①
「好きです。俺と、付き合って!」
そう言って沖田夏が頭を目の前で下げた時、鯨井志麻子の頭に花火が上がった。
ドーン!!
…つまり、それくらいの衝撃だった。
沖田が、好き?誰を?
思わず自分の居る部室棟の脇をキョロキョロするが、そこには明らかに志麻子しかいない。
「…え?!私?!」
びっくりし過ぎて声が裏返った。
「うん。くじら」
沖田は志麻子をあだ名で呼ぶ。
「…やっぱ、無理、だよな?」
沖田がそろりと目を上げる。
「え、全然」
つい、志麻子の口からそんな言葉が漏れた。
「え?」
「全然、付き合う!てか、嘘。やったあ!」
我知らずピョンと、飛び跳ねた。
頭の中で花火が上がり続けている。
「私も好き!嘘ー!めっちゃ嬉しい!」
満面の笑みでぴょんぴょん飛び跳ねる。
「…え、マジ、で?」
沖田はカキンと固まっている。
「うんうん!これからよろしくね!」
志麻子がニコニコと、沖田の手を取ってブンブン振った。
…この時沖田が固まっていた理由を、助けを求めるようにチラリと校舎の方を見た理由を、志麻子はよく考えるべきだったのだ。
それを知ったのは、この告白から三か月後のことだった。
その日から、志麻子と沖田は一緒に下校することにした。
「付き合ったら、一緒に下校だよ!」
と志麻子が断言して、沖田が「お、おう」と押し切られた形だった。
「うっれしいなあ〜、私、沖田をずっと、ずううっと好きだったんだよ!」
「え、そ…そうなの?」
何故か顔色が悪くなる沖田に、それでも鈍感志麻子は気付かない。
好きな人に告白されて、頭の中は初夏のお花畑だ。
「うん!小3から好き!近所の中学生と戦って逃げたの覚えてる?」
「そ…そんな前…」
ぐらりと沖田の身体が揺れた。
「おっとっと、大丈夫?」
志麻子が支える。
「うん、大丈夫…え、でもさ、俺ら、中学は別だったじゃん?」
「別だったけど、別に、ずっと好きだったんだよ!」
嬉しくて志麻子はぴょんぴょん跳ねる。肩までの髪の毛もぽいんぽいん跳ねた。
「そうなん…」
「沖田は?」
志麻子が沖田の日に焼けた顔を覗き込む。
「何が?」
「いつから好き?私のこと!なんで好きになったの?」
わくわくと志麻子が聞いた。
沖田とは、小学校では仲良くしていたが、中学は分かれて、偶然同じ高校に入っても、中々距離を詰められなかったのだ。
いつも男友達に囲まれてて、話しかけづらい、とヤキモキしていた女子はきっと、志麻子だけではない。
「あ…ええと…」
「うんうん」
「俺は…こ…」
「こ」
「こないだくらい」
「こないだかーい!」
パツン、と白いワイシャツの肩に突っ込む。
突っ込んどいて、志麻子はアハハと笑った。
「でもいいや、嬉しい!」
「…」
丁度二人の家の方向のバスが来て、乗り込む。
座れなかったので、二人で吊り革に捕まりながら、志麻子が沖田に小さめの声で聞いた。
「…ねえ、友達に言っていい?」
「え!」
沖田が愕然とした顔になる。
「だめ?」
「あ、いや…」
少し曇った顔を見て、知られなくないのだな、と志麻子は察した。
「えーとじゃあさ、瞬だけ。いい?」
「…土井?」
何故か、顔が凍る。それにも志麻子は気付かない。
「そう。瞬にはずっと相談してたから」
「相、談…」
「瞬以外には言わない」
「あ、うん。そうしてもらえると…」
「ありがとう」
喋ってる内に、沖田の降りる停留所が近付いてきた。
「おっと、次だね」
「おう。…じゃあ、また」
沖田がそう言って、バスを降りる。
「また明日!」
志麻子が満面の笑みで見送った。
『は?まさか』
というのがその日、帰って即行で電話した親友の第一声だった。
「そのまさかだよ!」
『…うっそだあ…。夢でも見たんじゃない?』
「夢じゃありません。確かに告白されました」
言いながら顔が火照ってしまう。
『…なんか事情があったのかも』
「結構言うじゃん?」
そう言いつつ、実は、志麻子も好かれる心当たりはない。
「想いが通じたんじゃないかなー」
適当に言ってみる。
『沖田はなんて?』
「んー、最近好きなったって」
きゃ!と志麻子はニヤけた。
「それもこれも瞬のお陰だよ〜」
『…は?何が』
