて良かった。
家を出たくてさ。両親も叔母も仙台にいるし、やっぱり思うところは色々あって、顔見ると傷つけるからあんま会わない方がいいと思ったし。それに。
…いい加減志麻ちゃんのこと思い切らないとって思って、悩んでたんだ。
そうだよ、悪いか。全部志麻ちゃんだったんだよ、俺。…そりゃ、そう見えないようにしてましたからね。
でも結局…ダメだった。夏休みに学校で偶然会っただろ。そう、去年の祭りの日。
…あの時に、俺の気持ちなんてゴミに出してもいいから、志麻ちゃんの側にいたいと思った。
志麻ちゃんが沖田を振った後、沖田が俺に会いに来て、言ったんだ。「もしもあの嘘告がなかったら」って。
もしもあれがなかったら、自分はくじらに恋しないで済んだんじゃないかって。何の迷いもなく瞬を大事に出来てたんじゃないかって。でも…どう考えてもどこかでくじらに恋をして、同じように苦しんだんだろうって。
俺もそれを、あの修旅の夜から何百回も考えてる。もしもあの時、沖田に嘘告しろって言わなかったら、もしもよりによって志麻ちゃんじゃなかったら。
でも俺は、…ごめん、俺は、志麻ちゃんのいない人生は考えられない。あの時のことが志麻ちゃんを散々傷付けたのはわかってるのに…志麻ちゃんに会えなかったらと思うと、思うのも、怖くて仕方ない。
…
いや、志麻ちゃん…、ここ、そんな照れるとこじゃないから。俺の懺悔みたいなものだから…ああ、もう。
そうやって、いつもいつも君は、俺を許してくれる。
志麻ちゃんがさ、沖田を振ったって言った時…俺は本気で志麻ちゃん、馬鹿だと思った。…はは、ゴメン。
だってさ、そんなことある?俺の母親が恋の為に妹を裏切って、妹が姉を裏切って、父親が母親を裏切って…そのど真ん中にいた俺は、恋っていう得体の知れないものには誰も勝てないんだって思ってた。
それなのに志麻ちゃん、あの時こう言ったんだ。「こんな風にしか出来ない」って…。
同じセリフを、俺はあいつらから何回も聞いてたよ。こんな風にしか生きられないの、ごめんね洸季って…
志麻ちゃんがあいつらと正反対の意味でその言葉を言って、泣いて、泣き疲れて寝ちゃって。
その志麻ちゃんを抱っこしてソファに運びながら、寝顔を見ながら、…変な話だけど、恋の為に大事な人を裏切ったあいつらの気持ちが、俺は初めてわかったよ。
志麻ちゃんを失ったら狂ってしまうと思った。
…ああ、幸せだな。
この世で一番大切な志麻ちゃんが、俺の腕の中で、そうやって、俺のことを一番大切だって言ってくれる。
生まれて来て良かったなあ。
志麻ちゃん、…志麻子…
…
…え、えーと…
…嘘でしょ。志麻ちゃん、…寝るの?
このタイミングで?
いやそりゃ眠いだろうけど…昨日ちょっと激しくしたし…
いやでも、あのー…
え、ね、寝たの?…マジで…?
…あーあ、
ほんと、敵わないな。
好きな女の子の寝顔見ながら迎えるだけで、こんな幸せな夜明けが来るなんて、思いもしなかった。
愛してるよ、志麻子。この世の誰よりも。志麻ちゃんの為なら、死んでもいい。
…やっぱりね、起きてた。顔真っ赤。
なんで寝たフリしたの?
ん?
なんか俺にされると思った?
当たってる。
じゃあ問題。
一体これから志麻ちゃんは俺に何をされちゃうのでしょうか?
おしまい。
小話一個、追加するかもしれません、そのうち。
いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます、嬉しいです。
誤脱報告も本当に助かりました。お手数お掛けして申し訳ありません。
感想、とても嬉しかったです、そして、面白かったです。毎日勇気を貰いました。
お返事は致しませんが、全て大切に執拗に読ませて頂いております。
読んで下さった皆様に感謝を。今日も一日頑張りましょう。