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シン・イソラ7 仮称「イザワ・ショウタロウ」のコン・ゲーム

「はあ?!」

 脚本書きが大声をあげた。

「片山くん。アナタ、さっきは『彦六がウソをついた』と決めつけておいて、今度は『彦六はだまされただけ』だなんて、言い出すんだ!」


 修一は「マイッタな」と頭をくと「可能性の話だよ」と脚本書きに弁明した。

「彦六が”正しい証言”をしていなかったとした場合、それには『積極的に虚偽きょぎの証言をした場合』と、『トリックによって誤った認識をさせられていた場合』の両方が有り得るのは当然じゃないか」


「え~と……ナニ言ってるんだか解らない。その二つの可能性がある、というのは分るんだけど」

と脚本書きは頭を掻きむしった。

「彦六が騙されていたとしたら、誰が何の目的のために騙すのよ? 確かに”死体無き殺人事件”の場合、証言者が”事件があった事”を確信していないと意味が無いのは分るんだけど」


「……私は理由が分った気がする。『敵を騙すには、まず味方から』だよ!」

 純子は言葉を選びながら、脚本書きに説明を試みた。

「舞、ちょっと考えてみてよ。追手が荒井に到着したとき、彦六が”袖と正太郎が怨霊に殺されてしまったこと”を主観的事実として信じ切っていなかったら、彦六は追手にそれを間違い無く説明できるかな? 彦六は『思慮しりょの浅い男』なんだよ。正太郎と袖から『俺たちは死んだことにしてくれ』と言い含められたくらいじゃ、説明に揺らぎが出て絶対にボロを出しそうじゃん」

 そして「だからこそ、正太郎はイソラの出現を偽装した」と続けた。

「この場合、イソラ役を演じたのは、先に死んでしまったはずの袖だね。袖は近くの――そうだね正太郎が磯良の生霊に遭ったとされる持仏堂じぶつどうにでも潜伏して――夜な夜な彦六の長屋周りで暴れ回っていたんだ」


「おっと! 正太郎・袖コンビが、更に東に逃避行とうひこうを続けた説、の蒸し返しか。確かに彦六が正太郎の死を確信していたとすれば、追手に説明する時の完成度は上がるだろうよ」

 脚本書きは純子の説明を鼻でわらった。

「けれど、いくら彦六がウカツなオッチョコチョイでも、袖の死亡確認に手抜かりが有ったとか考えられない。だって正太郎と一緒に彦六は、袖の死体を野辺のべで焼いて骨まで拾ってるんだから。彦六が意図的にウソを言ってなかったとしたら、袖は間違いなく死んでいるんだよ」


「そっか……」と純子は腕を組んだ。

「袖が死んでしまっていた場合、イソラ役が居なくなっちゃうんだ。彦六と正太郎は、薄い壁一枚を隔てて隣り合っていたんだから、イソラが暴れている間は互いの悲鳴や気配は感じ合っていたはずだよね。正太郎の”一人二役”はまず不可能」


「それに袖が病死してしまったなら、正太郎がイソラの脅威を演出する理由そのものが無くなる」

と脚本書きは駄目だめを押した。

「荒井の里に住んでるのが嫌になったのなら、黙って姿を消せばいい。イソラに取り殺された偽装なんて必要無いのよ。良くしてくれた彦六に黙って出発するのが心苦しかったら、菩提ぼだいとむらう旅に出るとか高野山に籠ると言い残してもよいわけだし」


「だってさ、片山クン」と純子は相棒にウインクした。

「彦六が騙されていた説は、舞によって完全論破されちゃったね」


「実はそうでもない」と修一は純子に返答した。

「ただ、その場合には少しばかり大仕掛けの作戦になるけれど」


「大仕掛けの作戦?!」

「コン・ゲーム?!」

 純子と舞が、それぞれグイッと身を乗り出した。

「「なにそれ?!」」


「いや単なる仮説だから、そんなに声を出さないでよ」

 修一は二人を手で制した。

「井沢正太郎が架空の人物だった可能性を捨てちゃいけないよ、ってコト。あるいは正太郎の名をかたった”他の誰か”だった可能性」


「オイオイ、穏やかじゃないねぇ」

 脚本書きが不満をあからさまにする。

「袖と正太郎が出会ったのは、袖がまだともの浦で遊女をやってた時からなんだからね。ニセモノが年単位で遊女を騙してかこっている必要って有るかい?」


「仮称イザワショウタロウが、袖を手元に取り込んでおくメリットを感じていたなら、やらないとも限らないでしょ」

 修一は悠然と反論する。

「鞆の浦は備後国びんごのくに、今で言えば広島県福山市に属する。南北朝時代には南朝側と北朝側が何度も戦闘を繰り返した戦略的要地だよ。そして『吉備津の釜』事件があった頃は、赤松氏の仇敵きゅうてきである山名氏の勢力範囲だ」


「井沢家や吉備津神社がある岡山県北区から、広島県福山市鞆までは80㎞くらいあるんだ。1日に40㎞の徒歩移動じゃあ丸二日まるふつかかかっちゃうね。20㎞しか歩かないなら4日だよ」

 純子がパソコンで確認し「う~ん」と唸る。

「しかも敵の勢力圏。赤松家に属する土豪の息子が、たびたび派手な遊びをしに行くには、確かにちょっとばかり無理があるねぇ。しかも妾を囲うのには」


「じゃあ……じゃあ仮称ショウタロウは、赤松家家人の名を騙った山名家の人物だったってコト?」

 脚本書きは机をドンと叩くと立ち上がった。

「袖に目を付けたのは、袖が播磨国の出身で、姫路の先、高砂近くに親類がいたから?」


「うん。まあ」

と修一は頷いた。

「仮称ショウタロウが磯良と結婚した、とした年を1493年ごろ、ショウタロウ22歳の時とすると、赤松政則が細川政元の姉を後妻に迎えたのと同じくらいかな。そして袖を妾に囲ったのが1496年、ショウタロウ25歳の時とすると……」


「赤松政則が従三位に昇格し」と脚本書きが棒立ちのまま後を続けた。

「そして鷹狩に行って急死した年だ」

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