「は、何が。相変わらずクールだなあ。中学ん時とか、総体に沖田を見に行くの付き合ってくれたじゃん」
他中の陸上部で活躍していた沖田を見に、暑い中、市の体育大会に通った。瞬はそれに、ブーブー言いながらも付き合ってくれたのだった。
『…そんなこともあったねえ』
「あの時の苦労が報われたんだー!バンザーイ!」
『うっさ!電話で大声出すなっつーの』
「うえへへへ、すんまそん」
電話を切った後も志麻子は夢見心地で、制服も脱がずにベッドに「キャー!」と飛び込んだり、「ありがとうございます!」と天に手を合わせたりして、3個上と5個上の兄に気持ち悪がられた。
それからはもう、志麻子にとっては夢のような日々だった。
大っぴらに付き合ってることを公言出来なかったけど、頼み込んで週に二回はこっそり二人でご飯を食べた。
空き教室や、閉鎖された屋上に上がる階段で。
沖田は基本、あまり喋らず、志麻子が一人で喋るのに相槌を打つのみだったが、何が面白いのかたまに志麻子の話を聞いて爆笑することがあり、志麻子はその笑顔の可愛さに胸を撃ち抜かれた。
おかしいと思わなかったのか?と言われれば、思わなかった。
ただ、気になることはあった。
沖田と二人で弁当を食べてたり、一緒に帰ってると、赤堀と絹川というちょっと不良っぽい同級生に見られていたり、沖田が声をかけられたりすることがあった。
「友達なんだ。俺らのことも知ってる」
沖田が友達に私の事を言ってくれてた!阿呆な志麻子は、その一点で違和感を蹴り飛ばしてしまった。
もう一つ違和感を覚えたのは、沖田の別の友達の播磨佑都。
播磨は志麻子と沖田と同じ小学校で、中学は沖田と一緒、高校でもよく沖田と一緒にいる。
播磨にも沖田は志麻子のことを言ってると言うので、沖田を探している時などに声を掛けて沖田の所在を聞くのだが、顔を真っ青にして「知らない。ごめん。ごめんなさい」と謝り倒してどこかに行ってしまうのだ。
彼氏の友達と仲良くなりたいのにな、とションボリ沖田に相談すると、「…気にしなくていいよ。あいつ、人見知りだから」などと言う。
同小出身で知らない仲ではないと言うのに…。
「ねえねえ、今度の夏祭り、一緒に行こうよ」
志麻子が道端のポスターを見て言う。
「夏祭り…8月10日か…」
「用事ある?」
「…んー、用事はないけど…うん、いいよ」
「やったーい!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「くじらはよく跳ねるなあ」
沖田が笑う。それだけでもう、志麻子の心はフワフワして、
「ねね、浴衣持ってないの?浴衣」
「浴衣…?」
「いや、今絶対温泉旅館の浴衣思い出したよね。ちゃうで!お祭りの浴衣!」
「俺の頭の中のことよくわかったね、くじら」
「お祭りの話してたのになんでそっちを想像するんですかあ」
「なんでだろ…、逆になんで?」
「え、何が逆に?ちょっと、混乱してきたよ!」
と志麻子がコロコロと笑ってると、道の向こうに瞬を見つけた。
「あ、おーい!瞬ぁ!」
瞬は志麻子たちを見て、何故か立ち竦む。
「瞬?」
道路を渡ろうとするが、普段は通らない車が何台も通って中々渡れない。そうこうしてるうちに、瞬は手を振って行ってしまった。
「あー、行っちゃった…」
「…土井になんか用事あったの?」
志麻子ががっかりしてる様子を見て、沖田が聞く。
「無いけど」
「無いんだ」
「私は瞬を愛してるからさ、見かけたら側に行きたくなるの!」
「…熱烈だね」
ちょっと引いたように沖田が言う。
「勿論沖田も愛してるよ!」
と勢いで言ってしまって、志麻子は遅れて顔を真っ赤にした。
「うおお…」
「…恥ずかしいなら言うなよ…」
顔を覆って悶えていたので、その時の沖田の顔も、志麻子は見ていない。
一学期末。
期末テストも終わって、スッキリした志麻子は、校舎の窓から不思議な光景を見た。
沖田と播磨と、不良の赤堀と絹川。
沖田は赤堀らと仲が良いって聞いてたけど、播磨もなんだ…。
播磨はいつ話しかけてもビクビクしてるせいか、赤堀らのような派手な面子と一緒にいると、脅迫されてるように見える…いや、マジで、脅迫されてるように見えるなあ?!
