シン・イソラ6 ”殺人”の動機
「一体、あるいは二体って?」
脚本書きは意外な成り行きに頭を抱えた。
一方で純子は口を噤んだ。
想定の”範囲内”であったのだろう。
「土饅頭の中に死体が一つの場合、それは正太郎だ。二つなら袖と正太郎の二人だと考えられる」
と修一は断言した。
「彦六は、二人の所持金に目が眩んだんだよ。殺して奪おうと考えたんだね。金銭が殺人の動機だなんて、ホワイダニットを重視するミステリだと『陳腐!』って馬鹿にされそうだけど、金銭がらみの事件が引きも切らないのは事実だろ? 正太郎だけが殺された場合だと、彦六は袖と共謀していた可能性も高い。なにせ彦六と袖は幼馴染の従姉弟どうしなんだから。遊女になる前、袖と彦六は互いに憎からず想い合っていたかも知れないしね。袖なら追手が荒井に来た間だけ、漁村か農村の”おかみさん”のコスプレをしているか、高砂の揚屋にでも身を隠していれば良いんだ。追手が引き揚げたら、彦六と一緒になるという事で」
「袖が正太郎と一緒に埋められていた場合はどうなるのよ?」
脚本書きは食い下がった。
「彦六は、幼馴染まで簡単に殺しちゃったわけ?」
「その可能性が無くはないけど、二人一緒に埋められて場合は、袖が先に病死した事が引き金になったんじゃないかな」
修一が冷静そのものといった態度で応対する。
「彦六も初めは、三人で力を合わせて生きて行こうと本当に考えていたのかもしれない。けれども袖が流浪の旅で身体を壊していて、風邪が悪化して呆気なく死んでしまったあと、荒井の寒村に残されたのは血の繋がりも無い正太郎ひとりだ。……それに彦六が袖のことを好きだったのなら『コイツがいなければ、袖は死なずにすんだのに』と恨んでいても不思議はない」
「怨霊事件は怖いハナシだけど、怨霊が出てこないとイヤ~な殺人事件になるってことだねぇ」
純子が渋々という感じで口を開いた。
「なんだか袖が哀れだよ。遊女から妾にされて、出来の悪い旦那のせいで逃亡先で病死って。いや本妻の磯良さんも袖に負けず劣らず哀れなんだけど、袖は作者の上田秋成からも単なるモブ扱いで」
「でもさ」と純子は言葉を続けた。
「正太郎が袖の後を追った、という可能性は無いのかな? 正太郎は袖のことだけは、真面目に愛していたみたいだし。続いて病死したとか、後追い自殺をしたとか。それなら連続病死事件とか後追い自殺事件で、殺人事件ではなくなる」
「どうだかなあ?」と脚本書きは疑問を呈した。
「正太郎って、物語では袖が死んで直ぐ、同じく連れ合いを亡くしたという後家さんの家に遊びに行ってるでしょう。まあ、それは実は磯良の生霊の作った幻でしたってオチが付くんだけどさ。後追いするようなタマじゃないね。クズだよクズ」
「そっか」と純子は、舞の説明に同意した。
「そして”その内容”も彦六の証言だけしか、存在していないんだよねぇ。『実はコレコレこういう事が有りました』と他人に伝えることが出来るのは、たった一人の生き残り、彦六だけ」
「生き残りって強いよ。いや、証言者は強いと言い換えたほうがいいのかな」と脚本書き。
「メルヴィルの『白鯨』だって、捕鯨船ピークォド号の唯一の生き残りイシュメイルが『そう証言した』って小説だからね。イシュメイルがウソツキとか夢想家だったら、白鯨モビィ・ディックとの戦いやエイハブ船長の狂気も、虚言とか妄想の産物だった可能性もあるのよ。……まあそんな解釈は読んだことないけど」
純子は舞に「ホントだねぇ。ペンは剣よりも強し、か」と妙な感慨を漏らした。
それから修一の方に向き直ると
「片山クンの言っていた”二つの可能性”って、以上の『彦六が袖と共謀して正太郎を殺した』と『袖が病死したことが引き金になって、彦六が正太郎を殺した』の二つってコトで間違い無い?」
と確認を入れた。
だが修一は「いや、その二つは纏めて『彦六が真犯人で、彦六は追手に”意図的に”ウソ証言をしたパターン』なんだ」と首を振った。
そして今度は指を二本立てると
「もう一つは『実は彦六も騙されていて、彦六は自分が体験したと思っていることを正直に話したんだが、結果的にウソの証言になってしまった場合』なんだよ」
と笑った。