⑦
震える絹川の唇が、二度、触れて、ギュウっと志麻子は抱き寄せられる。
「…好きだ」
どこか苦しそうな声で、絹川が囁いた。
「信じられない、こんなに好きになるなんて。…くそっ、我慢出来なかった…」
耳元で言われて、全身が心臓になってる志麻子も絹川にしがみついた。
「志麻ちゃん…勝手にキスしてごめん。嫌わないで、頼む」
「き、き…」
志麻子の声も震えている。
「…らわない。嫌わない…よ。い、嫌じゃなかったよ…」
志麻子を抱きしめる絹川の身体が震える。
「…い、やじゃなかった…?なんで?」
「なんでだろ…」
「なんで…かな」
二人で抱き合ったまま、なんで、なんで、と言い合う。
「…もう一回、してみていい?」
絹川が囁いた。
「キス」
志麻子がその単語だけで顔を益々赤らめる。
「もう一回したら、何でかわかるかも…」
絹川が言って、志麻子の唇をゆっくり塞いだ。
一回、と言ったのに、何度も角度を変えてキスされる。
唇を喰まれて、…浅く舌が入ってきた。
「…っん」
志麻子が思わず喉で喘ぐと、絹川が志麻子の後頭部を押さえながら、舌を絡めて唇を貪った。
あまりのことに、志麻子の膝が崩壊した。
「大丈夫?」
ベンチに座らされて、絹川に肩を抱かれ、身体を預けるように寄っかかる。
「うん…」
大丈夫ではない。
身体の芯が震えて、脚に力が全く入らなくて、志麻子は崩れ落ちたのだ。
「キヌが色気のリミッター外したから…」
「外したのは志麻ちゃんでしょ」
絹川が志麻子を覗き込む。
「な。…嫌じゃ、なかった…?キス」
散々しておいて、恐る恐る聞く。
「嫌じゃ…なかった」
「…っ、な、なんで…?」
「なんでだろ…」
志麻子は紅潮してるまま絹川を見上げた。
「きもちよかった…」
「っ!」
絹川が真っ赤な顔で固まる。
いつも余裕の絹川の珍しい表情を見上げながら、
「キヌ、キス、上手い…んだね」
言って、志麻子は大いに照れる。そんな言葉を言う日が来るとは。
「…俺も…超気持ち良かった」
「え。…私も上手い?キス」
意外な技巧が…
「そういうことじゃない」
違うらしい。
「大好きな女の子とのキスだから、めちゃくちゃ気持ち良かった。脳みそ溶けそう。今も」
「そ…そっか」
志麻子の脳みそも半分溶けている。
絹川が一度息を吐いて、吸った。
「志麻ちゃん…俺と付き合って」
志麻子の肩を抱きながら、覗き込むように言う。
「好き。キスなんかしたら、もう待てない…いや、振られるくらいなら全然待つけど。付き合って…お願い」
「キヌ、私…」
「勝手にキスしといて、ごめん。好きだ。付き合いたい。彼女にしたい。頼む、断らないで」
「あのね」
「試しでもいい。沖田の次でも…嫌だけど、いい。志麻ちゃんの彼氏は俺だって言いたい」
「キヌ、こら」
喋り続ける絹川の口を両手で塞ぐ。
「返事させいっ」
「…怖いんだ」
すぐに両手首を捉えられて口から外された。
「志麻ちゃんに拒否されたら俺、どうなるかわかんないよ」
「きょ、脅迫…」
「脅迫でもいい。付き合いたい。志麻ちゃんを取られたくない」
「つ、付き合う!付き合う!」
また喋り出した絹川に、慌てて志麻子が言った。
「キヌがさっ、話し続けたらっ、返事が出来ないでしょ!?」
至極真っ当なことを言ったのに、絹川が愕然とした顔で志麻子を見ていた。
「え!?」
志麻子もびっくりする。
「あの、だから、キヌが話し続けてたら、口を挟めないでしょ?付き合いますか?って言われて、ハイって言いたいのに、キヌが付き合いますか?を連呼してたらさ…」
「…付き合ってくれんの…!?」
絹川が信じられない、と言った目で志麻子を見つめた。
「はい…」
志麻子が恥ずかしそうにしおらしく言った。のに、
「はいって…どういう意味?」
「…何言ってんの、キヌ」
志麻子は我慢出来なくなって、笑い出した。
「もう!ハイは、イエスだよ!キヌのばかっ!」
「イエス!」
呆然と絹川は呟いて、
「えっ、…つまり、どういうこと?」
などと言うものだから、志麻子は笑いが止まらなくなる。
「…ふふふ、も、やだキヌ…ばか。いいから、ふひひ、付き合うぞ、もうっ…」
「付き合…」
絹川が呟いたかと思うと、志麻子は肩に回っていた絹川の腕に引き寄せられ、ぎゅうっと思い切り抱き締められた。
「志麻ちゃん…志麻ちゃん、志麻ちゃん」
「ふ…ふふ、もう、キヌったら…」
笑い続ける志麻子の震える肩を抱く。本当は泣いているんじゃないかと何度も覗き込みながら、絹川は半ば呆然と、志麻子の名前を呼び続けた。
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誤脱報告、いつも同じとこ間違っててすみません。ご丁寧にご指摘いただいて、本当に助かります。
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今日はちょっと話の都合上短いです。