「…おきたー!」
窓を開けて、2階から大声で呼びかけた。
4人が4人とも、ギョッとして志麻子を見る。
「カツアゲー?!」
敢えて明るく聞くと、沖田がキモチ引き攣った笑いで、
「ちっげーわ!」」
と志麻子に返す。
志麻子が余りにも明け透けだからか、赤堀らも笑っている。
播磨だけ青褪めてるのが気になるけど…。
そのまま見てたら、すぐに赤堀絹川は去って行った。
カツアゲじゃなきゃどういう繋がり…?
志麻子の違和感が解消されたのは、楽しみにしていた夏祭りの日だった。
綿あめ、焼きそば、焼鳥、牛タン串、お好み焼き、大判焼き。
「で、りんご飴ドーン!」
「まだ食うの…?!」
沖田が愕然とする。
「くじら。花火見てる?」
「見てるじゃん」
「嘘だよ、食べてるよ」
沖田が笑い転げる。
「可愛い浴衣着て、食ってるだけかよ」
「…可愛い?」
志麻子がポッと赤くなると、沖田もハッと気付いて、決まり悪げに、「ゆ、浴衣がね」と言う。
それで志麻子はちょっと落ち込んで、
「浴衣だよね」
「…いや、浴衣…も、だ、ね」
浴衣も。
志麻子は赤くなってりんご飴を見つめた。
すると沖田が、なんだか息を呑んだような気配がして、志麻子は顔を上げる。
「…あ!瞬!」
群衆の間に、瞬の姿が見えて、志麻子は座っていた石から腰を浮かしかける。
ところが。
「え?まどか?…」
確かに目が合ったと思う瞬は、ふいっと目を逸らしていなくなってしまった。
「あれ?なんで?…どうして?」
そういえばこの夏祭りは、去年までは毎年瞬と来ていた。志麻子は浮かれて「沖田と約束しちゃった!」と報告していたが、瞬に寂しい思いをさせたかもしれない…
「…わ、私、ちょっと…追いかけて来る!」
りんご飴とジュースをわたわた何処かに置こうとすると、
「俺が行くよ」
と沖田がさっと走って行ってしまった。
頼りになるう。
その間に志麻子は食べ掛けのりんご飴を袋に戻して、手を拭いて、ジュースを飲んでしまってゴミを捨てて…などとやっていたのだが…
沖田が戻って来ない。
電話を掛けても人が多過ぎて皆スマホを使ってるせいか、繋がらない。
ウロウロして二度と会えなくなったら困るし、ううむ…
沖田と瞬が消えた道は、境内の奥に向かう一本道。
鳥居の前で道が分かれるが、とにかくそこまで行ってみよう、と、志麻子はりんご飴を握って歩き出した。
ところが、沖田にも瞬にも会わないまま、鳥居まで来てしまった。
すれ違わなかったよなあ…。
戻ろうとし掛けて、ふと、境内の端っこに沖田の姿を見つける。
ああ、いた。良かった…
と思う前に、気付く。沖田の体の奥に瞬がいて、沖田に…肩を抱かれていた。
志麻子の耳から一瞬で、全ての音が消えた。
ドクンドクンと、心臓の音だけが響く。
気が付けば、沖田と瞬の側にフラフラと歩いて行っていた。
「…沖田、瞬」
声を掛けると、顔を寄せ合うように何か話してた二人がハッと顔を上げる。
「くじら…!」
沖田が慌てて瞬の肩から手を離した。
「これは…あの。違う」
沖田が青褪めた。
「違くない」
キッパリ言ったのは瞬だった。
「くじら。私、沖田と付き合ってる」
「土井!」
沖田が慌てる。
「もう言った方が良いって。ずっとそう言ってたじゃん」
「…ずっと。どういう…こと?」
身体が震えた。
否定して欲しくて、沖田の顔を見たが、沖田は…瞬を見ていた。
瞬と顔を合わせて、覚悟したように頷く。
…何それ。
聞きたく無い…。
場所を変えよう、と言われた時、志麻子は最初拒否した。
でも、「見られるとまずい」と言われて、わけがわからないながら理由があるのだろうと思い、従って。
…沖田の家に来た。
沖田の家の前には、沖田に呼ばれたという播磨が待っていた。
「ごめん」
沖田の部屋で土下座したのは、播磨だった。
「俺のせいなんだ」
「…どういうこと?」
こういうことだった。
播磨は実は、同性愛者、というやつらしい。
ある同級生の男…それが沖田だったわけだが、沖田に告白しようと放課後の技術室に呼び出したところ、運悪く隣り合ってる準備室で昼寝していた赤堀にその一部始終を動画で撮られてしまっていた。
「すぐにスマホを取り上げようとして…俺、つい、赤堀を殴っちゃって」
沖田が言う。
「それで、俺が標的になって。動画を拡散されたくなきゃ、言うこと聞けって…。で、絹川が俺の彼女の親友に告白させようって言い出して…」
俺の彼女。
さっきまでそれは、志麻子のことだった…
「播磨に告られた時に…俺、彼女がいるからって断ってて。それが1組の土井だって話までしちゃってたからさ」
「いつから…?」
志麻子はそこが気になる。瞬を見ると、
「くじらが告られた日の2週間前くらいに、沖田に告られてたの。…ごめん、言わなきゃって思ってたんだけど…」
「俺も…くじらが俺のことを…アレだなんて思わなかったから、告ってすぐ振られればいいと思って…」
アレって…。
志麻子は目を伏せた。
そうか。志麻子が大喜びしたあの時、沖田は「しまった」と思ってたのか…。
「それで、うまくいっちゃったもんだから、赤堀達が、今度は…くじらとキスしたら別れていいって言い出して。それで、どうすればいいか、悩んで…ずるずる来てた」
「…言ってくれれば良かったのに…」
そう言ったものの、言えなかっただろうな、と思う。
志麻子の浮かれようといったら、それはもう酷いものだった、今にして思うと。
「ごめん、くじら」
「ごめんね」
沖田と瞬が同時に頭を下げた。
「…だー!」
志麻子が叫ぶ。
全員がビクッとなった。
「とりあえず、とりあえずだ!」
担任の国語教師の門間の口癖がつい口を突いた。志麻子は播磨を見る。
「播磨の動画をなんとかしないと。そうでしょ?」
「そう言っても、どうすればいいか…」
暗い顔になる。そんなこと、今まで散々考えたのだろう。
「親とか、教師とか…大人に相談は?」
「絶対駄目!」
播磨が青くなる。
「お、俺の親…すっごく厳しいんだ。ゲイだなんて知られたら…!」
相談するなら、どんな動画を撮られたのか、言わなきゃいけない。教師に相談しても、親に連絡が行くだろう。
志麻子は口をへの字にした。
「…わかった。それならね…。」
お盆明け。
赤堀の家に志麻子は単身、…実は外に沖田、播磨と保険で志麻子の兄二人を待機させて、突撃した。
志麻子が「赤堀に恥ずかしい写真を撮られた」と赤堀の母に訴えて、真っ青になった赤堀母に赤堀はスマホを取り上げられて、スマホのロックを解除させられた。
志麻子は「誰にも見られたく無い」と頼んで一人で画像をチェックして、件の動画を消した。
SNSやメールもくまなくチェックして、絹川にも誰にも転送されていないことを確認して、PCとタブレットも見せてもらう。
どうやら、スマホにしか保存されていなかったようだった。
勿論赤堀は抵抗したし、「鯨井の動画は撮ってない!」と言い張ったが、言い方が不味かったようで赤堀母は益々顔色を失い、泣く志麻子の言う通りにしてくれた。
勿論、赤堀母の心の安寧の為に、全て終わってから、「恥ずかしい写真」は「告白動画」だったとちゃんと伝えた。伝えないと赤堀の母は赤堀を殺していただろう。
「ありがとう、ありがとう、鯨井。ありがとう」
泣きながら御礼を言う播磨に「良いってことよ」と鷹揚な親方のような返事をして、…志麻子はとうとう、二人に向き合うことになった。
「それで?」
と志麻子は最初から喧嘩腰。
志麻子の部屋で、播磨は先に帰って、沖田と瞬だけが残った。
「…ごめん。くじら」
沖田が謝った。
「…聞いていい?」
志麻子がポツリと言う。
「なんで、瞬なの?」
と言ってから、
「あ、瞬は美人だし、無愛想だけど心が綺麗だし、好きに…なっちゃうのはわかるんだよ。でも、接点って、なかったじゃん?」
慌てて言う。
そう。自分と沖田に小学校卒業以来接点がなかったように、沖田と瞬にもなかったはずなのだ。
瞬は中一の時に引越してきたので、小学校だって沖田とは会ってない。
それが一体、いつ、どうして。
「…俺陸上やってて」
「知ってる」
即答する。
「中学で総体とか、出てて。…土井がそこに、いつも見に来てくれてて…」
「…っ」
志麻子は瞬に目を向けた。
瞬は目を伏せている。
「いつも、いるからさ。綺麗な子だなって思って、気になってて。んで、高校行ったら、その子が居たから…」
「そ…そっか…」
志麻子は頭がぐらんぐらん、揺れた。ショックのあまり。
沖田、私も…そこにいたんだよ。瞬の横に、いつも、いたんだよ。あれれ?目に入ってなかった?おかしいなあ〜
「念の為、念の為だよ?聞くけどさ。この…いち、に…さん、三ヶ月。三ヶ月か。私と嘘でも付き合って、結構私のこともいいなってなったってことは…」
沖田が気まずそうな顔をする。隣で瞬が、志麻子を睨んだ。
「…ない、よね。ないか…。ないと思った。本当だよ、でもさ、一応ね。今そういうの流行ってるじゃん?嘘から始まるみたいな。契約婚から始まるぅ?ハイハイ!みたいな」
変なコールを掛けてしまった。
「ないかあ〜…」
「くじら」
ずっと黙ってた瞬が口を開いた。
「黙っててごめん。でも…私、沖田と付き合いたい」
瞬が、真っ直ぐに言う。
あの瞬が。
男なんて汚物だって言ってた瞬が。
そっか…
「くじら、ほんと、ごめん。謝っても許されないことをしたと思ってる」
沖田も頭を下げた。
志麻子は一度だけ、部屋に掛けられたままの、浴衣に視線を向けた。
それで、背を伸ばした。
「うん…わかった。いいぜい!」
わざとそんな風に言うと、沖田と瞬がバッと顔を上げた。
「…てか、沖田は播磨を助けようとしただけだし、播磨は好きな人に告白しただけだし、悪いのは全部、赤堀と絹川じゃんか。瞬に至っては、沖田を好きになっただけだし」
志麻子はそう、一気に言った。
「だから。だから…、別れてあげるよ。私の瞬をよろしくね、沖田」
そう言って、笑った。
二人が部屋を出て行くと同時に、両目から涙がドバドバ出てきて、志麻子はその場にうずくまった。
3ヵ月前、喜びで跳ね回ったその場所を…どうして自分は美人に産まれなかったんだろうと、ひたすら涙で濡らした。